第8話教会建設

「えっ!?明日から教会建設?まだ森燃えてるんですけど。」


「鎮火したらすぐに教会建設にとりかかるための建材集め他雑務を行うんだ。まだ教会の建設作業そのものは進められない。」


「歪の森浄化で疲れたんですけど。休みが欲しいんですけど。」


「何故神より治癒の神聖術を賜ると思う?神の意志を俺はこう解釈した。『休まず働け』と。」


 聖書にも勤労・勤勉を美徳・善行として記されている。


「曲解だ!神は隣人愛を説いている。他人を労われということだ。俺たちには休息をとる権利がある!」


「そうだそうだ。」


「それは怠惰であり堕落だ。弱った心につけ込む悪魔のささやきだ。俺にはお前たちが敬虔な神の僕になるよう導く義務がある。お前たちを思うからこそ心を鬼にして言っているのだ。」


 などと美辞麗句を並べ立て、聖職者っぽいことを言ってみたが当然こんなのは建前だ。部下共もそれはわかっていることだろう。


 俺だって鬼じゃない。部下共に休ませてやりたいとも思う。


 嘘じゃない。


 こいつらが休まないと俺も休めないのだ。部下が働いているということは俺にはその管理監督の義務が生じる。上司だから。


 俺だって休みたいんだ。俺の休みのためなら部下共に休暇を与えてやるのもやぶさかではない。


 しかし状況がそれを許してくれないのだ。


 森を焼いたとはいえすべてのトゥレントが消失したかどうかは不明だし、新たなトゥレントが産まれるかもしれない。そうなる前に急ぎ教会を建設しなければならない。完成した教会は一種の結界だ。教会はその周囲を聖域と化し邪なものを遠ざける力を持つ。呪詛より産まれしトゥレントは当然近寄れなくなるのだ。


 急がなければ最悪、建設途中の教会を、寄ってきた新しいトゥレントに破壊される恐れがある。奴らの復活の速度によってはここ数か月の努力が水泡に帰すかもしれない。教会建設予定地にまた大量にトゥレントが集まれば再度森を焼かなければならない事態になる。


 これはあくまで最悪を想定した場合だ。トゥレントはすでに全て消失しているかもしれないし、消失していなくとももう増殖はしないかもしれない。この地を厄介な土地と考えて寄ってこないかもしれない。しかし闇の眷属はしぶとい。俺の想定する最悪はそんなに低い可能性ではないと考えている。


 休んでいる暇などない。


 だから部下共に労働を強いるのはしょうがない。しょうがないのだ。


 それなのに部下共ときたら状況も理解せずに好き勝手わがまま言いやがって。というかこいつらもいい年こいた神官なんだから状況は理解しているはずだ。にも拘わらず文句を言っている。


 なんか腹立ってきた。


「俺だって休みてえんだ!いいからやるぞ!」


「「うぃーっす。」」


 俺が逆切れ気味に声を荒らげると部下共から返事が返ってきた。あきらめの感情が強く滲んでいたが意外と素直な反応に拍子抜けだ


「なんか自分より取り乱してる奴がいるとかえって冷静になるな。」


「ああ。だけどそれがトップって言うのはどうなんだ。」


「お頭ももう限界なんだろうなあ。」


 わかってくれたようで何よりだ。


 教会建設、これは聖務だ。神の威光を知ら示す信仰の基地、神のおわす場所。


 この地での布教活動も教会の出来によって大きくその成否が左右されるだろう。


 本来なら心身ともに充実した状態で取り組むべき事案なんだが、この際仕方がない。


「テメエらやっつけで行くぞ!」


 高らかにそう宣言すると、「やっつけはまずい」と部下共に大慌てで止められた。


 なんだ。結構冷静じゃん。








 教会が完成した。


 何度かトゥレント共が寄ってきて撃退したが、大した数もいなかった。


 船に積んできた手のひら大の女神像。聖遺物といわれるそれを教会の地下深くに安置し、祈りをささげると、ただの木造建設物は神に認められた教会となり、闇の眷属を寄せ付けない聖域を周囲に形成する。神すげえと感じる瞬間だ。


 教会は木造のシックな風情の建物だ。質素であまり見栄えはしないが堅実なつくりとなっている。


 本当は石造りでガラス張りのド派手な建造物にしたかった。蛮族共の度肝を抜くような、そんな教会にしたかった。


 なんせ信仰のシンボルだ。


 本土の本教会。アスワン大聖堂はそれはもう豪奢な造りで、人の心を打つ。


 神の威光ここにありといった感じだ。


 大聖堂を見た者はその雄大さと神聖さでその信仰心をより深くするという。さらには神を信じない不信心者すら改心させるという。


 必要以上に贅を尽くすのは教義的には褒められたことではないが、皮肉なことに贅を尽くしに尽くしたアスワン大聖堂は信仰の拡大に大きく寄与している。


 逆に聖書を忠実に守り、質素な教会しか建てず、ただ教えのみを説くアスワン教の敬虔な別宗派、アスワン清教にはまるで拡大の兆候がない。それどころか日に日に縮小している。


