第14話 接敵
「うおおおお!!姿を見たことも、声を聴いたことも、なんなら存在を感じたことすらないが神は奴らを殺せと仰せだ!正義は我らにあり!信仰の名の下に!殺せぇええええ!」
「その掛け声は神官としてどうなんすか。」
「信仰とはいったい……。」
「根拠のない確信を信仰と呼ぶんだよ!俺は神がそれを望んでいると確信している。つべこべ言わずにやれ!」
敵部族が夜襲をかけてきた。
獣の頭蓋骨を被った上裸の蛮人どもが鉈の形状の石斧を振りまわしている。
やたらとガリガリであばら骨の浮き出た不健康な体付きをしているが、呪詛の強い森に住んでいたのだ無理もない。ヴァジュラマの信徒は呪詛に耐性を持つようだが呪詛の毒素を無害化するわけでもない。
呪詛の強い地で健康に育つのはヴァジュラマの恩寵あらたかな魔人くらいのものだろう。
奴らは弓を持っていないようで遠距離攻撃といえば投石くらいのものだった。
俺が戦場に到着した時にはすでに敵味方入り乱れて乱闘していたから敵の数なんざわかりやしない。中には低級だが闇の眷属までいる。
生贄幼女は当然教会に置いてきた。入信の儀式も行っていない。夜襲と聞いて急ぎ駆け付けたのだ。
暗視の神聖術をかけ、戦場に突っ込む。幸い味方の蛮族は皆身体に白い紋様があるし、敵は頭蓋骨だ。見分けはつく。
部下には一通りの神聖術の加護がかかっており、肉体が強化されている。蛮族にかけるほどの余力はない。部下共には闇の眷属から優先して滅ぼすよう指示を出した。蛮族には闇の眷属を滅する手段がないからだ。
少女剣士については加護を拒否された。
「戦場にて人の手を借りるのは剣士の恥」とかぬかしていた。
「人の手を借りようが借りてなかろうが戦場ではより多く敵を殺した奴が偉いんだ」とこの世の真実を教えてやると、なるほどと感じ入るようにしていたが、まだ躊躇いがあるようだった。
こういう輩の誇りをないがしろにすると今後に響く。譲歩して体力強化と破魔付与
の加護だけかけさせてもらった。
少女剣士は暗闇でもわかるほどに目を輝かせて敵部族へと襲いかかり、切り結んでいる。活き活きとしていた。
敵部族に唯一獣の頭蓋骨を被っていない、大男がいる。石製の大きなこん棒を携えているが戦闘には加わっていない。偉そうな態度で戦場を睥睨しており、時折大声で指揮…というより激励しているのが聞こえる。敵部族のボスだろうか。
肉付きの良い体つきをしておりヴァジュラマの恩寵持つ魔人の可能性が高い。
敵に手傷を負わせたものの、殺す前に逃げられてしまった少女剣士は俺の下に来た。ボスらしき大男を指さして口を開く。
「お頭お頭!あいつ我より強くね?」
「珍しくもないだろ。」
「もうっ!違う!あいつ我に戦らせて!最近雑魚狩りばかり!偶には強者と戦いたい!どうにかして!」
頬を膨らませて主張する少女剣士。最近は特別功績が多いし、特別ひどいわがままでもない。こいつに死なれると損失がデカいから治癒と加護で支援する必要はあるが、偶には協力してやろう。
「おい!メルギド!あそこの大男、うちの少女剣士が戦いたいみたいなんだがもらっていいか!?」
『馬鹿を言うな!早い者勝ちに決まっているだろう!』
「わかった!早いもん勝ちだな!あとから文句言うなよ!」
『当然だ!』
「よし!言質はとった!お前ら!あの大男まで少女剣士を連れていくぞ!」
俺は散らばって戦っている部下共に声を張り上げ命令する。蛮族共は敵味方どちらにもチームプレイという考えがない。皆個々人ごとにその武勇を示そうと躍起になっている。
敵部族のボス面している大男まで個人の武勇のみでたどり着くのは時間がかかるだろうが、群れで当たれば時間は短縮できるだろう。
数は連携させることで力を発揮するのだ。未開の蛮族共め、文明人の戦い方を見せてやる。
後はどうやってこの意固地な少女剣士に他の加護を受け入れさせるかだが…。
「少女剣士じゃなくてヴィクトリア!いい加減名前で呼んで!」
「そのうちな!」
