第13話 幼女じゃなきゃ見捨てちゃうね

生贄幼女は話を終えると再度口にした。


『たすけて』


 成人に助けてなんて言われたら、常識的に考えて、ビンタ張って甘えんなと説教するところだ。他者の慈悲にすがらねば生きていけない人間に、いったいどれほどの価値がある?


 しかし相手が幼女となると話が違う。


 奴らは他者の庇護なしには生きていけない。母性や父性、人の善性に訴えかけて他者に守ってもらうように仕向けることが幼い子供のほとんど唯一の生存戦略だ。


 自身を助けることで生じる利益を自覚し語り信用させるには、知識も機会も経験も足りない。


『母と私をたすけて。』


 この生贄幼女は俺の目を見て言ってくる。決定権が俺にあることを本能的に察しているのか。


『たすけてくれれば私も母もあなたに従う。私には神の恩寵がある。きっと役に立つ。』


 とても賢い幼女だ。自身の価値を正しく理解している。


 敵部族の話も生贄幼女の過去も筋道だった話し方でわかりやすかった。知性の高さを伺わせる。


 だがそれが怪しい。不自然だ。


 こんな幼女にここまで理知的な受け答えができるものなのか。どう考えても5歳6歳くらいの見た目だ。敵対部族の間諜や工作員の可能性が浮上する。


 しかし敵部族はハン族のことは知っていても俺たちのことは知らないはずだ。ハン族と協力関係にあることも。


「ねえお頭!黙ってないで返事してよ!我この幼女、助けたい!」


 神の恩寵持つ者は超常の力を扱う者だ。幼いからと言って油断はできない。


 この幼女は感覚の拡張と魅了の恩寵を得ているといっていた。特に魅了というのが恐ろしい。神の恩寵ある者や知性が高い者には効きにくいとのことだし、部下の数名を除き俺たちには効きにくいとの確認もとっている。しかし所詮は自己申告だ。俺たちにその真実はわからない。


 ましてや母を助けてくれと言っている。これは敵の本拠地に乗り込めということだ。


 生贄幼女を逃がした母親が、今まで通り生活できているとは考えづらい。幼女の話が真実なら罪人として囚われの身のはずだ。奪還には危険が伴う。


 俺には部下共と少女剣士に対する責任がある。


 場合によっては死ぬ可能性のある仕事を任せなければならないこともあるが、それには命を張るだけの意味が、価値がなければならない。


 果たして生贄幼女とその母親を助けることが命を懸けるだけの利益を俺達にもたらすのか……。


 俺は生贄幼女の顔を覗き込み確認をする。


「助ければ従うということだったが、お前達は今の信仰を捨てられるか?アスワン教に改宗することは可能か?」


『母を助けてくれるなら私は改宗する。母はわからないけど私が必ず説得する。』


 生贄幼女はそう返答すると少し考える様子を見せ言葉を続けた。


『でも信仰を捨てたら私の恩寵がどうなるかわからない。』


「構わない。当然恩寵が残っていた方が望ましいが、恩寵を失ったからといって約束を反故にしたと責めることはない。」


 強力な呪術を扱う異教徒を改宗させたところ、反転して強力な神聖術の使い手になったという話を聞いたことがある。魔人を改宗させた話は聞かないが、試す価値はあるだろう。


 強力な恩寵持ちが部下に加わるなら大きな利益となる。


 そして子供はまだ思想が固まっていない。成人を改宗させるよりかはたやすいはずだ。仮に恩寵を失ったとしても今後の布教に向けた試金石となりうる。


 ただアスワン教を信仰すると宣言するだけの改宗と心の底から信仰する改宗は同じ言葉を使用していても違う。当然俺たちは心の底から信仰する信徒を望んでいる。


 救われた経験が信仰には大事だ。


 この生贄幼女と母親を助けてやれば、心の底からの改宗もあり得る。


 改宗させる容易さと改宗させたときのメリットを考慮するならリスクをとるだけの価値はあるだろう。


 俺は色々考慮したのち結論を生贄幼女に伝える。


「助けると約束することはできない。例えばお前の母はすでに死んでいるかもしれない。だが俺たちはリスクを冒して確認に行くのだ。失敗したからと言って見返りが何もないのでは困る。念のため今からアスワンに帰依し、ヴァジュラマを裏切れ。そうすればお前の母の救出に尽力しよう。」


『わかった。』


「当然、救出に成功してもしなくてもお前には俺の指揮下に入り命令に従ってもらう。いいな。」


『わかった。従う。』


 生贄幼女の返答に俺は頷き告げた。


「これより入信の儀式を行う。場所を移すぞ。」


 入信の儀式。形式的なものだが、心の区切りをつけるという意味で意義がある。信仰とは心のありようだ。口先だけで信仰しているという奴もいるだろう。だが儀式を行い、これによって神が当人を認め、以前の神と離縁したと信じさせることが出来ればいい。後戻りできないと思い込ませるのだ。


 人は結局損得で信仰を決めている。


 裏切ったと宣誓させればそこに戻ることはないだろう。


 儀式のため教会の聖堂に移動すると生贄幼女が引きつった悲鳴を上げた。


『ひっ』


 ひしめく獣のはく製にキマイラの骨格標本。教会に連れてこられたときは気絶していたからこれらを見るのは初めてだったのだろう。戦準備をするハン族が教会の異様な雰囲気を加速させている。


 邪悪な宗教に入信させるわけではないから安心してほしい。


 アスワン教は健全な宗教だ。


 だからそう悲壮な顔をするな。





 そういえば生贄幼女にハン族と協力関係にあることを伝えていなかった。ハン族側にも協力者として面通ししなければならない。互いにいがみ合う部族同士のようだから慎重に言葉を選ばなければならない。そう思っていたが意外とすんなりと面通しは終わった。


 生贄幼女はひどく怯えた様子だったしメルギドも怪訝な表情をしていたが、生贄幼女を俺達が保護することに異議はないとのことだった。




 さて現在急ぎで生贄幼女の入信の儀式を少しでも迫力あるものにしようと準備をしている。


 戦時下に何をしているのかと思うかもしれないが演出は大事だ。


 これから所属する宗派の威光を視覚で確認することが出来る。


 美しい景色が心を打つように、強烈な視覚情報は人の心を動かす。


 布教に利用しない手はない。


 力も入ろうというものだ。


 よっしゃ準備できた!やったんぞ!というところで……。


『敵襲だ!奴ら夜襲を仕掛けてきやがった!』


 敵部族が攻め込んできた。

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