第17話 子供ってどうやってできるの?by幼女

 布教のため、少女剣士の情報を頼りに蛮族の集落内を散策していると一人訓練に励む少年を見つけた。


 祖霊術の使用できない戦士見習いだ。


 現在戦時につき戦士でない見習いも多く戦場に駆り出されているが、祖霊術を使えない者は集落に残されている。集落の防衛の意味合いもあるのだろう。


 しかし、残された戦士見習いにとっては屈辱だった。集落内のエリート職を目指す彼らは功名心や自尊心も強い。足手まといとして残されたと感じたようだ。


 祖霊術が使えないから何だってんだと管を撒いているらしい。


 祖霊術が使えないなら神聖術にワンチャン賭ければいいじゃない。そう持ち掛けよう。


 というかこいつ見習いの情報まで持っているのか。


「お前、戦士見習いとも交流があったのか。」


「引き合わせたのはお頭じゃん。試合で勝って、力で従えた。我には逆らえない。」


 じゃあこいつに見習い共にアスワン教を信仰するよう命令してもらえばいいのでは?


 名案じゃなかろうか。


「見習いの布教を任せてもいいか?」


「我アスワン教徒じゃないんだけど。」


「それになんの問題が?」


「ないのかなぁ?我は問題ある気がするんだけどなぁ。」


 少女剣士が首を傾げ悩まし気な表情を作っている。


「まあ気乗りしないなら構わん。なら俺の後ろでにらみを利かせていてくれ。」


 虎の威を借るキツネ作戦で行こう。


「我がにらみを利かせる?お頭の後ろから?無意味じゃない?」


「何故だ。」


「我お頭より迫力出せない。後ろで睨んでいても援護にならないと思う。」


「確かに未成年少女に成人男性並みの威圧感を求めるのは無理があるか。」


「そういうことじゃないんだけど。」


「まあ。やるだけやってみるぞ。」








「訓練中すまないが、少しいいか。」


 戦士見習いに声をかけた。


 戦闘職に携わる連中はどうも敬語や畏まった言葉を好まない。上司ぶった話し方でいく。


『よっ!お頭は、いいから手を止めて話を聞けと仰せだ。黙って従え。』


『あ姉御!?』


 どう考えても少女剣士の方が年下なんだが、少女剣士は気にした様子もなく偉そうにしている。


 戦士見習いは不安そうな表情を浮かべ言葉を続ける。


『じゃあこっちの人は……。』


『お頭はお頭だよ。』


『ひっ。無慈悲無差別に死を振りまくというあの…。』


「おい誰だそんなこと吹聴してる奴は」


「我だね。」


「てめえ。」


『姉御ぉ。俺今日死ぬんすか?」


『それはお前の態度とお頭の機嫌次第だね。』


『なんでも言うことを聞くのでどうか命だけは……。』


 懇願する戦士見習い。


 目的のためには過程を問わない俺だが、今回のこれはさすがに駄目だろう。


 これは恐喝とか恫喝とかいわれるものだ。


 反感を買うし禍根を残す。


「すまない。怖がらせるつもりはなかった。アスワン教について皆に知ってもらおうと活動している。信仰すれば神聖術を授かる可能性がある。興味があれば臨時教会に話を聞きに来てみてくれ。」


 今日は諦めよう。仕方がない。またの機会だ。


「神の御加護がありますように。」


『よかったな。お前は今日死なずに済みそうだぞ。生あることに感謝して、今日も訓練に励め。』


『はい!ありがとうございます!』


 偉ぶる少女剣士の頭にげんこつを落とし、声をかける。


「行くぞ。」


「痛い!なにすんの!」


「布教の邪魔すんな。」


「えー。にらみ効かせろって言ったのお頭じゃん!」


 そうだった。


「悪かった。指示を取り消す。」








 その後何人かに声をかけたが、目に見えて手ごたえのある者はいなかった。


「なんか地味だよね。我飽きてきた。他に方法ないの。」


「方法はいろいろあるが現状にそぐわない。」


 例えば長老や大戦士に頼み一族の認める宗教に認定してもらうという手もある。


 国教みたいなもんだ。


 しかし、唐突にそんなことを依頼すれば不信や疑惑を招くから今までは出来なかった。知識思想を浸透させ、信者をある程度増やし、その実績をもってから集団の長に話を持ち掛けるのがセオリーだろう。


 文化が違いすぎて、念のため布教の許可をすでに取ってはあるが、本来はそんなことすらしない方がよかったくらいだ。


 今回の戦争で信者が増え、かつ神聖術の有用性が示せればメルギドに国教の認定について相談してみてもいいかもしれない。


 まあ、今日の布教活動は終わりでいいだろう。


 教会に戻ろう。








 帰る先は平和であってほしいものだが、生憎我らのホームは今や戦争の最前線。


 とてもリラックスできる状況にない。


 過酷すぎる職場環境だ。


 プライベートはないし、気の休まる場所もない。


 教会入ってすぐの大広間「礼拝の間」には動物のはく製、キマイラの骨格標本、少女剣士面の女神画が飾られており、空いている空間で戦士共が思い思いに休息している。


 奥に進むといくつか個室がある。その個室の一室で生贄幼女と数名の部下が待っていた。


『ハクモー!!我帰ってきたぞ!寂しくなかったかぁ~!?』


『お帰り。大丈夫。』


『そうかぁ~。可愛い奴めぇ。よーしおしおしおし。』


 激しいスキンシップをはかる少女剣士に生贄幼女はされるがままだ。頬で頬をスリスリされている。ポーカーフェイスで内心は伺えないが嫌がっていないと思っておく。


 生贄幼女は教会で部下数名と留守番をさせていた。幼女とはいえ敵部族の人間だ。目立つ外見のため生贄幼女の噂を聞いている人間であれば敵部族とすぐに知れてしまう。反感を買い、最悪害しようとしてくるかもしれない。


