第14夜 Water Lily Ⅰ

──■年前


血の匂いで湿った空気が充満する部屋の隅で静寂に包まれながら僕は床に転がっていた。もうかれこれ3日もご飯をもらっていない。窓からギシッという音がした。でも僕は音がした方を見る体力、気力さえ残っていなかった。


「●●、お腹空いたでしょ?」


そう言って僕に食べ物を差し出してきたのは、僕の姉とされる●●●だった。


「……■■■●●●、ここに来ること、は、推奨……しない」

「え、もうちょっと弱ってきてない?やばいって、はい。早く食べな」


それでも食べる気力はなく、命の灯火は消えようとしていた。していたのだが……


「もう!食べないなら無理やり口のなかに入れてやる!」


そう言って、本当に無理やり僕の口のなかに甘くて柔らかい食べ物が入ってきた。


「んくっ、……もきゅもきゅ」

「●●のことだから、どうせ水もろくに摂取してなかったんでしょ?まったくもう、駄目だよ?●●は私達の希望の星なんだから」


希望の星、ね……。"それなら貴方がなれば良い"と言いたかったが、彼女にそんな力は無い。彼女には与えられなかった、そればかりか見捨てられた。


「よし!食べ終わったね」


そう言うと●●●は急に僕を優しく抱き締めた。


「ごめん、こんな辛い役目をやらせちゃって……。ごめん、ごめんね」

「なぜ貴方は僕に対して謝罪をしているのか、理解不能です。説明を求みます」

「えぇ~、そう言われちゃうとなぁ~。うーんとね、私達には出来ない辛い役目を背負わせちゃってるからかな~」

「……?やはり理解不能、貴方達の持つ思考はよく分かりません」

「えぇ、そうかなぁ?あ!この時期が終わったらボーオ村で一緒に暮らそう!」

「それは……」

「……そうすれば、さ。貴方がこんなに傷付くことも、謝ることもないんだから」

「……ん」

「それに私は●●と過ごしてみたいな!なんだか家族が増えて楽しそう!!」


そう言ってはにかむ彼女のことを僕は好ましく思った。この後、●●●と一緒に暮らすことは許可されて僕は感情というものを覚えた。


「この幸せなときがずっと続けば良いのに」



─*****─



「起きたぁ?冥朗ちゃんっ」

「うわ、だる(ここはどこだ)」

「言ってることと心の声が真逆やで、ちなみに此処は俺ちゃんの秘密基地23号☆彡」


周りに気配がないか探ってみるが、黒狐と僕以外は誰もいないらしい。人間は……、ね。


「無駄やでぇ~、咲真の屋敷からは1キロメートル以上離れとるからなぁ」


1キロメートル……さて、どうやって脱出しようか。アルスタールの毒薬は効果が続いており、暫くはまだ動けないだろう。


「あぁ、ごめんごめん、喉乾いたやろ。冥朗ちゃん珈琲は好きな豆モカだっけなぁ?」


こいつ、何で僕が好きな珈琲の銘柄を知っているんだ……5人と咲真家のごく一部しか知らないはずなのに……。周りを黒狐にバレないよう見渡してみる。恐らくは巨木の上の秘密基地と言ったところだろうか。数メートルもある巨木だとマルガン地区か……、ここはスラム街みたいになっていて、よく此処の子供達と遊んでいた。勿論、配給も欠かしていない。前はもっと酷い無法地帯だったが透さん、咲真さんが此処の地域を納めるようになってからは大分マシになったと思う。モカの良い香りがして、僕は椅子に座らせられる。足は紐で拘束されているが手は自由だった。


「そろそろアル毒、マシになってきてるんやない?」


神経を集中させてみると、確かに手は動くようになってきた。ティーカップを取って、毒が入ってないことを確認すると口に運ぶ。この味は……


「まさかお前、僕の専属執事の時雨シグレか?」

「よく分かったねぇ。そうや、冥朗ちゃんの愛しい愛しい専属執事の時雨くんやで」

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