第14夜 Water Lily Ⅱ

「はぁ……マジか」

「え、それだけ?」

「は?」


黒狐には、呆れしかない。まさか咲真家に潜入していたとは、全く気付かなかった。


「いや、まぁだって。時雨って元々は俺の名前だし、兄ちゃんが俺の名前使ってただけだしなぁ~」

「……兄?」

「そうやで兄ちゃん、名前は黒潜コクセっていうんやけどね。今はインバシオン王国の臣下やっとる」

「は……」


こいつら黒狐、最近は妙に大人しいと思っていたら、そんなことをやっていたのか。黒狐は規模の掴めない暗殺集団で、数多くの重要案件に関わってきた。


「冥朗ちゃん。警戒心なさすぎやないか?普通、敵が出した珈琲なんて飲むん?」

「え、いや珈琲に罪はないし。それに時雨は珈琲に関しては信用してるから……」

「……っふは、何その食べ物や飲み物には罪無いですよね発言、ちょ待って笑い殺す気かいな?」

「あ、そのまま倒れてくれても全然構わないけども?」

「なにそれ、ひっどぉ~い」


相変わらず掴めない男だ。時雨の時の方がもっと可愛げが……無かったな、時雨は鉄仮面だった。さて……、もう毒はほぼ効かなくなった。服の内側にある短剣があることを確認して、紐をゆっくり解く。


「さて、ご馳走さま」

「そういうとこは律儀よなぁ~」


縄が解けたことを確認して、深呼吸をする。3、2、1……0。


「っ……、急に攻撃かいなぁ~」

「……」


室内でちょこまかと動く黒狐と僕は机を挟んで対峙する。


「冥」


そう言うと窓らしき所から冥が入ってくる。


「おっと、それは多勢に無勢やない?」

「……」

「あ、そ、だんまりなんか」


室内に緊迫した静かな時間が流れる。少し体が震えている、これは時雨への恐怖かそれとも……。まぁ良いか。時雨と今の僕の実力は五分五分と言ったところだろうか。


『冥、身体強化、攻撃力上昇』


机を飛び越えて黒狐の喉元に刃を差し込む……


「止めろ、冥朗」


寸前で短剣を止める。


「……何故止める、3M」

「はぁ、今はその黒狐と協定を結んでいる。インバシオン王国への切符もそいつが握っている」

「そだよー冥、あ、2M」

「…………3Mと3Sがそう言うなら」


ゆっくりと短剣を仕舞う。


「ふぃー助かったわぁ、お二人はん」

「お前ならば避けて反撃出来ただろうに」

「冥朗ちゃんにそんなこと出来ひんてぇ~」

「普通に毒針刺してきた奴がなに言ってんだか……」

「あはは、まぁそれとこれは別で」


しばらくは時雨とも関わりそうになりそうだな……。そして、事実を隠すかのようにニージオ帝国全土に雨が降ってきた。

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