第18話 宣教師、戦場に舞い戻る

 俺がロリコン疑惑を面倒くさがって放置していたら、その噂が部下共の間で瞬く間に広まった。


 そうなると俺も今更弁明できない。必死になって弁明するほど、ロリコン疑惑が真実味を帯びることになるだろう。


 そんなわけで放っておいたら、動きだしたのが諸悪の元凶、部下のジョージだ。こいつが少女剣士に悪意のある説明、「お頭が幼女に子供の作り方を教えていたよ」なんてこと言ったせいで現状がある。


 大事になり、しかも俺が何もしないのを見てビビったのだろう。自主的に誤解を解いて回ったようだった。


 俺が生贄幼女から子供の作り方について質問を受けていた時、その場にいた部下は奴だけではない。俺のロリコン疑惑は比較的すぐに鎮静化した。


 少女剣士だけは未だに俺に疑惑の視線を向けてくるが……。


 今日も「イエスロリータノータッチだよ!」と念を押された。紳士淑女のたしなみとのことだが、言ってる少女剣士本人はまるで守っていない。


 そんなこんなで数週間経過した。


 布教は順調といっていいだろう。目覚ましい成果はないが大きな問題もない。


 戦争は味方蛮族の優勢で展開している。


 布教するために戦争を長引かせたい。そのために戦線を離脱していたわけだが、俺の考えは正しかったといえよう。


 楽観的かもしれないが、俺達まで戦線に加わっていたら楽勝過ぎて味方蛮族共の集落に信仰の温床となる不安や恐怖が十分に蔓延しなかった可能性がある。


 ところで失念していたが、敵部族には強大な闇の眷属がいる。6本首のヒュドラだ。生贄を捧げることで命令をすることが出来る。


 戦争を長引かせた結果、6本首のヒュドラに生贄捧げられて集落襲われたらどうすんの。


 普通ならそう思うだろう。


 俺も今それで悩んでいるんだよなぁ…。


 状況は変わる。ポンポンポンポン最適解ばっか選べねえ。


 そもそも戦争を長引かせようと考えた時には闇の眷属の正体を知らなかった。その場その場で柔軟に作戦を変更出来ればよかったのだが、俺は神ならぬ不完全な人間だ。ミスもある。仕方がない。


 何故創造神は俺達を完全無欠に作ってくれなかったのか……。


 神に責任転嫁しても仕方ない。


 戦線復帰の言い訳を考えなければならない。


 そんなおり、戦士からついに死者が出た。


 不謹慎だが俺達が戦線に復帰する良いきっかけになる。


 死者が出ただぁ?久々にキレちまったよ。


 これで行く。なし崩しで戦線復帰できるだろう。蛮族共からの評判も上がるかもしれない。




 そんなこんなで蛮族共の許可と信頼を得てとんとん拍子でことは進み、気づけばめでたく戦場だ。


 血が舞い怒号が飛び交っている。


 布教活動中は戦場が恋しいと思ったものだが、いざ来てみるとクソだった。


 知ってた知ってた。


 労働ってホント最低だ。


 などと考えていると遠目に奴を捉えた。角の立派な牡鹿の頭蓋骨を被ったあいつだ。


「おい。ネクロマンサーだ。逃がすなよ。」


 俺が指差しそう言うと、視線の先にいるネクロマンサーがビクっと身震いするのが分かった。勘の鋭い野郎だ。


 奴は労働を肩代わりしてくれる存在だ。あいつがいるだけでどれだけ仕事が捗るだろう。忘れていないぞこの俺は。


「まだ言ってるのか……。」


「どんだけ~。」


 部下共はあきれたような表情をしているが、奴を捕らえればお前らの仕事も減るかもしれないんだぞ。


 ネクロマンサーは生贄幼女の父親である大男の傍におり、簡単には捕獲できない位置にいる。まだ奴を捕らえる時ではないだろうが、念のために釘をさす意味はあるだろう。


 そのまま俺達は戦いを続けた。


 奴ら、依然戦った時より成長している。集団で連携して行動することを覚えた様子で敵対する俺達からするとやりにくい。さらに、奴らには代償術がある。


 ヴァジュラマの信徒が使う術を代償術という。大切なものを犠牲に力を得る。


 リスクもあるが、その分リターンも大きい。バリエーションも多く厄介な術だ。


 それでも俺の方が強いがな!


