第19話 ヒュドラ
「ヒュドラは闇の眷属だ!俺達意外じゃ倒せない。先に行かせてもらうぞ!」
俺はそう言い残し単独その場を離脱した。
部下共は足手まといになるし、少女剣士は敵部族の大男に夢中だ。
そしてある程度距離を取ったのち、ヒュドラの方角とは逆方向に方向転換し、教会へと向かった。
別にヒュドラにビビって逃げだすわけじゃない。
ちゃんと理由がある。
俺は笛をとり出し、鳴らし、合図を送る。
しばらく進むと、生贄少女が白い長髪をうにょうにょと広く展開させながら教会の方角から現れた。
生贄幼女の恩寵、感覚拡張が俺の笛の合図に気づき駆け付けたのだ。
この笛の音がしたら、音の方向に向かってくるよう事前に取り決めをしていた。
俺は生贄幼女に向けて言う。
「お前の復讐を手伝ってやる。覚悟はいいか?」
生贄幼女は黙って頷きを返した。
生贄幼女を脇に抱え走っていると、ついにヒュドラの影が見えてきた。
遠目に見る分にはのっそり動いているように見えるが、それは進む速度が遅いということとイコールではない。俺がどんなにゆっくりのっそり動いてもテキパキ動く蟻ンコの数百倍の距離を移動できるように、ヒュドラの遅く見える動きで人間の数倍の距離を移動しているはずだ。
ヒュドラに戦場もしくは味方蛮族の集落のどちらを蹂躙されても俺の布教任務に著しい支障をきたす。
可能な限り早く接近し、周囲に被害を出さずに倒さなければならない。
ヒュドラを目視できる範囲まで来た。
以前は月明かりでその輪郭しかわからなかった。
黒い濡れ羽色の鱗に真っ赤な瞳そしてなによりその巨大さだ。胴体は巨木よりも太い。頭部は俺の身長の5倍ほどの位置にある。その全長はもはやわからないほど長い。
俺はヒュドラを目視可能でありながら安全を保てる距離で生贄幼女を地面に下ろした。
「道中説明したとおりだ。やれるな。」
『わかった。大丈夫。』
そして俺はヒュドラの下へと駆けて行った。
ヒュドラに邂逅一発不意打ちをかましたかったが、俺が近づくとすぐに存在を察知されてしまった。
俺に口を開けた頭部が迫ってくる。
蛇の攻撃は単調だ。
頭一つの蛇なら噛みつき攻撃しかない。ゆえに動きを見極めることが出来ればそう怖くない。
蛇は巻き付き締めあげてくることに脅威を感じる者もいる。しかし、蛇はいったん噛みつかないと巻き付くことはない。
噛みつきさえ避けることが出来れば蛇なんざただうねる紐にすぎない。
しかしこれが6本首になるとそうはいかない。
頭一つの蛇は噛みつきを連続で放つことは難しい。出来てもどうしても間が開く。
しかし、頭が6本あるとほとんど間を置かずに延々と攻撃を続けることが出来るし、何なら同時攻撃を連続で行うことも出来る。
しかもあの大質量でだ。
この脅威がお分かりいただけるだろうか。
6本首のヒュドラの噛みつきを避けるのは困難。
仕方がないので俺は覚悟を決めて殴ることにした。
「シュロロロロ」
「おらぁあ!」
俺は鳴き声を上げて迫りくる頭部の側面に移動し、破魔を付与した聖なるメイスで殴る。
すると殴られた頭部はわずかに方向がそれ、蛇は空を噛む。通過した首が邪魔で他の頭部は攻撃してくることが出来ない。そして目の前にはがら空きの首。
「どりゃあぁあ!」
力の限り、全力でメイス「戒め」を振るう。めきめきと俺の腕の骨が悲鳴を上げ、そしてやがて折れる。折れるにとどまらず骨は皮膚を突き出て血をまき散らす。
知ってるか。これ解放骨折っていうんだぜ。骨が皮膚から飛び出るの。俺、そういうの詳しいんだ。
「があああぁあああ!痛ってぇえええええ!」
神聖術による強化と超重量の武器が生み出す力は確実にヒュドラにダメージを与えたが、同時に俺の体も耐えられない。神聖術で頑丈さも増強していてこれだ。全力を出すといつもこうだ。治癒の神聖術があるから戦闘継続は出来るがクソ痛い。
殴られる方も痛いだろうが殴る方がもっと痛い。
殴られたヒュドラは「シャーっ」っと、なにやら悲鳴のような鳴き声を上げているがイマイチどの程度のダメージを与えたのかわからない。
先ほどは右で殴ったから左はまだ壊れていない。
続けて左も解放骨折覚悟で全力で打ち込む。左が壊れても問題ない。すぐに右が神聖術によって復活するから力尽きるまで殴り続けることが出来る。