「むう。まあいいや。代わりに加護頂戴!さすがに素で戦うと我、瞬殺される。」
少女剣士の方から加護を乞うてきた。
おお。意外と冷静だ。きちんと彼我の戦力差を理解している。剣士の誇りとやらとの折り合いもつけたようだ。
最初からそのつもりだったがその状況把握に免じて貸しにはしないでおいてやる。
『身体能力強化』『腕力強化』『敏捷性強化』『柔軟性強化』『思考高速化』『運気上昇』
神よ、彼の者に異教徒を打ち滅ぼす力を与え給え。
俺は少女剣士に加護を与えると、敵陣を突破するため二振りのメイスを両手に構えた。この二つ一対のメイスの銘を「戒め」という。現存する鉱物の中で最も重く固い鉱物で出来ている。元は拷問器具として使用されていたそれを振りかぶる。
メイス「戒め」を扱うには神聖術による加護が必須だ。
あまりの重さ故に普通に使うと腕や腰などどこかを必ず痛める。
装備しているだけでも腰を痛める。それが拷問器具「戒め」だ。
そんな重量物を神聖術の加護で強化された膂力で振るうのだ。
蛮族共の粗末な木製・石製武器じゃ防御などできようはずもない。
立ち塞ぐ敵の蛮族共を武器もろとも破壊し吹き飛ばす。
「これ、お頭一人でよくね?俺らいらなくね?」
数の連携以前に武器の性能差が出てしまった。
結局固くて重いのが最強なんだ。
敵を打ち払いながら横目でメルギドの様子を見ると、危なげなく戦っているものの、やはり俺ほどの突破力はないようで速度が出ていなかった。
メルギドは攻撃を避ける、もしくは防がなければならないが、俺は違う。
俺の極まった神聖術による治癒はほぼ自動で俺の傷を癒す。攻撃と進むことだけに集中できる。また、俺の武器は相手の武器を容易に破壊するため敵に防がれることがない。自身の防御も相手の防御も無視出来る分俺の方が速い。
時折左右から長物武器を差し込まれ脇や腹に重傷を負う。クソ痛いがすぐに治癒される。それに戦の高揚ゆえか普段ほど痛みは気にならない。
『なんだこいつ!刺しても刺しても死なねえ!』
『まさか不死者の王リッチーか!こいつら禁忌に手を出したのか!』
「神聖な神官様をアンデッド呼ばわりとはいい度胸だ!末期のセリフはそれでいいんだな!?」
俺が罰当たりな敵部族を処していると、部下共がここぞとばかりに煽り立てる。
「道を開けろお!戦う神官様のお通りだ!」
「おらおら!死にてえ奴からかかってきやがれ!」
俺を盾にして安全圏からの物言い。我が部下ながらやることがセコイ。言葉が通じていないことも合わさって調子に乗っている。
「疲れてきたから代わってくれ。」
俺が試しにそう言うと。
「冗談よしてくださいよお頭。え?冗談ですよね?」
部下共は面白いほどにうろたえた。
そうこうしているうちに敵部族のボスらしき大男の下にたどり着いた。
「よしっ行け!邪魔が入らないようにしてやる」
俺が少女剣士にそういうと少女剣士は喜び勇んで飛び出していった。
『我が名はヴィクトリア!いざ尋常に勝負!』
少女剣士は名乗りを上げながら丈の長い長剣を大男の胴体目掛けて薙ぎ払う。
大男は難なくそれを石のこん棒で弾いた。
大男の周りの蛮族共が邪魔しようと出てくるが部下共が石を投げて邪魔をする。隙をついて俺がメイス「戒め」で殴り飛ばし、少女剣士と大男の周りの人払いをする。
「おい場は整えてやったぞ!」
俺がそういうと少女剣士も敵の大男も口角を上げ笑みを作りながら戦いを始めた。
『なるほど!この少女と戦えということか!勇ましいことだが誰を相手にしたのかを教えてやる。後悔するぞ!そして次は両手こん棒のお前だ!待っていろ!』
『我相手によそ見とは余裕だな!』
大男は俺を煽ってきたが、少女剣士はそれが不満らしい。神聖術により強化された身体能力で苛烈な攻撃を行った。
しかし、大男にはまるで通用せず全て防がれている。
『まだまだぁ!』
少女剣士は気炎を吐いて攻撃を続けるが大男には通じない。大男は笑みを深め、口を開いた。
『やるな。少女とは思えぬ戦いぶり、強き子を産みそうだ。』
