第3話あくまで偶然
「狩りに行こうぜ!」
俺は部下共に向かって言った。
「狩りに行こうぜ!」
「いや、聞こえてますよ。」
「どうしたんすかお頭。朝っぱらから。」
「狩り?我も!我も行く!我が活躍、刮目せよ!」
困惑したような反応を示す部下達。可愛いげのない野郎どもだ。
少女剣士を見習ってほしい。血の匂いがすればいつだって上機嫌。扱いやすいことこの上ない。可愛いもんだ。
俺がこんなことを言うのにも理由がある。
俺達がこの島だか大陸だかわからん場所に流れ着いてからはや1週間。原住民である蛮族と交流を持つことでどうにか生活することが出来ている。
だが、それは全て蛮族の施しによるものだ。
俺達は現状、自身の力で何も得ることは出来ていない。
ただ食って寝て糞して寝るだけのうんこ製造機だ。
自力で食料を調達する方法がない。
厳密には魚釣りしたり、森で果物を採集したりはしているが、全員を食わせるにはとても足りない。
つまり、蛮族共に命綱をにぎられているということだ。こんなに恐ろしいことはない。
「どうしたもこうしたもねえ!てめえの食い扶持はてめえで稼ぐぞ!」
「狩りに行くのはわかりましたけど、原住民に確認しなくていいんですか?」
それな。
異なる風習を持つ異民族はどこに地雷が埋まっているかわからない。
本土でも我らが神を信じない異教の民と出会うことがあった。
そういう時は大概、どちらかがどちらかの教義的禁忌に触れて泥沼の殺し合いになる。
やれ、神木に傷をつけただの、神聖な獣を殺しただの、知らない者からすれば実にくだらないことで仲は拗れ、殺し合いが始まる。
暴力よりも言葉で解決することを貴ぶ我らが教義だ。
一応話し合いにて帰依させようとするし、全ての異教徒達が暴力的だったわけでもない。
にも拘わらず、今まで接触した全ての異教徒を根絶やしにしてきたのが我ら統一教会の歴史だ。
教義に反する行いに身をやつしながらも大いなる繁栄を享受している。
蛮族共にはたして信仰があるのか、教義的禁忌があるのかはわからないが、あるものとして、極力気をつけるべきだろう。
つまり確認をとり、許可を得るべきだろう。
奴らの機嫌を損ねたらここで生きてはいけないのだから。
「メルギドに狩りの許可を得るつもりだが、言葉が通じない。そこで絵を用いようと思う。絵が描けるやつはいるか。」
俺の言葉に部下共は皆顔を見合わせ思案している。
そうだよな。絵が描ける奴なんていなかった気がする。
別に相手に意志を伝えられればいいわけだから、そんなに上手い必要はない。しかし目的が目的なだけに大切な役割だ。自信がなければ気が引けるというものだろう。
しゃーない。あまり自信はないが、俺が描くか。
そう思った時、少女剣士が自信ありげに前に進み出た。
「どうやら我の力が必要なようだな!」
なんだか腹の立つポーズをしている。こーゆう態度を見ていると不安になるんだが。
「お前、絵なんて描けるのか?」
「何を隠そう我の趣味だ。我の考えた最強の剣技とか、我の考えた最強の敵とかよく描いてたぞ!」
なるほど。確かに妄想を表現せずにはいられないこいつの好きそうなことだ。
他に出来そうなやつもいないし任せてみるか。
なんかやりたそうにしているし。
「わかった。頼む。これを使え。」
俺は少女剣士に頼むこととし、絵を描くための道具、炭と木版を彼女に渡した。
「お任せあれ!」
そして彼女は猛烈な勢いで描き始め、ものの数分で描き上げた。
「出来た!はいお頭!どう?」
少女剣士から木版を受け取り、絵を確認した。後ろから部下達が覗き込んでくる。
木版には獣とそれに立ち向かう神官が描かれていた。
「おお。なかなかうまいじゃないっすか。ねえ、お頭。」
「えっへん。」
部下が感嘆の声を上げ、少女剣士がふんぞり返る。
確かに。なかなかどうして上手である。
しかし、問題もある。
俺はその問題点を指摘した。
「お前これはなんだ。」
「キマイラだよ。お頭、聖務執行官なのに知らないの?怨念より生まれ出ずる闇の眷属! 」
わかってるよ。知ってるよキマイラ。頭部が三つあって蛇の尻尾を持ってたらキマイラだよ。
「そうじゃねえ。狩りの絵っつっただろうが。一般的な獣にしてくれ。」
「お頭だから正直に言うけど、いずれ召喚したいと思ってる。」
「おい。」
召喚したいじゃねえ。聖務執行官の前で何言ってんだ。聖務執行官って闇の眷属絶対殺すマンのことなんだが。
少女剣士は俺の言葉などどこ吹く風で「生贄どうしよう?」などと宣いながら、楽し気に未来に思いを馳せている。