「がああああ!くそがあああ!いでぇええええ!」
俺は痛みに絶叫しながら何度も何度もメイスで殴り続けた。
気づけば首がちぎれていた。
再生能力を持つヒュドラだが、破魔属性の付与された攻撃を受けると再生することが出来なくなる。
蠢いていて生きているようだが本体とつながっていた時ほどの動きはできないだろう。
この首はもういい。
イタチの最後っ屁を食らわないとも限らない。解放骨折覚悟の打撃でちぎれた首を邪魔にならない遠方に飛ばした。
残り5本。
戦闘は始まったばかりだが、消耗がひどい。
短い間だがヒュドラと戦闘して気づいたことがある。
「こいつ俺より強くね?」
背筋を冷や汗が流れた。
一方そのころ戦場では、フランシスコが場を離脱した後も変わらず戦闘は続いていた。
場は今なおハン族の優勢だが、フランシスコの離脱とヒュドラが動き出したことにより動揺がある。何か一つのほころびから劣勢に転ぶことは十分にあり得る。
趨勢のカギを握るのはやはりメルギド、少女剣士、ハクモの父である大男の戦いだった。
ヴィクトリアとメルギドの優勢で戦いは進んでいるが、大男にはまだまだ余力があるように思われた。
それを裏付けるように大男は笑みを浮かべ、叫んだ。
『フハハハ!いいぞ!苦境であればあるほどに勝利に価値が産まれる!』
大男の様子に警戒を強めるメルギドと少女剣士。しかしそれにかまわず大男は続ける。
『改めて名乗ろう!我が名はハバキリ!ハハ族の族長にして、最強の戦士である!』
そう名乗ると突如、ハバキリは凶行に及んだ。周辺の部下を殺し始めたのだ。あっけにとられている隙に大男は代償術を行使した。
『偉大なるヴァジュラマよ!部下の命を代価に!我に更なる力を与えたまえ!』
詠唱と同時にハバキリの皮膚の色は濃い灰色に染まった。肉体も膨張し、強化されたことがはっきりとわかる。
本来、代価に差し出すことが出来るのは自身に関することのみだ。しかし、ハバキリがヴァジュラマより賜った恩寵は代価の範囲を他者にまで広げることが出来る。
生贄により力を増す闇の眷属に近しい性質を持つ力だ。
自身を代価とするよりも力の効率は悪い。同じ代価を捧げるなら他者の方が弱いし効果時間も短い。それでも差し出すものが命であれば、その力は絶大だ。
上下関係を構築した者のみを代価に差し出すことが出来るという制限はあるものの、族長たるハバキリにはハハ族全てを代価にすることが可能だ。
『さあ!仕切り直しと行こう!抗って見せろ!ヴァジュラマ様もお喜びになるだろう!』
『面白い!我が名はハン族大戦士メルギド!貴様こそ我を楽しませ…』
『我が名はヴィクトリア!おいしい所はすべて我がいただくから覚悟しろ!』
『ヴィクトリア貴様!戦士の口上を邪魔するな!』
『戦士なら口先でなく結果で示すんだってメルギド言ってた!』
『それはそれ、これはこれだ!もはや貴様に付け入る隙は与えん!』
『むう。』
メルギドの言葉通り、そこからの戦いにヴィクトリアが横やりをさしはさむ余地はなかった。
メルギドが仕向けたということではなく、純然たる力量差によるものだ。
ヴィクトリアは神聖術による加護を受けてなお、二人に比べて圧倒的に劣っていた。
部下の命を代償に得たハバキリの力はこの地でまぎれもなく最強だろう。しかし、メルギドは対抗し得ていた。
ハバキリのこん棒による暴威を、槍と祖霊術でその射程の外からつかず離れず攻撃し、時には接近して貫手を放つ。
ハバキリは力を維持するために移動しながら手近な部下を殺していく。力はさらに増していく。
メルギドもまた定期的に祖霊術を行使する。体の紋様が放つ燐光は燃え盛る炎が脈打つようだった。手に持つ槍も赤い燐光を纏い祖霊術によって強化されていることがわかる。
両者共に物騒な笑みを浮かべながら、他者には介入不可能な次元の殺し合いを続けた。
もはや二人は互いしか見ておらず、ヴィクトリアのことなど眼中にない。
ヴィクトリアは格の違いを見せつけられ、悔しさに歯噛みしながらも、その戦いを一瞬も見逃すまいと二人の戦いを凝視し続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます