第11話 我じゃなきゃ見逃しちゃうね

『今、偵察を向かわせている。協力はありがたいが報告があるまで待て。』


 メルギドの言葉に、俺は仕方なく矛を収めた。


 俺の任務達成のため戦争は歓迎だが、負けてしまっては意味がない。


 情報収集は戦争の基本だ。偵察を出しているというなら待とう。


 考えてみれば、特に急ぐ必要もないわけだしな。





 夜の帳が落ちたが、俺たちが拠点としている教会は常と比べて少し騒々しかった。


 少女剣士面の女神の画が鎮座する教会で蛮族共が戦の準備をしている。


 教会は歪の森と蛮族共の集落との中間地点だ。つまり敵対部族との中間地点でもある。


 戦士共は戦いのために教会に集まり、今は休息をとりながら戦いの時を待っている。物々しい雰囲気だ。


 俺達は別の部屋にいるが雰囲気は伝わってくる。


 しかし場違いに能天気な声が俺の耳に飛び込んできた。


「お頭!お頭!幼女拾ってきた!」


 いつでも元気な少女剣士だが、戦いを前にしていつも以上に高揚している。


 装備の点検をしていた俺は少女剣士に視線も向けずに返事した。


「元居た場所に返してこい。」


「え~でも多分この子ハン族の子じゃないと思うよ。」


「なに?」


 視線を向けるとそこには獣の頭蓋骨を被った子供が少女剣士に脇に抱えられていた。


 手も足もダラんと垂れていて動かない。意識がないのか?


「なんか元気なさそうだから治癒して!」


「敵対部族なんだが。」


「なんか情報持ってるかも!我尋問する!」


 なるほど。


 分別のついていない子供に敵の情報を聞き出すのは常套手段だ。


 最近の少女剣士は本当に役に立つ。


「わかった頭蓋骨とってそこに寝かせてくれ。」


 少女剣士が子供がかぶっていた頭蓋骨をとると、確かに幼女がそこにいた。褐色の肌に妙にツヤの良い長い黒髪。少しやつれているようにも見えるが、治癒をかけてやればどうにかなるだろう。


 神聖術を元頭蓋骨幼女にかけると荒かった呼吸が穏やかな寝息に変わった。


「これで大丈夫だろ。」


「うん!ありがとう!」


 本当は今の時点で幼女をたたき起こして情報を聞き出したいが、少女剣士にも聞きたいことがある。


 この元頭蓋骨幼女は少女剣士の聞き取りが終わるまで寝かせといてやろう。






「それで、こんな夜中にどこでどうやってこの子供を見つけたんだ。」


「幼女の臭いがしたから。」


「臭い?」


「うん。恐ろしく薄い臭い。我じゃなきゃ見逃しちゃうね。」


 こいつ、いろんな特技持ってんな。


「幼女の臭いだとさ。わかる奴いるか?」


 少女剣士の声でぞろぞろと集まってきていた部下共に聞いてみる。


「わかんねっす。」


 何気なく聞いてみたが、幼女の臭いを嗅ぎ分ける成人男性はウチにはいなかった。


「臭いにつられて森の焼け跡の方に行ってみたら、木の残骸の影に倒れてた。暗かったけど我の目はごまかせない。我にはわかった。この子は可愛いタイプの幼女だって。」


 少女剣士にも好みの幼女のタイプがあるらしい。幼女なら何でもいいわけじゃないんだな。


 いらん情報も多分に含まれていたが、必要な情報もまたきちんと含まれているから文句はない。


 さて、焼け跡といっても何日も燃え続け、延焼に延焼を重ねたあの森の焼け跡だ。範囲が広い。


 少女剣士に距離を聞いたところ、「近い」という返事が来た。もっと具体的な近さが知りたいのだがそこまで求めるのは酷か。


 少女剣士の話からすると周囲には何も落ちていなかったとのことだから、元頭蓋骨幼女は敵部族の集落から歩いてきた可能性が高い。


 意外と近くに集落があるのかもしれないな。






「よし。わかった。それじゃこのガキ起こすか。」


「えっ?起こすの?」


「当たり前だ。戦争直前だぞ。少しでも早く情報が欲しい。」


「お頭の鬼!悪魔!」


「なんとでも言え。俺は十分待った。一分一秒が勝敗を分けることだってあるんだ。」


「むー。」


 少女剣士が不満げにうなっている。


 すると俺たちがうるさかったのか、幼女が身じろぎをし、そして目を覚ました。


「あ、起きた。」


 よし、手間が省けた。


 幼女は寝ぼけた様子を見せることもなく、俺たちを視界にとらえると距離をとるように身を引き、そして縮こませた。


 驚くべきことに元頭蓋骨幼女の髪の一部がうねうね動いた。明らかに自然法則に逆らった動きだ。


「こいつ魔人か。」


 異教徒の恩寵持ちを魔人という。神の恩寵が体の形質にまで及ぶのはその恩寵が強い証だ。アスワン教にも白翼の生えたやつがいるが、数百年に一度現れるかどうかというほどに希少だ。


 子供といえど警戒する必要がある。


 さて当の幼女はというと俺の言葉にハッとして両手で髪を抑え、蠢く髪を隠そうとしている。魔人の意味するところを知っているようにも見えないが、その言葉の不穏さと何を指して言っているのかは理解できるのだろう。


 幼女のその様子が少女剣士の琴線に触れたようで、真っ赤な顔して幼女にとびかかった。


『ひっ!』


「よぉーしおしおしおし。怖くないよぉ。怖くないよぉ。でへへへ。」


 後ろから幼女を抱きすくめ頭を撫でまわしている。興奮のためか蛮族の言葉ではなく母国語を使用してしまっている。


 幼女は身を強張らせ硬直しているが、反対にその長髪は縦横無尽に蠢き大暴れしている。


 しかし、時とともに緊張は解け、髪の蠢きも収まった。


 少女剣士もまた興奮が収まってきた様子で、背後から抱きしめたまま幼女に問いかけた。


『我、ヴィクトリア。お名前は?』


 幼女はわずかに逡巡する様子を見せ、やがて口を開いた。


『ハクモ。』


『ハクモかぁ。可愛いねえ。』


 少女剣士はデレデレだ。


 幼女は少女剣士の様子に警戒を少し緩めたのか、質問をしてきた。


『……ハン族?』


「いや、違う。俺たちはハン族じゃない。」


 幼女の問いには俺が答えた。この幼女の部族はハン族と敵対している。情報を引き出すには無関係の第三者であった方がいい。


『どうしてハクモはこんなところに一人で来たのかな』


 少女剣士の問いに幼女は追い詰められた様子で絞り出すように告げた。


『たっ、たすけてつ……。』


『たすけるっ!ねっ!お頭!ねっ!』


 幼女の回答は少女剣士の質問に対する答えにはなっていないのだが、少女剣士は幼女の言葉に一も二もなく了承の言葉を返した。そして俺に同意を求めてくるということは俺も幼女助けに協力しろということだろう。


 俺は思った。


 それって俺にメリットあんの?


 しかし、こいつを助ける助けない以前に情報が必要だ。


「話を聞こうか。」


 俺たちは幼女の話に耳を傾けた。


 幼女の話を要約すると、この幼女は元頭蓋骨幼女にして魔人幼女、そして生贄幼女ということだった。

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