第4話俺だって下等生物相手なら優しくできるわ

 キマイラ討伐の成功をメルギドが蛮族共に伝えたところ、なんだかよくわからんが、いたく喜ばれ、そのまま宴が催された。


 食って呑んで歌って踊った。


 個人的には宴会など騒がしいだけで何が楽しいのかわからない。しかし仲間になる為の儀式として非常に大切にしている人間がいることは理解しているから泣く泣く付き合っている。


 この蛮族共に神の教えを信仰させるにはまず俺達を仲間として受け入れてもらわなければならない。誰であれ良く知らない他人の思想を心から信じるのは難しいだろう。蛮族共を信徒にするには良好な人間関係が欠かせない。


 というか、布教するには奴らの言葉を覚えなければならない。もしくは奴らにこちらの言葉を理解してもらう必要がある。言葉を理解するにはどうするか。交流を密にとるしかない。


 だから口角を無理に上げ、笑顔を作って耐えている。耐えながら無理くり蛮族共と交流を図っている。ホントしんどい。


「うわっ!お頭っ!顔笑ってるのに目が死んでる!怖いっ!怖いよっ!」


 少女剣士が頑張って倒したキマイラを俺がワンパンで倒してしまったことに対してへそを曲げていた少女剣士だったが、宴が始まった途端に忘れてしまったようで、何かとちょっかいを掛けてくる。精神構造が単純で羨ましい。


「見てお頭!幼女!幼女かわゆい!」


 今は両脇に幼女を抱えて笑いながらくるくる回っている。以前にも見た光景だ。


 俺に話しかけてきたものの、返事を待つことなく、そのままくるくる回りながら去っていった。前回のように「自分が育てる」とは言ってこない。学習しているようでなによりだ。


「元気っすね。」


 部下が少女剣士の去っていった方を見ながら呟いた。


「そうだな。」


「お頭ちゃんと優しくしてあげてくださいよ。お嬢は優秀だし良い娘じゃないっすか。」


 少女剣士は部下達からはお嬢やお嬢ちゃんと呼ばれ可愛がられている。娘や妹のように思っているようで少し過保護なところがある。だからこんなことを言ってくるのだろう。


「優しくしてるだろうが。」


「えっ、あれで?」


 なにやら部下が驚いているが、俺は最大限気を遣っている。こいつらが少女剣士に対して過剰に気を遣い過ぎているだけだろう。


「あっ、嬢ちゃんが戻ってきた。」


 少女剣士はキツネのような獣を腕に抱えて戻ってきた。


「お頭見て!見て!かわいいでしょ?」


「食うのか?肉食動物は肉が臭いからやめとけ。」


 キツネは雑食だがな。


「食べないよ!飼うの!連れ帰っていい?ちゃんと面倒見るから!」


「ダメだ。」


 俺は即答した。


「なんでっ!」


「お、お頭。優しく。優しく対応を。」


「わかってる。」


 俺は一拍置き、優しい対応を心掛けて言った。


「動物は汚物だ。汚いし病を運ぶ。元居た場所に返してこい。」


「お頭……。」


 部下が非難の目を向けてくる。なんでだよ。優しく対応しただろうが。簡潔に動物を飼えない理由を説明してやっただろうが。だいたいお前らが甘やかすから少女剣士もこんな我儘言ってくるんじゃないのか。


「お頭のケチ!禿げ!冷血漢!」


 少女剣士が獣を俺から守るように抱きしめながらひどい罵詈雑言を吐いた。


「は、禿げてねえ。」


 俺は恐る恐る頭部を手で確認しながら少女剣士の言葉を否定した。何てこと言いやがる。


 強いストレスに晒される職場環境ゆえにストレス性の禿げを創る可能性は高い。実際に男性神官の禿げ率はかなり高い。しかし俺の神聖術なら毛すら復活する……はずだ。


 するよな?


