第3話 希望の光

翌日、ブッコローは一晩休んだことで、体調はすっかり良くなっていた。だた、記憶はハッキリしないままで、どうすれば元の世界に戻れるのかもわからないままだった。それでも、ピーを除く他のメンバーは親切でギルドの居心地はよかった。


午前中、ギルドへの依頼が貼られた掲示板を見ていたザキが、ブッコローのいるテーブルへ慌てた様子でやってきた。その手には、一枚の依頼書が握られている。


「ブッコローさん、この依頼見てください!」


差し出された紙には、「蓄光石ちっこうせきの採取、銀貨10枚」と書かれている。


「これは?」

「蓄光石という珍しい石の採取の依頼です」


蓄光ちっこうという言葉の響きに何かひっかかるものを感じたブッコローだが、何かは思い出せない。諦めて、質問を続ける。


「それで?」

「実は、この蓄光石にはある言い伝えがあるのです。この石に月あかりを蓄光させ、真っ暗な部屋で光らせると願いが叶うと」

「願いが叶う…」

「そうです!これがあればブッコローさん、元の世界に帰れるかもしれませんよ!」


そんなことがあるだろうか?にわかに信じがたい思いでいるブッコロー。しかし、ザキの熱を帯びた口ぶりに、話に興味を持った他のメンバーもテーブルに集まってきた。


「その話、私も聞いたことあるわ」


ネーサンが言い、その隣でイクさんもコクコクと頷いている。


「確か蓄光石はイセザキ山にあると聞いたことがあります」


何故かカウンターの奥で皿洗いをしていたマニタも会話に参加してきた。


「ブッコローさん、皆で一緒に行きましょう!」


ザキがブッコローの手、いや翼を握りしめて言えば、


「久々にこのパーティで冒険だわ!」


ネーサンも小躍りしながら声をあげた。それを聞いたイクさんもニコニコと頷いている。


「いいのか、みんな!」


ブッコローのテンションも上がる。何よりみんなの気持ちが嬉しかったし、まるで小説かのような「異世界の冒険」に胸が高鳴った。


「大丈夫なのか?あの山は魔獣が出るって噂だぞ」


水を差すような言葉、放ったのは今日も下を向き顔を見せないピーだった。

またこの男か…ブッコローはその冷めた言い方に若干イラっとする。それでも、魔獣という言葉には懸念を感じたのも事実だった。


そう、ここは異世界、未知の世界なのだ。危険な生物がいても不思議はない。そう考えると一気に不安が募った。一緒に行くメンバーもどれだけ頼りになるか…正直、目の前にいる顔ぶれを見る限り、手練れの冒険者と呼べるかは疑わしい。


しかし皆に臆する様子は見られなかった。


「全ての魔獣が人を襲うわけではありません」


毅然とした顔で、ザキか言えば


「それに我々も冒険者ギルドのメンバー、一通りの装備は揃えています」


洗い場から出てきてマニタが言った。そう言う彼の手には、今は皿ではなく革製の盾が握られている。しかし、彼が手にしたその防具は、ゲームの新入り冒険者が持つような粗末な盾にしか見えず、逆にブッコローの不安に拍車がかかる。


──大丈夫なのか?


そんなブッコローの表情を見て、マニタが慌てた様子で言う。


「いや、これは特殊皮とくしゅひという珍しい皮でできた盾なのです」


そして、デコボコ加工された皮の表面を見せながら


「ですので、普通皮ふつうひより若干お高めです」


何故か通販バイヤーのような口上で説明するが、肝心の盾としての性能や強度についての情報は何も出てこなかった。


すると、今度はザキが一歩前に踏み出してきた。その腰には一本の剣を差しており、右手で鞘からすらりと抜いた剣は、宝石のようにキラキラと輝いていた。


「私にはこのガラス剣があります!職人さんが一本一本手作りした、とても精巧で貴重な剣なのです」


──いや、ガラス剣って…名前からして弱わそうなんだが


そのキラキラする剣を眩しそうに見ながら、困惑するブッコロー。

しかし、そんなブッコローに構わず、今度はエルフのイクさんがいつのまにか背負っていた弓を取り出して構えてみせる。


「私の武器はこれです!」


シュッとした顔でそう言い放った。


「それは何か特別な弓なのか?」


期待を込めてたずねるブッコローに対し、


「いえ、普通です」


躊躇なく答えるイクさん。


「いや、普通かよ!」


思わず声に出してブッコローがツッコむと、


「ヌハハッ…」


イクさんは、急に恥ずかしくなったのか、顔を赤らめながら、奇妙な照れ笑いを始めた。


残るはネーサンだけだ、頼む。そんな思いでブッコローはネーサンへ視線を向ける。ドワーフだけあって、体躯たいくはいい。何か強力な格闘技とか持ってないか…、するとネーサンは突然フラフラと踊り出した。


「どうゆこと?」


目を丸めて、驚くブッコロー、


「私は、この踊りでみなさんに元気を与えます!」


胸を張って答えるネーサン。


──こりゃダメだ…いやでも、もしかしてこの踊りには何らかのバフ効果があるとか…


ブッコローの頭にそんな期待もよぎったが、ネーサンの踊りを生暖かい目で見守る他のメンバーを見る限り、特にそういうことでもなさそうだった。


急速に、冒険への期待がしぼんでいくブッコロー。それとは対照的に、メンバーたちは気勢を上げながら、どんどん出発の準備を進めていく。気づけば「いや自分、結構です」と言える雰囲気ではなかった。


こうして、一抹の不安、いや、二抹三抹の不安を感じながらブッコローは、メンバーと共に冒険者ギルドを後にした。

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