第9話 布教って具体的にどうやるの?

 蛮族共が教会の完成を祝って様々な品物を持ち寄ってくれた。


 熊の全身のはく製、鹿の首のはく製、猪の全身のはく製。


 はく製ばかりだ。そしてデカい。あまりにも空間を圧迫する。これ、邪魔な物品を俺たちに押し付けてるだけじゃないのか?


 スカンクのはく製なんかもある。結局スカンクにはなんの利用価値も見つからなかった。食べればまずいし、毛皮もゴワゴワ。強いて言えば物珍しさくらいの価値しかない。ただ厄介なだけの生物だった。


 一番困ったのはキマイラの全身骨格だ。こんな闇の眷属の残骸が神聖なる教会に存在していていいのか……。


 少女剣士がバラバラに刻んだはずなのに。


 蛮族の戦士が骨をすべて回収し、女衆がつなぎ合わせたそうだ。いらんことしやがる。


 貰い物は他に置き場がないから教会内に設置するしかない。


 おかげで我が教会は実に怪しげな雰囲気を醸し出している。普通に夜中に教会内に入ると怖い。はく製の目玉が月光を浴びてほのかに光るのだ。


 そして教会の最も目立つ場所に少女剣士の女神の画が飾られている。


『本当は森を浄化した時に宴を開きたかったんだができなかったからな。その分皆気合を入れた品を持ってきたのだろう。』


 とはメルギドの談。悪気はないようだ。


 ポジティブにとらえれば頂き物のおかげでインパクトのある内装にはなった。


 はたしてこれを見て信仰に目覚めるだろうか。


 いや、もし目覚めたならたらまず異端を疑う。


 聖務執行官の仕事が捗る。







 教会の建設完了と同時に食料の備蓄が整った。何のための備蓄かというと船旅のためだ。


 船員と部下の一部を本土に返す。


 新たな大地へと俺たちが到着したこと。現地人がいたこと。その土地で教会を建設したことその他すべてを報告してもらう。


 そのために数隻で来たのだ。


 誰が本土に戻るかでひと悶着あった。


 皆本土に帰りたいのだ。


 ここは文明レベルが低すぎる。不便なんだ。それに娯楽が少ない。休みもない。


 言葉が通じないというのもストレスだ。


 俺は立場上ここに残らざるを得ないから、「誰が本土に帰れるか抗争」に参加できなかった。


 羨ましい。


 俺も本土に戻って神官らしく贅を凝らした生活に戻りたい。


「そんじゃお頭お達者で。俺ら帰りますんで。戻ったらちゃんと報告するんで安心してください。お頭も早く本土に戻れるよう交渉してきます。」


「頼んだぞ。」


 マジで頼むぞ。


 そして部下と船員と食料と本土にはない珍しい品々を乗せた船が出向した。


「辛いもんだな。」


「げっお頭!?何似合わないこと言ってんすか!」


 この地に残った「誰が本土に帰れるか抗争」の負け犬がなんか言ってる。俺はその言葉を無視して感傷に浸りながら言葉を続けた。


「俺の労働力が去っていく。」







 さて、教会建設も船の出向もとりあえず完了した。


 だが、俺の仕事は終わらない。


 本日はメルギド宅にお邪魔する。本格的に布教を始めるにあたって色々と話し合わなければならないことがあるからな。








 フローラルな香りが鼻孔をくすぐる。


 眼前には透き通った黄色みがかった香茶が蛮族製の陶器の中で揺れている。


 メルギドに勧められ香茶を口にする。


 芳醇でありながらさわやか。しかしどこかスパイシーでもある。そしてほのかな苦みのアクセント。


「うまい。」


 俺は思わず言葉を漏らす。


『ふっ。気にいったようで何よりだ。渡来人の口には合わぬかと心配したが。』


「いや、これはうまい。」


 これ本土に持って帰れば結構な額で売れるんじゃないか。


『フン茶という。』


「フン茶か。これどうやって作っているんだ。」


『キキの実を使っている。そのままだと弱いが毒性があり腹を下してしまう。だからある工程が必要だ。』


「工程?」


 俺は思わず聞き返す。


『ああ。ベポパという種類の猿に食わせるんだ。』


「食わせる?」


「ああ。そしてその排泄物を使う。」


「排泄物?」


『ああ。排泄物だ。』


 そう聞いて嫌な予感がする。頬が強張るのを感じる。


「口から?」