「じゃあ、ケチ!冷血漢!」


「ケチな冷血漢で結構。金銭管理が出来て情に流されないってことだろ。どちらも聖務執行官に必要な素養だ。」


 少女剣士の抱く獣に視線を移す。視線が合うと、今までおとなしくしていたくせに低い声でうなり始めた。この畜生、威嚇してきやがる。


 少女剣士は獣の低いうなり声に気付くと、落ち着けと頭をなで始めた。すると獣は俺に向けてふんっと鼻を鳴らすとうなるのをやめ、少女剣士の手を舐め始めた。


 畜生が舐めやがって。


 なんか腹だたしいなこの獣。


「ちゃんと手洗えよ。その手絶対臭くなってるから。」


「く臭くないよ。」


「なら嗅いでみろ。」


 少女剣士は己の手を一瞥すると少し頬を強張らせた。


「や、やだっ。臭くないけど嗅がない!」


 少女剣士は抱えている獣を地面におろし、そしておもむろに俺に向かって手を伸ばしてきた。


「おい!やめろ!俺の法衣の裾で手を拭こうとするな!」


 俺の法衣に向かう少女剣士の両手首を掴み抑え込む。


 こんな未確認生命体の分泌液などこの神聖な法衣に付着させるわけにはいかない。


 掴んでいる少女剣士の手を部下に向け部下の法衣の裾で拭き取らせた。


「あーなにするんですか!」


「お、お頭のせいだもん。でもごめんなさい。」


「いや、お前のせいだろ。」


 少女剣士が飼いたいとぬかしている獣は俺たちが争っている間、意外にも地面でおとなしく座って待っていた。


 しかし、見たこともない獣だ。狐のような黄土色の毛に長い鼻と耳。そして特徴的なのが額にある第三の瞳だ。実際に目の機能があるのかはわからないが、見た目は瞳そのものだ。


 こんな第三の瞳のある獣など俺は知らない。


 待てよ。ふと思いついた。


「見たことのない生物だ。本土に連れ帰れば高く売れるか……。」


「売らないっ!わっ我の眷属にするんだ!我は眷属を金にはしないぞ!」


 じゃあダメだよ。元居た場所に戻して来いよ。そう思ったが、それを口にする前に部下が仲裁に入った。


「まあまあいいじゃないっすか。汚いのは洗えばいいし、病は俺らが神聖術で癒せば。」


「そうだよ。何とかなるよお頭。お願い。」


 そうは言うが、野生の獣は本当に危ない。首を一噛みされれば簡単に死ねるし、死なずとも病を発症することもある。部下は癒せばいいと簡単に言ってくれるが、神聖術では治らない病や特殊な神聖術でないと治らない病も存在する。あとはほら、ノミとかダニとか。


