10
顎のラインよりもやや長い髪は蜂蜜色で、綿飴のようにふわりとしている。
抜けるような白い肌に、控えめな鼻と口。
前髪から覗く大きな瞳は私に向けられ、にっこりと弧を描いていた。
「どうぞ、入ってください」
再度声をかけられ、男性だと認識する。
幼さを残す低音は、声変わりする前の少年のようだ。
この建物の中になにがあるのか、誰がいるのか、考える暇もなかったけれど、少なくとも彼のような人がいるとは思わなかった。
私は未だ扉の引き手を持ったまま、身動きが取れずにいた。
意識をして息を吸い、それを吐き出すとともに声にするのが精一杯だった。
「あ、あの、私……」
「お好きな席に座ってください」
右手を差し出し促される。その姿があまりに自然で、来るつもりはなかったとも、早く帰りたいとも言えなくなってしまった。
今のところなに一つ理解できないけれど、他にどうすればいいかもわからない。
言う通りにしていればいずれ帰れるかもしれないと思った私は、とりあえず彼の指示に従うことにした。
誰もいなかった場所で、少なくとも言葉が通じる相手と出会えてホッとしたのもあった。
独りぼっちはあんなに心細いものなのだろうか。お一人様には慣れているはずなのに。
ようやく引き戸から手を離した私は、店内に足を踏み入れた。そして扉を閉めようと背後に視線を傾けると、すでにピッチリと施錠されている。
一体誰が閉めたのか。いや、もう、深く考えるのはよそう。
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