第5話

「お前ら聞け。なんだかよくわからんが翻訳の恩寵を得た。これからは俺を窓口に交流をさらに深めるぞ。とりあえずの目標は教会の建設だ。」


 目が覚めたらすでに朝で、俺に新たな力が備わっていることを感覚で理解した。


 恩寵というのは超常の不可思議な力を神より賜ることをいう。


 神聖術もまた超常の力を神より賜るものだが、神聖術には制限時間があり、使用回数にも上限がある。恩寵にはその上限はなく、常にその超常の力の恩恵を受け続けることができる。しかし神聖術は他者にも任意で効果を及ぼすことができるが、恩寵は賜った本人にしか効果が適用されない。


 恩寵を賜ることになった原因と思われる、神の使途を自称する美幼女の話は当然していない。


 俺たちの信仰するアスワン教に神の使徒などという存在がいるなど聞いたことがない。ほら吹きと思われるなら良いほうで異端の悪魔に魅入られたと解釈されてもおかしくない。


 仮に神の使徒から恩寵を得たと信じられてもそれはそれで問題だ。


 俺、殺そうとしちゃったし。


「食料はどうするんっすか。」


 部下の何気ない質問に俺は内心冷や汗を流す。


 やべっ。キマイラの件ですっかり忘れていた。


 食料や物資の多くを蛮族どもの好意にすがっている現状を脱しなければならないんだった。


「食料確保も同時進行だ。だがまあ、優先順位は食料確保が先だな。」


「「うぃーっす。」」


 そして俺はメルギドと長老のもとへ行き、言葉が扱えるようになったことを告げた。二人はひどく驚いていたが、彼らにも独自の信仰があり神という概念が存在しているため神の加護であることを告げるとすぐに理解を示した。


 なんてこった。やっぱり異教徒だったよこの蛮族共は。


 だが、この蛮族異教徒共にすがらなければ俺たちの生存は難しい。この地で生きていくための知識が俺たちにはあまりにも不足している。


 神の使徒から異教徒皆殺しの使命を帯びている俺だが、別に期限を決められているわけでもないし、そもそも本物のアスワン教の神の使徒かも不明なので今すぐ根絶やしにする必要はないだろう。


 幸いこいつらは多神教。神が多数存在することに違和感を感じないようでこちらを排斥しようとする考えは感じられない。


 今は信用を築き、必要となれば油断したところで寝首をかけばいい。


 裏切ることを考えると心が痛むが神がやれというなら仕方ない。失敗すると地獄の責め苦が待っているらしいしな。


 いずれにしても情報が必要だ。俺はこの地に来た経緯、目的、現状の問題を告げ、そして蛮族共の事情を時間をかけて聞いた。


 そして翌日。


「森の浄化作業を行う。各自周囲を警戒しながらことにあたれ。」


 俺は部下共、そして同行している蛮族共に浄化作業開始の合図をした。


 メルギドと長老との話合いの結果俺たちは戦場跡地、その周辺の森、通称歪の森の浄化作業を行うこととなった。


 長老曰く、俺たちがキマイラを討滅した場所は遥か昔、メルギドの先祖たちが敵対部族を滅ぼした場所だという。滅ぼされた部族は死の間際に怪しげな儀式を行い、以降禍々しい魔物が現れ、周囲の森は呪詛に汚染されたと言い伝えられている。


 汚染された森は「歪の森」と呼ばれ、この森で採れたものを食すと体調を崩す。この歪の森を浄化することで、人に害のない作物の実る森にできないかとの相談を受けた。実りある森にできるかはわからないが、浄化することならばできると伝えると二人はえらく喜んだ。


 実のところ、メルギド達の部族を支えている森の恵が最近少しづつ、だが着実に減少してきており危機感を抱いているとのことだ。とはいえ、現状まだ食料事情に余裕はある。歪の森の浄化作業を俺たちがするならば、食料の提供をしてくれるとのことだった。しかし、俺たちとしてはこの蛮族共と敵対することになった時のことも考えて、食料の採取方法も知りたい。浄化の神聖術を使えない部下共を食料採集に同行させてもらうようお願いし、聞き入れてもらった。