 例えば蜂蜜は蜂が花の蜜を口から吐き戻した分泌物だ。今回の香茶も猿の吐しゃ物を使用しているのかもしれない。吐しゃ物も嫌だけど。


『尻から。』


 俺の期待は裏切られた。フン茶って糞茶ってことかよ。


 通常なら胸糞悪いもん飲ませやがって、とブチ切れ案件だが、この後に控えている話を考えると感情のままに行動するわけにもいかない。


『排泄された実を水洗いし、潰し、乾燥させたものにお湯を足したものだ。汚くはないから安心しろ。』


「いや、大丈夫だ。問題ない。」


『くっくっくっ。無理をするな。形相が悪鬼羅刹のそれだ。』


 人の表情になんて表現をしやがる。笑ってんじゃねえ。


 くそっ。落ち着け俺。仕事中だぞ。感情を殺すんだ。


 尿の直飲みではなかっただけ良しとするんだ。世には尿が甘くなる病気があると聞くし、このフン茶、ほのかに黄色いからつい連想してしまう。


 俺は聖務執行官にして司教様。神の使命を帯びた宣教師。心頭滅却し、無我の境地に至ったこの俺は、もはや私的な感情に流されはしない。


『高級品だ悪意はない。だからその振り上げたこん棒を下ろしてくれ。』


 不覚にも、俺はメルギドの言葉で初めて、自身が腰のメイスを振り上げていることに気がついた。


 間一髪だった。


 俺は力を籠めすぎて震えるメイスをゆっくり腰へと戻した。






「前から話していた件についてだ。教会が完成した。これから本格的に俺たちの神の教えを広めていきたい。お前たちの信仰を捨てろとは言わない。信仰を抱えたまま、こちらの教えもまた信仰してくれ。」


 メルギドを尋ねた目的であり、俺の帯びた使命、その直接的な第一歩だ。


 さすがに緊張する。


 我らがアスワン教は他の信仰と共存出来たためしがない。というかしようともしてこなかった。


 しかしこの地におけるパワーバランスは圧倒的に蛮族共に傾いている。


 食料も土地勘も人数も圧倒的に蛮族が俺たちを上回っている。


 ゆえに蛮族共と関係がこじれて困るのは俺たちだ。


 敵対しても勝てない。ゆえに共存の道を探らなければならない。


 幸い、奴らは多神教。


 遍くものに超常性を認め神聖視している。


 奴らは奴らの祖先を崇め、祖霊術によって力を借りてさえいる。それだけではなく蛮族共は岩、山、川、海など自然に存在するものにまで神性を認めているのだ。俺は説明する言葉をもたないがあるいは多神教ですらないかもしれない。


 であれば共存の余地はある。


 一神教は排他的だ。自身の教えが唯一絶対の教えであり、他は偽物だという考えであることが多い。場合によっては正しい教えを啓もうしてやろうというおせっかいな宗派すらある。俺の所属するアスワン教がまさにそれだ。


 逆に多神教は寛容だ。神とされる超常の存在はたくさんいるのだ。知らない神がいても不思議ではない。そう考える宗派が多い。


 奴らの先祖崇拝も俺たちのアスワン教には類似の風習がある。


 守護聖人というもので、偉業をなした神官を死してなお敬い、あるいは何かしらの恩恵を期待して崇めている。祖霊術のような現実に力を貸してくれるものではないので奴らの先祖崇拝の下位互換といえる。


 先祖崇拝を排しアスワン教に完全に鞍替えしてもらうのが理想だが、そう簡単に今までの信仰を捨てられるはずがない。まずは信仰を融合させ、長い時間をかけて蛮族共の信仰を消滅させる。


 この方法が穏当だろう。


 ではどうやって我らの教えを広めるか。


 つらい?救われたい?なら信仰しようか。


 これが一般的な布教のセオリーだ。弱みに付け込み洗脳する。


 悪辣だが、信仰によって救われる者も多い。死におびえる者に救いを与えるのは今のところ信仰以外に俺は知らない。


 天国に行けば幸せになれるという希望は、現世で善行を積まねばならないというモラルを醸成しそれによって秩序が保たれる。


 難しい法律は知らずとも、寝物語に聞いた神の教えの物語は誰もが知っている。


 だがそんな話を蛮族共にする必要はない。奴らには奴らの法がモラルが秩序がすでにあり、何なら死後の世界観すらすでに持ち合わせている。奴らは死後、この地を彷徨い子孫の繁栄を見守るのだ。今を生きる蛮族共は常に無数の先祖の視線にさらされており、その視線に耐えられる生き方を強いられている。それによって法やモラルや秩序が守られている。