少女剣士は大男の言葉を聞き距離をとった。
「うぇっキモイ。」
思わず母国語で愚痴をこぼす。とても嫌そうな顔で舌を出し、吐く真似をしている。
『ちょうど妻がいなくなった。お前を連れ帰り新たな妻としよう。』
『嫌だっ』
そういうと二人はまたぶつかり合った。
今度は大男から仕掛けた。大雑把なこん棒による薙ぎ払いだ。雑だがその暴威はすさまじく、防御など不可能。少女剣士はぎりぎり躱すも、こん棒を持っていない左拳の強打を食らってしまう。
「くそっ!」
『ふははは!いいぞ!強い女も反抗的な女も好きだ!屈服させたくなる!そら抗って見せろ!』
戦いは続くが大男が攻勢に出てから少女剣士は防戦一方だ。大男の攻撃は重厚な石のこん棒による力づくの攻撃で、少女剣士の長剣では防御不能だ。躱すしかない。しかしそれは大きく精神を削る。どうにか攻勢に転じたいがその隙も見当たらない。
大男は技術も何もなくただ力任せにこん棒を振り回すだけだが、一定以上のパワーは技術を寄せ付けない。
しびれを切らした少女剣士は一度大男から距離を取り、中腰に構えなおした。何かの技の予兆だろうが、大男はそれを気にせずこん棒で殴り掛かる。
「剣気、纏」
少女剣士はそう言うと振るわれるこん棒目掛けて剣を振るった。振るった長剣に破魔とは別の燐光が宿る。
剣気は剣士の特有の技術であり超常の力だ。肉体強化や武器の強化を行う。纏いは武器の強化だが少女剣士はまだ未熟で剣気の扱いそのものが出来ないはずだ。
案の定、少女剣士の長剣はこん棒の半ばまで裂いたがそこで止まってしまっていた。
「かはっ!」
そのまま長剣ごと少女剣士はこん棒で殴られ地面を転がった。
剣を手放していないのは立派だが、未熟な技術を戦場で使うのはあまり褒められたものじゃない。
うずくまって血を吐いている。勝負あっただろう。
少女剣士が追撃を受ける前に俺が大男に殴り掛かる。
大男はこん棒を破壊されかねないと見るや受け流してきた。力だけの猪武者かと思えば技もあるらしい。
「じゃっ…、邪魔、しないで。我、の獲物。」
「どう考えてもお前の負けだ。大人しくしてろ。」
少女剣士がフラフラ立ち上がりながら文句を言ってくるが、どう考えてもすでにこいつの負けだ。満身創痍でも勝利できるのは物語の中の英雄だけだ。
部下の一人が少女剣士に駆け寄って治癒の神聖術を行使しているが、すぐには万全の状態にならない。
『ふっ。俺の勝ちだ。その女はもらい受けよう。俺の子を産んでもらう。』
「ふざけんな。そいつはウチの労働力だ。妊娠したら働けなくなるだろうが。」
ただでさえ本土に部下を帰して労働力が減ってるんだ。これ以上減るのは容認できない。
「お頭!?その断り方、我なんか納得いかない!」
まだ体を動かすのは厳しいだろうが、大声を出すことは可能な程度に回復した少女剣士が不満を叫んだ。
『なんだそんなことを気にしていたのか。なら俺がその女の代わりに働こう。妻が身重の時に働くのが夫の務めだろう。』
「…………。」
少女剣士の貞操一つでこの大男の戦闘能力が手に入るのか……。
「お頭!黙ってないでなんとか言ってよ!我そんな奴の嫁になんかなりたくないからね。」
いや、悪くない取引な気がするんだが。
だが、冷静に考えると少女剣士の価値は戦闘能力だけではない。その社交性や絵描きの能力など多彩な才能によるところが大きい。この大男にはない部分だろう。
そもそも異教徒だし、ハン族と敵対していて和解は不可能だ。
この取引は無しだ。
「……、もちろんだ。お前の意思をないがしろにすることなどない。」
「返答に間があったんだけど!」
少女剣士の追求を無視して俺はこの大男の対処をどうするか考える。
正面切って戦ってもいいが面倒そうだ。
俺は戦闘狂ではない。戦わずに成果がでるならその方がいい。争うと武器は消耗するし人的被害も出る。
ひとまず絡め手を試そう。
「お前ハクモって子供を知っているか。」