コイツは異端として粛正されたいのだろうか。
「じゃあこれは?」
俺は色んな思いを呑み込んでもう一つの問題点、絵の中の、キマイラに立ち向かう神官の方を指さし尋ねた。
こいつを今異端認定しても仕方ないしな。仕事が滞るだけだ。
聖務執行官の務めなんて教会の目があるとこでだけ果たせばいいんだ。
絵の中に描かれている神官は法衣を纏い、キマイラに立ち向かっている。ここまではいい。しかし、この法衣の男は何故か片腕が千切れていて、そしてその千切れた腕を繋がっている方の腕で持ち、千切れた腕をキマイラに殴りつけるという凶行におよんでいる。何が恐ろしいってこの男、口元が笑ってるんだよ。ドン引きである。
「え?お頭だよ。」
だよね!こんなことした記憶が確かにあるよ。
初上陸時のメルギド戦だ。
だが笑ってはいなかったはず。
「かっこいいでしょ!」
「書き直し。」
「えーなんで!せっかく描いたのに!」
だって狩りの絵になってないし。
「狩りの絵に見えないだろ。」
「えー、カッコよく描けたのに……。」
「………。」
クソ。この絵は描き直させたいが、へそを曲げられても困る。
少女剣士は意外と多才だ。戦闘も出来るし、コミュニケーション能力も高い。今一番蛮族共に馴染んでいるのは間違いなく彼女だ。
優秀な人材にはそれなりの配慮をしなければならない。嫌われて、必要な時に言う事を聞いてくれないと困るからだ。
「えーと。立ち向かう人々の追加でどうにか納得してもらえないか。」
残念そうな顔から一転、少女剣士はニコパっと笑顔になって言った。
「お頭こういうとこチョロいから好き!」
こ、この俺がチョロいだと……。
愕然とする俺をよそに、少女剣士はにこにこしながら、加筆修正を始めた。
そしてすぐに描き終えた。
「出来た!」
彼女から木版を受け取り確認する。
そこにはキマイラに立ち向かう俺そして部下共がいた。
「キマイラ討伐の宗教画っすね。」
覗きこむ部下が言った。
それな。
少女剣士はやり切った顔で満足気に胸を張っている。ふんすっと鼻を鳴らしている。
もうこれでいいか。
少なくとも最初よりかは狩りっぽい。
それにまあ、普通に考えて、いくら主旨からずれているとはいえ、この絵を見せられて考えつくものなんて狩りくらいしかないだろ。俺達だってジェスチャーで意思疎通が出来るわけだしフォローしてやれば正しく伝わる。
大丈夫。大丈夫。
そして俺はすぐにこの決断を後悔することになる。
メルギドは戦慄していた。
海を越え、遠き地より来たりし渡来人が何やら木版に絵を描いて持ってきた。
手に取り見て見ればそこには里の東にある戦場跡地、そこに居つく不死身の化け物を渡来人が討伐するかのような絵だった。
戦場跡地というのは遥か昔、先祖達が敵対部族とこの地を巡り争った場所だ。何千何万という人の血が流れた。メルギド達の先祖はかの地でその部族を根絶やしにし、今の平穏を勝ち取った。
しかし、その部族は死に際、とある儀式を行った。結果、滅んだ部族の怨念がその死肉に宿り、化物となって戦場跡地に君臨しているのだ。
メルギド達はそれを「餓狼」と呼んでいる。
餓狼は周囲に毒素をまき散らし、実りの森を害するため幾度となく、先祖代々討伐に赴いてきたが、一度として成功していない。
なぜかと言えばこの餓狼、倒し方がわからないのだ。首を切っても胴体を切ってもすぐに再生してしまう。特に消耗している様子も見られない為、現在では討伐を諦め放置されている。
餓狼は戦場跡地からほとんど動かないため、実りの森に害があることを除けば、問題はないからだ。
だが、討伐してくれるというならありがたい。
現在餓狼のせいで東部一帯を侵入禁止としている。
どうせ餓狼の毒素で収穫できるものもなし、構わないのだが、餓狼が討伐されれば、また実り豊かな森に戻ることだろう。実のところ、生活に影響が出るほどではないが、食料の収穫量が減ってきている。餓狼が討伐されれば今後の憂いもなくなる。
渡来人が討伐してくれるというなら願ったりかなったりだ。素直にありがたい。
本当に倒せるのか、一縷の疑問があるが、奴らは不思議な術を使う。餓狼を倒す方法もあるのだろう。
それに、かの渡来人には餓狼と似た不死身の再生力があった。期待がもてる。
なぜ、餓狼のことを知っていたのか、知ることができたのか、謎ではあるが、奴らはわからんことだらけだ。
今はただ、奴らが餓狼を退治してくてれることを祈ろう。
不死身の渡来人が身振り手振りで何かを伝えようとしている。
餓狼の場所がわからないのか?討伐の許可が欲しいのか?