「というわけで、森の浄化をすることになった。ゆっくりやれよ。間違っても一日二日で完了させるな。」


 とメルギド・長老との会談直後に部下共に伝えた。


「なんでっすか。お頭ならすぐに浄化できるんじゃないんですか。」


「一気にやっちまったらありがたみがないだろうが。時間かけて苦労してやったように見せた方が恩に着せられる。数少ない交渉材料だ。小出しにして価値を吊り上げるんだよ!」


「うわっお頭ドン引きっすわ。」


「さすがお頭。指示にモラルがない。」


「うるせえ。お前らも神官なら少ない原資でいかに多くの利益を得るかを考えろ。」


 部下共が口々に俺を非難してくる。


 しかし森の浄化は食料採集のノウハウをきちんと蓄積するまで完了させるわけにはいかない。すぐに浄化が終わってしまえば、蛮族共が俺たちに食料を供給し続けるメリットはない。約束は交わしているが、それが必ず守られるとも限らない。


 アスワン教の御威光とどろく地であれば、説法してお布施を集る神官界の錬金術が使えた。無から有を生み出す素晴らしい技術だがここではその手が使えない。浄化作業の遅延策は俺たちが生き残るには仕方ないことなのだ。


 というわけで本日浄化能力のある部下共と護衛用の蛮族を連れて歪の森にやってきたわけだ。浄化能力のない部下共は蛮族に連れられて食料採集の荷物持ちをしている。


「感じる!感じるぞ!闇の力を!」


 少女剣士が周囲の景色にやたらと興奮している。


 そこにはねじれねじれて絡み合う木々が乱立していた。ヘドロのような色合いの葉が陽光を遮り、霧がかかっているため見通しがきかない。まさに歪の森と呼ばれるにふさわしい雰囲気の場所なのだが……。


「おい、前来た時はこんな場所じゃなかっただろ。」


 今いるのはキマイラを討滅した場所だ。戦闘にストレスを感じないくらいには開けた場所だったはずだが、そう何日もしないうちにほぼねじれた木々に侵食されている。


『この森の木々は動く。不思議なことじゃない。』


 護衛としてついてきた蛮族の戦士が俺の独り言に返事をした。


「いや、不思議だろ。」


 この森の木は移動するのか……。


 様々な闇の眷属に纏わる問題を神聖術のごり押しで解決してきたこの俺だが、こんなものは知らん。普通森が呪いの汚染を受けたと聞いたら、普通の木が毒を帯びてるだけだと思うだろう。


