第6話 天才と呼ばれていた少年③
彼女は父上と少し話をした後、公爵家の方へ帰って行った。
その日の夜に父上から伝えられた内容は彼女との婚約が成立した事と、その彼女が次期当主としての勉強で忙しくなるため学園への入学まで会う事が出来なくなるというものだった。
正直な話、今対面してしまったら逃げ出してしまうだろうと思っていたので、しばらく会う事が無いのだと分かってホッとした。
そうして自分の部屋に戻った俺はそのまま部屋に引きこもった。
最初の1週間くらいは父上や使用人達も優しく声をかけてくれたが、その気遣いが俺を余計惨めに感じさせた。
それから2週間、3週間と時間が経つに連れて周りからの視線が段々と冷たくなっていく様な感じがした。
そして3ヶ月後、父上が俺を無理やり外に出そうと部屋に乗り込んで来た。
それに反抗して氷魔法や風魔法を使い追い出したことが境目だったのだろう。
その日から父上が部屋に来ることは無かった。
そうしてメイド長が食事を運んで来る事以外で扉が開かれることは無くなった。
最初は明日からなら頑張れると思っていた。
だけれど、日が経つにつれてどんどん腰が重くなっていった。
何より辛いのは、この無駄に性能の良い耳は部屋の外の話し声もきちんと拾ってしまうのだ。
聴こえないように布団を被てみても悪口を言っているのかもと思うと、結局辛いのに変わりは無かった。
そんな日々が半年ほど続いたある日、使用人同士のとある会話を耳にした。
それを聞いた俺は今の状態から抜け出すための一筋の光明が見えたような気がして、急いで父上の元へと向かった。
父上の部屋へと行きノックを鳴らすと中から入れと返事がしたので俺は扉を開けた。
久しぶりに見る父上の顔は記憶にある姿より随分と老けているように見えた。
「失礼します。父上、お願いがあって参りました」
俺がそう告げると父上はほんの一瞬驚いたように目を見開いた後、いつもの鋭い目付きに戻り俺へと問いかけた。
「なんだ?」
「奴隷商に行きたいのです」
すぐさま俺が答えると父上は眉にシワを寄せてしばらく考え込んでから告げた。
「……目的は竜の卵か?」
「はい。」
「そうか…」
竜とは数多くいる魔物の中でも最強と言われている種族だ。
基本的に人類の領域には干渉してこないが、稀に下位の竜が襲って来ることがある。目的は子供を育てるためのエネルギー確保だ。
しかし襲ってくる竜は他の竜との餌の取り合いに負けて弱っている状態であり大抵の場合はすぐに狩られてしまう。
竜の素材は例え下位の竜であったとしても十分過ぎるほど金になる。
その中でもとりわけ高価で取引されるのが竜の卵だ。
孵化させるには膨大な魔力が必要となるが、もし孵化に成功して手懐けることが出来れば、竜という強大な戦力を手に入れることが出来る。
そんな竜の卵がこのレスラント伯爵領で手に入ったという内容が使用人同士が話していた内容だ。
竜を味方につけることが出来ればあの女にも対抗出来るかもしれない。
俺のそんな思惑を見抜いたのか父上がため息を着いて言った。
「分かった。竜の卵を買ってやろう。その変わりこれからはきちんと授業を受けることを契約してもらうぞ」
契約とは貴族や商人達が大事な取り決めを互いに守らせるために交わされる魔術契約のことだ。
大抵の場合は契約を破った者に死が訪れるため確実に約束を守らせることが出来る。
今回のはそこまで重い罰が下されない簡易的なものだが破ればとてつもない激痛に苛まれるのでこれでもある程度の効果はある
そうして俺は父上と魔術契約を交わした。
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