 とはいえ、俺たちの神聖術がほとんどの病やケガを治せてしまうのもまた事実。


 これからも森に入り続けるなら未知の生物との接触は避けられない。その生態を知ることに意義はあるのかもしれない。


 それに少女剣士のことだ。俺に隠れて飼い始めるリスクもある。


 許可してやれば変な敵対心も抱かれないだろうし貸しもできる。もう許可でいいか。


「一日一回丸洗い。それと居住区間への持ち込み禁止だ。」


「わーいっ!やったーっ!」


 まあ、最悪非常食にはなるよな。


「あと人に危害を加えたら殺処分な。」


「うっ、はい。」






 少女剣士が鼻歌を歌いながらキツネモドキを丸洗いしに行った。それを見届けてから部下が口を開いた。


「お頭、嬢ちゃんのペットを許すなんて意外ですね。」


「絶対拒否すると思ったよな。」


「ついに優しさというものを覚えましたか。」


「お嬢の優しさを見習ってください。」


 好き勝手言ってくる部下共に反論する。


「俺だって下等生物相手なら優しく出来るわ」


「もうすでにそのセリフが優しくないんですが。」


「大体お頭、犬が捨てられているの見ても無視するでしょ。」


「人に飼われた犬は野生を失い、やがて人に依存しなければ生きていけなくなる。それを優しさというのか!この偽善者が!」


「急にヒートアップしないでくださいよ。怖いなあ。」


 皆酒が回り呂律が回っていない。会話の内容も支離滅裂になってきた。


 酔っ払いに絡まれながらなんとか宴会をやり過ごした。






 ふー。


 今日も一日頑張った。


 こんな未開の地で良く耐えてるよ、俺。


 宴会も終わり、皆寝静まっている。響くのはホーホーという鳥の鳴き声のみだ。


 自身を労り、寝床に入って目を閉じた。


 すると突如として声が響いた。


『よくやった。褒めて遣わす。』


 その声に驚き目を開くと、何もない真っ白な空間に俺はいた。


 とても現実とは思えない状況だが、意識は覚醒していて夢とも思えない。


 目の前には宙に浮く幼女。淡く発光していて聖性を感じる。整った容姿も合わさり神々しささえ感じる。


 先程の声はこの美幼女から発せられたのだろうか。


『跪け。我は恐れ多くも神の使徒で……。』


 何だよ異教徒かよ。残念だ。


 うちの教義に神の使徒なんて存在しない。つまりコイツは異教徒だ。


 そうとわかればやることは一つ。


 ぶっ殺す。


 状況も相手も関係ない。即断即決こそ我が信条。


 奴の急所目掛けて貫手を放つ。


『うっわ、マジかよ。こいつやりやがった。』


 美幼女は俺に首を貫かれながらも何の痛痒も感じていない様子で宣って見せた。


 実体が無いのか、手には何の手ごたえもなかった。


『ドン引きだわ。普通異性の幼体を躊躇なく殺すかね。一応最も庇護欲を誘う姿を取っているんだぞ。』


 今のように突然訳の分からない状況に放り込まれるのは初めてじゃない。天空の塔に深海都市、生贄の祭殿に暗黒神殿。強制転移のトラップは何故か異教徒共が好んで使う拠点防衛術の一つだ。そんな時は目に付く全てを殺しつくせばいずれ状況は好転する。


 俺だって美幼女を傷つけたくはないが、自分の命には代えられない。


『攻撃は無意味だ。諦めろ。それに我は間違いなく貴様が崇拝する神の使徒だ。貴様に宣託があって……。おいっ。いい加減話を聞けっ。攻撃すんのをやめろっ。』


 美幼女の話を無視して攻撃を続けていたが、どうやら本当に攻撃が効かないようだ。


 少し怖くなってきた。本当に俺の宗派(アスワン教)の神の使徒だったらどうしよう。


『やっと諦めたか罰当たりめ。貴様に天上の意志を伝える。』


 仕方がない。とりあえずは様子を見て、こいつに攻撃を通す方法を探す。無理なら媚びへつらうが、殺せるなら殺してしまおう。口封じだ。聖務執行官が己の仕える神の使徒を攻撃したとか外聞が悪すぎる。


『神の威光届かぬ異教の地にてよくぞ悪魔を葬った。ついては貴様に布教の使命と共に新たな奇跡を授ける。』


 キマイラを仕留めたことで俺はここに呼ばれたらしい。話の流れからして褒められているようだ。使命を授けるとか言ってるし、俺に危害を加える可能性は少ないと考えていいだろう。それに新たな奇跡をくれるという。使える神聖術が増えるということだろうか。


 しかし、奇跡を授けてくれるのはいいが、使命というのは頂けない。つまりあれだろ。仕事だろ。余計な仕事を増やさないで欲しい。


『使命については既に貴様が負っている教会の仕事と同じだろう。仕事が増えるわけではないから安心しろ。』


 俺の心理を読んだようなことを言ってくる神の使徒。


『とりあえずの使命は信仰の拠点としての教会の建設だ。それと異教徒共は皆殺しだ。』


 いや、布教すべき相手がいなくなるんだが……。早速教会の指示とすれ違いが生じている。


 というかこの空間に来てから体は動くが声が出せない。不満の一つや二つ言ってやりたいのだが。


『数多の屍の上に信仰の御旗を突き立てろ。』


 地獄かよ。


 悪魔のようなことを言いながら天使の微笑みを浮かべる自称神の使徒。


『ところで貴様の考えていることは全部お見通しだからな。神聖なる我に対して悪魔とはずいぶんなことを考えてくれる。それと自称じゃない。正真正銘神の使徒だ。』


 マジかよ。やべえよこいつ。まあ、薄々そんな気はしていたが。


 思想の自由もあったもんじゃない。やはり悪魔じゃなかろうか。


 こんなこと考えてはいけないと思うが、本心だから仕方ない。


『貴様本当に神に仕える神官か?俗物にしてもひどいぞ。だが、まあいい。使命を果たせ。さすれば寛大なる我は貴様の非礼のすべてを赦そう。そう!結果だ!方法過程は問わない結果が全てだ!』


 神聖美幼女は両手を広げてなんか力説している。見た目だけなら微笑ましい。


 だが、急に顔から表情が失せて告げてくる。


『果たせなかったその時は地獄の責め苦が待っているから覚悟しろ。』


 おい待てふざけんな。


 神の使途を僭称するこの悪魔は俺の抗議の思念を意に介さず、話は終わりとばかりの態度だ。そしてなんだか投げやりに告げた。


『神の御加護のあらんことを。』


 その言葉と共に俺の意識は薄れていった。


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