 敵部族の数人の集団をまとめてメイス『戒め』でぶっ飛ばしていると少女剣士が近寄ってきた。


「お頭。我を大男のとこへ連れてって!リベンジ!」


 少女剣士が俺の服の裾を引っ張りながら大男を指さす。


 布教の時に世話になったし、そもそも戦線離脱時に戦場からこいつを引きはがす条件がこの大男との再戦だった。断る理由はない。


「お前ら!こいつをあの大男の下まで連れてくぞ!」


 大男の傍にはネクロマンサーもいる。機会があれば少女剣士を運ぶついでに捕えよう。


 周囲の敵部族を蹴散らして大男にたどり着くも、すでに大男はメルギドと交戦していた。


 以前交戦時にメルギドは獲物は早いもの勝ちだと言っていた。ここでは奴らがルールだ。邪魔するべきではないだろう。


 少女剣士よ、諦めろ。俺がそう言おうとした時にはすでに遅かった。


 既に各種加護を付与されている少女剣士はメルギドと大男の間に剣撃でもって割って入ってしまった。


『いつぞやの女か!俺の嫁になる準備ができたか!』


『そんなんじゃないよ!この前のリベンジだ!』


『邪魔をするなヴィクトリア!』


『さっさと倒さない奴が悪いってこの前メルギドも言ってた!』


 少女剣士は頻繁にメルギドに訓練をつけてもらっている。その時にそんなやり取りをしたのだろう。


 こいつ恩を仇で返しやがった。


『くっ』


 揚げ足を獲られ、メルギドも悔しそうだ。


『ちなみに戦争にルールなんざないってお頭が言ってた。勝者だけが正しいんだよ!』


 そんなことも言ったかもしれない。


『つまり先に奴の首を獲った奴が正しいんだよ。』


 少女剣士は得意気に胸を張った。


『俺は一向にかまわん。二人がかりでかかってこい!遊んでやる!』


『ちっ。大口を叩いたものだな。おいっヴィクトリア!足を引っ張るなよ!』


『無理―!メルギドがサポートしてっ!』


 嬉々として大男に斬りかかる少女剣士にメルギドは苦虫をかみつぶしたような表情をしている。


 メルギドが本気で怒っていたら無理にでも少女剣士を止めていた。しかしメルギドは諦念の表情を浮かべ少女剣士の乱入を許している。


 メルギドの器が広くて良かった。


 すまんな。サポートを頼む。


 俺はネクロマンサー確保のために知恵をめぐらすのに忙しい。故にサポートできない。周囲の敵部族の邪魔が入らないように人払いもしなければならないしな。


 少女剣士は最初こそ正面切って、ともすれば無謀な戦い方をしていたが、すぐにメルギドに戦闘を任せ、大男の隙を伺う戦闘スタイルへと移行していった。


 その戦術は功を奏し、多くの手傷を負わせている。


 しかし、致命打には程遠い。


『さすがに二人相手では分が悪いな!』


 言葉とは裏腹に大男は劣勢を感じさせない獰猛な笑みを浮かべている。


 そんな時だ。


『なんだ?』


 唐突に地響きがした。


 地響きに大男は戦いの手を止め呟いた。


『生贄の儀式が完了したようだ。ウワバミ様が全てを蹂躙なされる。』


 まさか、俺が戦場復帰したその日に危惧していた闇の眷属が動き出すとは。運がいいのか悪いのか。


 遠方でシュロロロと6本首のヒュドラの鳴き声がする。


 奴を倒せるのはこの場には俺しかいない。部下共では力不足だし、ついてこられても足手まといだ。メルギドは大男の相手で手が離せない。


 ヒュドラが戦場に来れば場を蹂躙される恐れがある。すると部下やハン族に被害が出る。


 俺がヒュドラの下へ行き、戦場合流前に討滅する。それが最も良い結果を生む可能性が高い。


 俺はこの場を離れ、ヒュドラの下へと向かわなければならなくなった。


 クソっ!まだネクロマンサーを捕まえていないんだが!?

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