「まあいい。浄化作業を開始する。」


 まずはやってみないと始まらない。


 部下の一人を指定して浄化作業に当たらせる。俺含め他の人間はそれを囲んで様子を見守る。


 部下が聖句を唱えて浄化の神聖術を行使した。


「あーお頭ダメですわ。俺の力じゃ術が呪詛に届きませんや。」


 浄化は距離や物理的障壁によってその効力を減衰する。このねじれた木の本体が邪魔で内部にあるであろう呪詛の本体に術が届かないのだ。


 そういったときの対処法は二つ。


 物理的に破壊した後で浄化をかけるか、より強い出力で浄化をかけるかだ。


「わかった。俺がやる。」


 まずは物理的破壊はせず、神聖術の出力任せに浄化してみようとそのねじれた木に近寄ったときだった。


「うわっなんだ!」


 ねじれた木が枝葉をくねらせ始めたのだ。俺の面前の一本だけではなく、辺り一帯全ての木々がうごめいている。


「おいどうなってる!」


『わからない。今までこんなことはなかった。』


 蛮族の戦士たちもまた初めての事態のようだった。


「お頭っ!お頭っ!この木!最初は面白かったけどナマモノと違って刃が痛みやすいから嫌っ!」


 少女剣士はすでに周囲の木々のうごめく枝を散々に切り落としていた。あまり戦闘力の高くない部下共を護衛してくれてるようで、やはりこういう時には役に立つ。


 何やら不満を口にしているようだから解決策をくれてやろう。役に立った褒美だ。


「この手斧を使え。これなら刃こぼれも気にならないだろ。」


「ダサいから嫌っ!」


 このクソガキ。


「はあ?ダサくねえし。刃こぼれとか実力不足の言い訳してるほうがダサくないですかあ。」


「ぐぬぬっ。そ、そんなに言うならお頭がその手斧でこいつらやっつければいいじゃん!実力不足って言うなら手本を見せてよ!」


「はあ?なんでそんなこと……。」


「うわっ出来ないんだ!人には偉そうに言ってたのに出来ないんだ!口先だけとか恥ずかしくないの!」


「上等だおらぁ!この刃こぼれ女!清く正しく美しい神官様の戦闘力をみせてやらあ!」


「お頭何熱くなってるんすか!子供の言うことじゃないっすか。」


 うるせえ。子供だからこそ舐められたらいつまでも舐められ続けるのだ。わからせなければならんのだよ。


 神よ、我にクソガキにその未熟さを知らしめるための力を与えたまえ。


「ふはははは!脆い!脆いぞ!どうだ見たかこの手斧の実力を!刃こぼれなど気にしない力強さを!嘘っ、お前の剣刃こぼれすんの?弱すぎ。」


 目につくうごめく木々を手斧で粉砕していく俺。破魔の属性を付与しているから一度粉砕すれば動かなくなる。砕いてからなら神聖術が呪詛にきちんと届くのだ。


 見とけよクソガキ。


 力の差ってものを思い知れ!


『なぜかくも荒ぶるのか。』


『奴はさぞ雄々しい戦神に仕えているのだろうな。』


 蛮族の戦士共がなんか言ってるが、うちの神は愛と平和の創造神だ。戦いなくして平和などありえないし、破壊なくして創造もまたありえないのだから強いのは当然だ。愛とは性欲のことだから今は関係ない。


 そうこうしているうちに周囲の動く木々はほぼ全て俺一人で粉砕した。


「すごいっすね」


 周囲を見渡して部下が言った。


 いくつか逃げた木もあったようだが、一段落だ。


「だろう。信仰のたまものだ。」


「違うと思います。」


「すごーい!お頭すごーい!」


「そうだろう。そうだろう。俺のすごさが分かったなら二度と逆らうんじゃないぞ。」


「それは無理!」


 この野郎。


「でも、どうするんすか。お頭が全力出したら結構すぐ浄化作業終わっちゃいますよ。蛮族の皆さんバッチリお頭の働きを見てますから、次から手を抜くってわけにはいかないでしょうし……。」


 やべえ。確かにその通りだ。


 蛮族共からこの地の情報をすべて聞き出すまでは極力浄化作業はゆっくり行うよう命令していた。森の浄化作業は蛮族との数少ない取引材料なのだ。簡単に完了させるわけにはいかない。


 すると閃くものがあった。


 天啓だ。


『異教徒共は皆殺しだ。』


 それは神聖な美幼女の言葉。


『数多の屍の上に信仰の御旗を突き立てろ。』


 俺の活躍を見てしまった蛮族の戦士達には尊い人柱になってもらえばどうだろう。死人に口なし。すべて 解決するのでは?


 今こそ信仰を示すべき時なのでは?


「お頭。やめてください。」


「まだ何も言ってない。」


「殺して口止めしようとか考えてますよね。蛮族の戦士の方見て微笑んでましたし。」


「見てくださいよ。勇敢な戦士の皆さんがすごい冷や汗流して構えてますよ。」


「決死の形相ですね。」


「お頭は血の気が多いから我好きー。」


 どうやら雰囲気で何を考えてるかバレてしまったらしい。


 蛮族共には翻訳の恩寵を受けた俺の言葉しか伝わっていない。にも関わらずあの蛮族共の身構えようは、部下の言う通り、俺の剣呑な雰囲気を感じ取ってしまったのだろう。


 だが冷静に考えれば、蛮族の戦士だけ全滅しましたなんて言ったら疑われるのは間違いない。今蛮族共と戦争になれば本末転倒だ。


 仕方ない。問題は先送りにして今日は帰ろう。


 蛮族共に殺気を送ってしまった件についてはあとで胡麻化しておこう。


 俺は黙って帰り支度をしようと動き出す。すると蛮族の戦士共と部下共が顔面蒼白にして「ビクっ」と体を震わせた。


「あーお頭ビビらせたー。」


 少女剣士の能天気な言葉がこだました。


 ごめんね。

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