 生贄幼女は髪が白髪化したことに伴い恩寵が変質し、そして一部神聖術を使用できるようになった。神聖術はアスワン教徒である証拠だ。完全に改宗したと考えていいだろう。助けた甲斐がある。


 神聖術は浄化、破魔付与、治癒しか扱うことが出来ないが、浄化と破魔付与には強い適正を示した。


 せっかくなので戦士共が出撃する際には生贄幼女に破魔付与をかけさせている。その分部下共に治癒する力が残る。それに生贄幼女の破魔付与と浄化は下手すると俺よりも効果がある。使わない手はない。


 教会には戦士の治療のために部下を数名置いている。そのうちの一人が交替で俺達の文字を覚えさせている。


 部下は蛮族の言葉をうろ覚えだ。意思疎通が難しいが、文字を教えることはできる。生贄少女が指さした文字を発音すればいいだけだ。


 将来的には本土に連れ帰り、神官にするつもりだ。幼女の同意も得ている。であれば俺達の言葉文字文化教義を知っておいてもらう必要があるだろう。


 夜は俺が生贄幼女の学習度合いを確認する時間。生贄幼女からの質問を受け付け返答するか、教義をかみ砕いて教えている。質問の内容で学習の進行具合はなんとなくわかる。


 周囲に部下や少女剣士がいることもあればいない時もある。今日は周囲に部下共がいる。少女剣士はすでに就寝中だ。正直俺も早く寝たい。


 俺は今日も眠気と格闘しながら生贄幼女にアスワンの教義の一説を教えていた。


「神は言った。産めよ増やせよ地に満ちよと。かくして俺達人間には繁殖する能力が備わった……。なんだ?」


 生贄幼女が、疑問があると挙手をした。


『子供ってどうやってできるの?』


 一瞬の静寂ののち周囲にいる部下共がざわつき始めた。


「やべえ質問来た。」


「お頭どう答えるんだ。」


「怖いような、気になるような。」


「オラ、なんだかわくわくしてきたぞっ」


 俺にも良識はある。さすがに年端もいかない子供に棒を穴に突っ込むと出来るんだぞとは言えない。だが、純真な瞳で見つめる幼女に嘘を言うわけにもいかない。子供に教えても問題ない、かつ嘘ではない誠実な回答を考える。そして答えた。


「子供はな、性欲に屈すると出来るんだ。」


「おぉ。生命の神聖な営みに対してあんまりな回答だけど、お頭にしては配慮されている。」


「ハクモちゃんはこの説明で納得するのか!?」


 俺の苦し紛れの説明に生贄幼女はなおも疑問の表情を浮かべていた。


 すまんな。俺もわかりにくいと思うよ。


『性欲って何。』


 嫌な質問が来た。冷や汗が背筋を流れる。


 性欲とは生殖行為を行いたいと思う衝動や欲求のことだろう。しかしそう答えると、結局生殖行為の具体的な方法に疑問を持たれてしまうだろう。せっかく知恵を絞って回避したのに。


「大人になればわかる。」


 俺はその場限りのクソ回答、ありきたりな逃げ口上を口にした。


『大人って具体的には。』


「二次性徴を迎えるまでだな。」


『二次性徴?』


 逃げ口上を口にしたのに回り込まれてしまった。気を抜いて不用意な発言をしてしまったのが原因だ。


 もうこのやり取り嫌だ。疲れた。神経使うんだよ。


「お前の場合は股から血が出る。」


『股から血……。』


 生贄幼女は目を見開いておののいている。


「ああ。しかも月に一回だ。」


「お頭!」


「せっかくここまで配慮してきたのに!台無しですよ!」


 もうめんどくせえんだ。早く寝たいんだ。


「別にいいだろ言ったって。健常な女には必ず現れる現象なんだから。」


「もっと別の説明できなかったんですか!」


 別の表現か。


「じゃあ。毛が生える。」


『毛……。』


「お頭ストップ!駄目だろ!何かが駄目な気がしますよ。」


 もういいじゃん。許してくれよ。


 布教とか慣れないことすると疲れるんだよ。戦う方がどれだけ楽か。


 こちとら睡魔が到来してんだ。早く寝たい。


 俺の疲れた様子に何かを察したのか生贄幼女が口を開いた。


『わかった。後はヴィクトリアに聞いてみる。』


「おう。そうしてくれ。」


「いやぁ。それもどうなんですかねぇ。」


 子供の教育は難しい。






 気づけば寝ていた。


 ふと視線をずらすと横で生贄幼女が寝息を立てている。


 生贄幼女が起きないよう気を付けながら起き上がる。扉がわずかに開いていた。少女剣士がのぞき込んでいる。俺が何かを言う前に少女剣士は口を開いた。


「お頭ロリコンなの?」


「違うが。」


 成人男性が幼女に添い寝をしている光景は微笑ましさこそあれ、ロリコンの汚名を着せられるような状況ではないはずだ。


「ロリコンは病気だよ。」


「違うが。」


「さっきジョージさんから聞いた。」


「何をだ。」


 ジョージとは俺の部下の一人だ。あいつ起きるの早いな。


「お頭が昨日ハクモに子供の作り方を教えてたって。」


「……。」


 遠い目をして黙りこむ俺を無視して少女剣士は言葉を続ける。


「ロリコンは犯罪だよ。」


 覚えとけよジョージ。

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