第16話 布教活動

 敵部族の集落に潜入し火をかけ、無事逃げ出した俺達はメルギドにその事実を報告した。


 ひどく驚かれ、その場に居合わせた戦士共からは畏敬のまなざしを向けられた。


 しかし、こんな最前線で戦い続けていては被害も出るし、俺達の任務にも支障が出てくる。


 戦士達の手柄を横取りし続けるのも気が引ける、とか何とか言って一時戦線離脱した。


 部下共は「仲間の敵討ちはどうなった」「負傷した戦士の報復はそんなものでいいのか」と俺の過去の発言を詰って(なじって)きたが、にらみつけたら黙った。


 実際戦士達は手柄を上げようと意気込んでおり、俺たちの戦線離脱を喜んでいる様子が見られた。


 非難されることもなく、俺達は戦線を離脱した。


 なぜ戦線離脱したのかというと集落に戻って布教するためだ。


 戦争がはじまり、集落は不安に浮足立っているはずだ。


 そういう不安につけ込む…違った、不安から救うのが俺達の目的だ。


 信仰があれば不安から解放されると教えてやらなければならない。


 可能なら広場に人を集めて演説をかましてやりたいが、今は戦時だ。すでに信仰の下地があれば話は別だが、未教化の土地で信仰の布教のために人を集めれば反感を買う恐れがある。


 メルギドや長老からすでに許可を取ってはいるが住民感情には配慮しなければならない。


 というわけで一人ずつ、雑談の体裁で信仰を広めていく。


 そして、布教する人間の情報を事前に持っておくと布教の効率がいい。なぜなら対象の悩みをピンポイントで刺激することが出来るからだ。


 そんな情報を俺は持っていないが、女衆と仲が良い少女剣士は持っている。


「お前が普段仲良くしている里の女共がいるな?奴らの弱みを俺に教えろ。」


「お頭、セリフが悪党のそれ。」


「言葉選びに配慮が見られない……。」


「さすがにお頭に友達の情報を売るのはちょっと…。何に使われるか分かったもんじゃないし。我にも良心というものが……。」


「お頭。嬢ちゃんを見習ってくださいよ。良心が痛むんですって。お頭良心どこに落っことしてきちゃったんですか。」


 部下が少女剣士を見習えと俺に言ってくるが、少女剣士の様子を見るに善意や倫理観でそんなことを言っているわけではない気がする。


 チラチラ意味ありげにこっちを見てくるし。


「我に友達を売れというからには相応の対価というものが必要だと思う!」


「嬢ちゃん!?」


 ほらな。


「毎日戦闘訓練に本気で付き合ってやる。」


「わーい!一日二回ね!朝と晩!」


「お前の提供する情報次第だな。」


「わーい!友達って大事だね。」


「お頭!嬢ちゃんが損得でしか人間関係を見れなくなっちゃってるじゃないですか!お頭のせいですよ。絶対お頭の影響ですよ!」


 いや、少女剣士は出会ったころから人間関係にドライなところがあった。別に俺のせいじゃないし、そもそも人間関係を損得で判断して一体何が悪いというのか。


 少女剣士から情報を聞き出して、獲物の現れそうな場所に向かう。


 対象女性を見つけた。


 情報通り浮かない顔をしている。いかにも、「私悩んでいます」という表情だ。おっと、ため息までつき始めた。


 自身の中で感情を処理しきれず表に出てきてしまっている。


 信仰はこういう人間の心の隙間に入り込むのだ。


 少女剣士よ。有用な情報をありがとう。あの時敵部族の大男の嫁にやらなくてよかった。


 俺は着衣の乱れを整え、足を踏み出した。


「よし声をかけるぞ。」


「お頭、ナンパみたい。」


 うるせえ。俺も少しそう思ったよ!