念のため長老に伝えておくが否とは言うまい。
案内はこの俺がしてやろう。
メルギドは知らずほくそ笑んだ。
古の忌々しき餓狼が倒れる様は、この目でしかと見ておきたいのでな。
メルギドの許可は思いの外あっさり下りた。
そしてどうやらメルギド本人が案内してくれるらしい。
狩りの準備を整えて俺達は森の中、メルギドを先頭に歩いている。
「そういえば、神官って狩りとかしていいの?なんかそういうのダメそう。」
少女剣士が変化のない道程に飽きて世間話を振ってきた。
「いや、俺達は無益な殺生は禁じられているが、生きるための殺しは容認されている。」
「へーそうなんだ。」
「ああ。だから俺達神官の殺しは全て有益なんだ。」
「神官の殺しは全て有益…!つまり殺しても怒られない!?」
「その通り。神官の殺しは全て神のもとに肯定される。」
「あたし神官になる!」
「いや、違いますよ。なにしれっと嘘ついてるんですか。無垢な子に変な事教えないでくださいよ。」
「お頭が説明するとどうしてこうなるかな。」
「自分に都合よく解釈するのお頭の悪い癖っすよ。」
部下がうるさい。軽い冗談だろうが。
少女剣士は部下の言葉を受けて「殺せるの?殺せないの?」と混乱している。
「殺せない。」と真実を告げてやったら「お頭の嘘吐き!」と脇腹を殴られた。
解せぬ。
しかし、森に入ってしばらく経つが一向に生物の気配を感じない。これでは狩りにならない。食べられそうな木の実やキノコ、果実もない。その代わりというわけではないが、妙な気配がする。まとわりつくような気配だ。
メルギドはどんどん足早に進んでいく。
おいおいおい。いまさらだが狩りってこんな早歩きで移動するものだったか。
不意にメルギドが足を止めた。
理由は明白、そこには少女剣士の描いた通り、三本の頭に蛇の頭の尻尾を持つキマイラが鎮座していた。
「キマイラっすよ!お頭!キマイラ!」
「うるさい!お頭はキマイラじゃない!司教様だ!」
混乱する部下共、動揺する俺。
何でこんなとこに闇の眷属が出没するんだよ!
異教徒の信仰対象だぞ!
まさか、蛮族共は異教徒で俺達神官を罠に嵌めたのか?道理で言葉が通じないわけだぜ。異教徒なら神の恩寵である言語を解さなくても納得だ。
などと考えたが、蛮族メルギドは憎々し気な表情でキマイラへ視線をやっている。
罠に嵌められたわけじゃないのか?