生贄幼女は言っていた。父は力の強さにより部族の長となったと。これほどの戦闘能力なら長であっても不思議ではない。
こいつが父親でなくても問題ない。長の娘であり、闇の眷属への生贄だ。知っていて当然のはず。
『なんだ?娘を知っているのか?』
「やはりか!お前の娘は今俺達の下にいる!オラっ!娘の命が惜しければ首を差し出せ。」
俺は嬉々として目の前の大男を恐喝した。
やはり俺の推測通り、この大男は生贄幼女の父親だった。
本当は人前でこんな非道な真似をしたくはない。理屈を解せず、感情でしか物事を判断できない愚かな民衆の反感を買ってしまうからだ。
しかしこの大男と争えば周囲に甚大な被害が出る可能性がある。争うよりも時間は短く済むだろうし良いことづくめだ。
倫理道徳など戦場においてはごみに等しい。役に立たないし、なんなら足を引っ張る。
生贄幼女の話から推測するに娘への愛情があるかは疑問だが、生贄としての価値は未だにあるはず。
「さすがお頭!腐れ外道だけどこういう時は頼もしいっす!」
『そうか!ハクモはお前達の下に逃げたのか!これは面白い!』
大男はそう言い笑みを浮かべると大きく息を吸い込みそして大音量で話し始めた。
『ハクモ!お前の母はお前のせいで投獄され石を投げられている!このままではやがて死ぬぞ!お前のせいでな!少しでも母を思うなら戻ってこい!母が助かるかもしれんぞ!』
「ハクモは遠くにいる。聞こえるはずがないだろう」
『聞こえる。あいつは特別だからな。』
神の恩寵のことか。
「ちっ。そんなことよりお前の娘の命についてだ。まだ価値があるようだな。下手な動きをすれば娘の命はない。」
『好きにしろ。それもまたヴァジュラマ様の御意思だろう。』
「おい!お前の娘だろうが!情とかないのか!」
「最低だな!倫理観を疑うわ!」
「この人でなし!」
部下共が大男に罵声を浴びせかける。気のせいだろうが部下の数人は俺の方を見て言っていた気がする。
いずれにせよ人質作戦は失敗した。
俺は戦闘は避けられないとみて構えたが、大男は周囲に目をやると戦意を失ったようだった。
『劣勢か。しかたない退くぞ!』
くそ。冷静で嫌になる。確かに周囲では敵部族の死体があちこちで倒れており、反面味方は未だ元気に暴れていた。できればこのまま全滅させてしまいたい。
いや、待て違う。
この戦争は長引いてもらった方がいい。争いの期間が長引くほどに布教の下地を築きやすくなる。負けるのは論外だが、完勝しすぎても困る。
敵部族は大男の指示を受けて三々五々散り散りに逃げていった。まるで組織立っていないが、かえって追いづらい。
「逃がすか!」
部下共やハン族が追いかける。
「深追いするな。地の利は奴らにある!」
追い討ちは本来最も戦果の上がるタイミングだ。しかし、成果を上げすぎても困る。
俺が周囲に警告していると敵部族の一人がこちらを振り返って術を唱え始めた。
『偉大なるヴァジュラマよ!痛みを代価に!骸に偽りの魂を与えたまえ!』
術者は唱え終えると自身の指を唐突に折った。術の代価だ。
すると死んだはずの者達が立ち上がり、襲い掛かってきた。それを見て俺は目の色を変えた。
「なにっ!?ネクロマンサーか!?捕まえろ!洗脳して「はい」か「イエス」しか言えない理想の労働力にしてやる!」
「悪魔かな?」
部下という名の労働力の一部を本土に送り返してしまった。そんな俺の前に姿を現したのが運の尽きだネクロマンサー!死体を操るとかほとんど無限の労働力だろ。ぜひ部下に欲しい。
角の立派な牡鹿の頭蓋骨を被った奴だ。覚えたぞ。
「追え!絶対逃がすな!」
「お頭!くるくる命令変えるのやめてくださいよ!深追いはやめましょうよ。」
「あのネクロマンサー、お頭の言葉聞いて焦ったように逃げてますけど。」
部下共に窘められている隙に逃げられてしまった。
「ちっクソっ。逃したか。わかったよ。撤退だ。」
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