 見た目が大事ってはっきりわかんだね。


 そんなわけで、布教を目的とする俺たちにしてみれば、この地での最初の教会には何かしら蛮族共の琴線に触れるインパクトが欲しかった。思わず俺たちの教義に膝をつき頭を垂れてしまう、そんなインパクトが……。


 本来なら大きな女神像がその役割を果たすのだが、生憎とそんなものはない。


「というわけで、蛮族共が今までの信仰を捨てて帰依したくなるような、そんな絢爛豪華な女神の絵を頼む。」


「我の人生で一番の無茶振り来た。」


 俺の依頼を受け、少女剣士は驚きに目を見開いた。だが、驚くのはまだ早い。俺の要求はまだまだこんなもんじゃあないんだぜ。


「白地の大きな画板が一つだけある。失敗は許されないからそのつもりでな。絵具はないから炭のみだ。なるべく早く頼む。」


「……んぇ?」


 少女剣士が言葉をなくしている。


 絵を描くための材料が不足している。画材は船に乗せて来たもののみだ。蛮族共には色彩鮮やかな絵を描く文化はない。彫刻がせいぜいだ。したがって道具もない。


「お頭、それはあまりにも……。」


「鬼畜の所業……。」


 俺も悪いとは思っている。別に少女剣士は絵を描くために雇われているわけではないし、仮に本職だったとしてもかなり無理のある要求だろう。そして報酬はない。強いて言えば自身の絵が教会に飾られる栄誉だろうか。明らかに難易度に釣り合っていない。


 だが仕方ないのだ。物資が足りないから……。


 しかしそれでも聖務であるから妥協することも許されない。


 結局個人に大きな負担をかけるしかないのだ。


 全て教会と信仰と神が悪い。俺に無茶な要求させやがって。


 しかし必要だから要求しているとはいえ、少女剣士や部下共が言うように無茶が過ぎるかもしれない。しかも今回の依頼は難易度が高いだけでなくプレッシャーもかかる。


 少女剣士の今までの功績を鑑みて、ある程度の妥協は必要かもしれない。


「まあ、そうだな少し要求が大きすぎたかもしれない。時間を…。」


「待てっ。みなまで言うな!」


 俺が依頼のハードルを下げようとした時だった。少女剣士は大仰に腕を振りながら俺の譲歩の言葉を遮った。


「我を誰だと思っている。女の身にて、やがて剣王となる者だぞ。」


 少女剣士はポーズを決めて言い切った。


「我が偉業がまた一つ増えるだけのこと。我に任せろ。」


 やだ。かっこいい。


 今回ばかりは素直にそう思った。


 信じるぞ少女剣士。信じてお前に任せるからな。


 信じる者は救われるという。


 神よ我らを救いたまえ。


 俺は念のために運気上昇の神聖術を使った。








「できたっ!」


 少女剣士は額に流れる汗をぬぐいながら宣言した。


 少女剣士から受け取った大きな画板には神々しい女神がモノクロで見事に描かれていた。背景を黒塗りにしたことで却って女神様の神聖さが際立ち後光が差しているように見える。


「よくやった!」


 俺は心からの賛辞を少女剣士に送った。


「この女神様、顔が嬢ちゃんのそれなんですが……。」


「これ、罰当たりとか背信だとか言われませんか。」


「それがどうした。女神の顔なんざ描く絵師によって違うだろう。同じ絵師が描いたものでも二つとして同じ顔はない。偶然女神の絵と同じ顔の人間がいたというだけだ。問題ない。」


 女神に決まった顔なんてない。本土の女神像も絵画も一つ一つ顔が違う。人が手作りしているのだから当然だ。つまり少女剣士面の女神がいてもおかしくない。


 そもそも元をたどれば我らがアスワン教は偶像崇拝禁止だった。それが布教に効果的だからという理由で解禁された。もし罰当たりとか不敬だとかいう者がいるならそいつには教会機構すべてを敵に回してもらう必要がある。なんせ我らが宗派は偶像崇拝を解禁したことで爆発的に信者を増やし世界各国に影響力を持つようになったのだから。


 まあ、いくら理屈をこねても背信・異端の誹りは、結局はお偉いさんの心象一つで決まってしまうのだが……。


 とはいえお偉いさんはこんなとこまで来やしないだろうし、心象なんて時の運みたいなもんだ。気にしてもしょうがない。


「問題は思わずひれ伏したくなる神々しさがあるかどうかだ。入信したくなるインパクトがあるかだ。これにはそれがある。」


「いやあ。それほどでも。」


「謙遜するな。お礼に何でも一つ言うことを聞いてやろう。」


「本当!?じゃあ~。」


 少女剣士は頬を赤らめて上目遣いでこちらを見やる。モジモジしながらやがて願いを口にした。


「我と殺し合いをしてほしい。」


 俺は上機嫌でうなづいた。


「いいだろう。俺は手加減してやるから安心してかかってこい。」


 少女剣士はへそを曲げた。


 何故だ。


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