 ゆえに必要なのは実利だ。


 徹底した現世利益だ。


 我らアスワン教が一体どう役に立つのか。その一点を強調し、必要なら誇張して伝えるのだ。


 俗世の欲が結局人を動かすのだ。


 神聖術による治癒と歪の森における結界の維持。


 これが最も奴らの利益に叶うだろう。


 今後また闇の眷属が出てくるかもわからないから浄化も有用だろうか。


 蛮族共がアスワン教を信仰するようになれば神聖術を使えるようになる奴が現れるかもしれない。


 俺は慎重に言葉を選びながらメルギドと長い話し合いをした。







 メルギドとの話し合いは問題なく終わった。


 過去に部族間抗争がありその敵部族は闇の眷属を呼び出す連中ということだったから、他宗教の積極的布教に嫌悪感を示す可能性を考慮していた。


 過去の抗争の原因が宗教間対立にあったとしたら、この地にアスワン教の教えを広めるのに大きな障壁となっていただろう。


 しかし、過去の抗争の原因は歴史に埋もれており、争いがあった事実のみが伝わっているに過ぎなかった。


 蛮族は文字を持たない。口伝の限界というものだ。


 さて準備は整った。


 だがまだまだ問題は山積みだ。


 さしあたっての問題。


 その原因は俺にある。


 そもそも布教って具体的にどうやるんだ?ということだ。ノウハウもないしその方法もわからん。


 俺は教えを広めることに関しては完全な素人だ。やったことがない。


 今までは敵を殺せばよかったが布教に必要とされる知識は別物だろう。


 左遷前に一応、確認はしてきた。


 だがアスワン教が一生懸命布教に精を出していたのは遥か昔。すでにアスワン教の教えは広まりきっており、拡大から維持の時代になって長い。拡大した教えを維持するには、さらに布教するよりも教えを異にする連中を殲滅した方が効率がいい。


 今の時代には教えのないところに教えを説き広めた、功績ある宣教師が生き残っていない。


 今生存している布教を行う神官はすでにアスワンの教えが広まった下地の上で、より信仰を深めるために活動している。


 活動目的が俺とは違うのだ。


 奴らは言う。


「ただ神の言葉をありのまま伝え続けるのです。さすればいずれわかってもらえます。神の言葉は素晴らしいのですから。地道に教え諭すこと。決してあきらめず継続すること。それが大切なのです。」


 具体性のない思考停止の精神論だ。


 俺は部下を使い倒して構わないからリスクなく手っ取り早く成果を上げられる、そんな方法が知りたいんだ。


 そんな地道で時間のかかる手段は知っているし、何なら教えられずとも想像がつくし、よしんば想像がつかずとも命令を受けているのだから諦めず継続せざるを得ないのだ。


 教えを請うておいてひどい話だが、長年その仕事に従事しておいて出た結論がそれかと落胆した。


 しかし無理もない。彼らは成果の見えにくい仕事に従事している。仮に成果が分かったとして、様々な場所へ行き検証しなければどの行動が功を奏したのか知りようがない。彼らを責めることはできない。


 問題はこの手の検証の成果を書物にまとめていない教会にこそある。布教に従事していたのは遥か昔、紙はなく羊皮紙が高価だった時代だ。信徒も少なく財政も厳しかったに違いないが、そうはいっても布教に従事していた期間は長いのだ。


 さては、なにか悪事を働いたために隠ぺいしたな。


 とにかく布教のための効果的な策が欲しいのだ。言葉で伝えるだけというのではあまりにお粗末だし時間がかかる。


 完成した教会で治療院のようなことをする予定だがあいつらあんまりケガを負わないし病気もしないんだよな……。


 一般的には飢餓、病、戦争の後が布教のチャンスとされている。


 人の不幸につけ込むのは神も悪魔も変わらない。


 だが能動的に蛮族共を不幸にするというのは難しいしリスクも大きい。


 結局祈るしかないのだろうか。


 蛮族共に不幸が訪れますように。

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