少なくとも俺達に敵対し、害しようとする様子は見られない。
というか、よく考えたら俺達が獣狩猟をさせてもらうために見せた絵がキマイラ討伐の絵だった。
実際にキマイラが存在しているなら狩りに行きたいなどとは解釈しないだろう。
メルギド無罪。
この状況はあくまで偶然。悪魔的偶然。
少女剣士に絵を描かせたときに変に譲歩せずに書き直させていれば良かった。
どうしたもんかな。
などと思考を空回らせていた所、今まで静かにしていた少女剣士が動き出した。
「わきゃーっ!キマイラキマイラ!一番槍の誉れは我がいただく!」
やたら興奮した様子で勝手に飛び出していった。
鋭い踏み込みで丈の長い長剣を片手で凪ぐ。
その細腕のどこにそんな力があるのか不思議だが、少女剣士の一撃はキマイラを上下に別った。
血と臓物が舞い散り、ぼとぼとと落下した。なんとも言えない饐えた匂いが漂う。
「え?終わり?」
少女剣士は呆気にとられた様子だ。もっと激しい抵抗を予想していたのだろう。
しかし安心したまえよ君。闇の眷属はそう簡単にはくたばらない。
数瞬のうちにキマイラの肉体は再生を始めた。下半身と上半身共に肉の触手が生え、互いに繋がり、そして合体、治癒した。元通りだ。
「グルルウウルッ!」
キマイラが復活とともに唸り声をあげて少女剣士へと襲い掛かった。
「わあ!復活した!復活したよ!」
キマイラが復活したのがうれしいようで、ニコニコしながら襲い掛かってくるキマイラと拮抗した戦いを繰り広げている。初手は不意を突いたが故に簡単に切り裂けたのだ。普通はそうはいかない。
しかしこいつすごいな。人間が単体で戦えるような敵じゃないんだが…。まっとうな騎士でも数人がかりで対応するような奴だ。
けれどもまあ、打ち合いが出来ても普通の剣士が勝てる敵ではない。闇の眷属は不死身だ。
神の奇跡なしに奴らは滅ぼせない。
「わあ!また再生した!」
少女剣士のつけた傷が瞬時に再生していく。
戦いは拮抗していたが、わずかにだが確実に少女剣士の方が優勢だ。
やるじゃん少女剣士。お前を雇って正解だったよ。
心なしか、隣で観戦しているメルギドも少女剣士の戦いに驚いているようだ。
ふむ、今回は少女剣士に花をもたせてやろうか。
神よ、彼の者に魔を討ち滅ぼす力を与え給え。
『破魔付与』
俺は少女剣士の剣に闇の眷属を討ち滅ぼす力、破魔の属性を付与した。
すると彼女の振るう長剣は薄く白い燐光を帯びた。
少女剣士のつける切創を回復出来なくなったキマイラはやがて少女剣士の攻撃をしのぎ切れなくなった。
「我が剣の錆となれ!」
少女剣士はキマイラの四肢を薙ぎ払った。四肢は吹き飛び、血が飛び散る。
そのまま少女剣士はキマイラの三本の頭と蛇の尻尾を微塵に刻んだ。
「さ、再生しないよね?」
少女剣士はそう言いながらキマイラだった肉塊を剣先でつんつんと確認する。そしてやがて満足すると胸を張り、勝鬨を上げた。
「やいやいやい!我がキマイラを討ち取った!我が名はヴィクトリア!女の身にて剣王になる者だ!」
おお。堂々とした勝ち名乗りだ。
かっこよかったぞヴィクトリア!そんな名前だったなヴィクトリア!
「嬢ちゃんやるじゃねえか!かっこよかったぞ!」
「その年でキマイラ殺しとは大したもんだ。」
部下達が歓声を上げ、少女剣士ことヴィクトリアをほめたたえる。見ればメルギドも目を見開き驚いている様子だ。
だがすぐにメルギドの表情が険しくなった。
木々の間から新たなキマイラが現れたからだ。そしてそのキマイラは明らかに先のキマイラよりも大きい。
少女剣士と部下達は未だ新たなキマイラの出現に気付かず、少女剣士の勇姿を称えている。
少女の晴れ舞台に水を差すのも無粋だろうし、キマイラは俺がこっそり始末してしまおう。闇の眷属の討伐は聖務執行官たる俺の専売特許。いくらキマイラといえど俺の手にかかればどうという事はない。
破魔属性を付与した聖なるグーで今まさに襲い掛からんとしていたキマイラの顔面をぶん殴った。
「お頭見てた?我のキマイラ討伐見てた?」
丁度そのタイミングで少女剣士がこちらを振り返った。
弾ける三つの頭部。聖なる衝撃は尾すら貫通し、四散する血と臓物。
汚え花火だ…。
その光景を見た少女剣士は固まった。
おっといけない。せっかくの少女剣士の戦勝祝いだ。彼女の笑顔を曇らせてはいけない。
俺は拳から血を振り払い、笑顔を作って彼女を祝福した。
「見てたぞなかなかやるじゃないか。キマイラなんてそう簡単には倒せないんだぞ。」
「お頭のバカ!」
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