 私の名前はメロニア。


 最近なんだか周りがピリピリしている。


 戦争が原因だ。


 古き時代に先祖が滅ぼしたはずの部族が生き残っていたのだ。


 最近結婚したばかりの夫は戦士だ。


 強くたくましく頼もしい。自慢の夫だ。


 しかし最近夫は体中傷だらけ、疲労困憊して帰ってくる。


 今までも負傷していることや疲れていることもあった。戦士だから当然だ。しかし最近はその度合いがひどいのだ。


 妻として何かしてあげたい。しかし出来ることといえば食事を作り、衣服を用意することだけ。


 無力感に日々苛まれている。


 鬱々としながら集落の水場で洗濯をしていた。


「力が欲しいか。」


 かけられた声に顔を上げると渡来人がこちらを見下ろしていた。逆光となって黒いシルエットしか見えないが、なぜかその口が弧を描くように吊り上がったように感じた。


『ひっ!』


 渡来人の男が視線をこちらに合わせるために屈んできたが、その目付きは非常に鋭く、荒んでいる印象を受けた。


「失礼。私は神に仕える神官、フランシスコです。あなたは神を信じますか。」


 少し前にこの島に流れついた奇妙な渡来人。そのボス。


 戦闘能力が高く戦意旺盛で大戦士も一目置いている人物だ。


「神を信じ、祈りを捧げれば傷を癒す術を身に着ける可能性があります。ほら、このように。」


『ひっ!』


 おもむろに手首を切り裂いたフランシスコに、たまらず引きつった悲鳴を上げる。フランシスコの手首から血が噴出するが、驚くべきことに見る間に傷がふさがっていった。


 怯える私を見て、慌てて傷の癒えた手首を袖に引っ込めた。


 取り繕うようにフランシスコは言葉を続けた。


「結婚したての旦那さんが心配なんですよね?何か力になりたいんですよね?」


 その言葉に思わず興味を魅かれた。脳裏には夫の姿が浮かぶ。


「神を信じ祈る、ただそれだけで旦那さんを癒す力があなたにも宿る……かもしれない。」


『祈るだけ。』


「そうです。想像してみてください。疲れ果て帰ってきた旦那さんの疲労を癒す理想の妻であるあなたを!旦那さんも惚れ直すはずです。」


 夫は最近疲れのせいか新婚にもかかわらずそっけない態度を取られることが増えてきた。少しでも現状を変えたい。


 そして今やっと理解した。先ほどの唐突な自傷行為は治癒能力のアピールだったのだと。あまりに唐突だったのでてっきり心を病んでいるのかと思ったが違ったようだ。


 確かに目を見張る治癒能力だった。私も使えればきっと夫も…。


「アスワン教はいつでもあなたを歓迎します。詳しい話を聞きたいときは臨時教会に行くか神官に声をかけてください。」


 臨時教会。最近集落の端に設置された小屋のことだ。教会は戦争の最前線のため戦士意外の立ち入りが禁止されている。


「あなたに神の御加護がありますように。」


 神官はそういうと手刀で十字を切り、去っていった。








「どうだ?教えのありがたさに平伏していたか?神の威光にたじろいでいたか?」


 隠れて様子を伺っていた少女剣士や部下共に聞く。


「いやぁ、お頭のリストカットにビビってただけですね。」


「我ちょっと後ろめたい。メロニアさん怯えちゃってたじゃん。ほとんど悲鳴しかあげてなかったし。」


「お、おう。そうか。」


 俺としてはまあまあの手ごたえを感じていたのだが、どうやら勘違いだったらしい。


 まあいい。勧誘が成功せずともこういう思想概念があることを知り、怖く怪しいものではないことを理解してもらうことがまずは大事だ。


 怖がらせてはしまったようだが、それは今後改善すればいい。


 とりあえず、まずは知識を植え付けることからだ。


 新しい知識は疑惑を伴う。怪しいのだ。逆に古くからあるものはなぜか妙な信頼がある。現状以上に悪化することはないだろうと思えるのだろう。


 新しい知識は変化をもたらす。禍福どちらに転ぶかわからないから怖いのだ。受け入れがたいのだ。


 だからアスワン教を当たり前の知識概念としてこの集落に定着させることが布教には大切だ。布教しやすい環境はそうして作られる。


 本当なら、アスワン教に入信すれば治癒の料金をサービス、とかそういうことが出来れば効果が高い。不安につけ込まずとも利益を示すことが出来れば人は受け入れる。


 しかし、あろうことか蛮族の社会には貨幣経済が導入されていない。物々交換の配給制だ。各々が能力に応じた役割を果たすことで食料や生活必需品そして贅沢品が配給されている。


 要は定額で働かされ放題なのだクソッタレ。この手は使えない。


 だから結局地道な手段に頼らざるを得ない。


 道のりは長い。


 気を取り直して次の獲物を探しに行こう。

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