第2話 食文化の違い
ガタイの良い蛮族メルギドと戦闘し、他の蛮族共を含め、治癒をかけてやったことで蛮族達ともなんとなく友好的な雰囲気になった。
そのまま奴らの集落まで案内された。
俺達は船員を数名船に残して集落へと足を運んだ。
鬱蒼と茂る森の中、切り開かれた平地に円錐状の皮の天幕の張られたテントのような家があちこちに点在している。なかなか趣のある、これぞ蛮族!という感じの集落だ。
集落の蛮族共がジロジロと不躾にこちらを見てくる。
まあ無理もない。服装、肌、髪、瞳の色に至るまでほとんど全てが違う。
俺達もあっちをキョロキョロこっちをキョロキョロ、目に映る全てが新鮮だ。
蛮族の男どもは皆上半身裸に獣の牙の首飾りをしているが、白い紋様は全員に刻まれているわけではないようだった。
蛮族の女は初めて目にするが、上半身には胸部のみを覆う黒のチューブトップ、下半身には蛮族的紋様の腰布を巻いていた。女に首飾りはなく、耳に飾り物をしている。温暖な気候ゆえか露出が多い。
色が違うだけで顔の造形等はほとんど同じだ。
部下の何名かが鼻の下を伸ばしているのを肘でつつく。
お前ら神官だからな。
集落内を案内され、要人らしき人物も何名か紹介された。
何言ってるかわからんが、とりあえず名を名乗り、手を握る。この繰り返しだ。
目まぐるしく時間は過ぎていき、気付けば夜。俺達は蛮族共と火を囲み、蛮族達と宴会をしていた。お祭り騒ぎである。
蛮族共は独特の音楽を奏で、独特な踊りを火を囲んで披露している。
ここには酒もあるようで、癖のある緑色の酒を酌み交わす。飲めなくはない味だ。
「俺達けっこう歓迎されてる感じですね。」
「そうだな。」
などと話していた俺達の前にメルギドと長老のような雰囲気の爺が酒とお椀のようなものを手にやってきた。
『――――――――――――――――――――――――――――。』
などと言いながら、長老がお椀を差し出してきた。
何を言っているのかさっぱりだ。
しかし、しわくちゃの顔を綻ばせているから歓迎してくれているのだろう。
手に持つお椀はなかなか深いもので、中には丸々太った色とりどりの芋虫が5匹程元気にうねうねと蠢いていた。
芋虫は親指二本分くらいの大きさと太さで、色は赤、青、黄色、緑、紫と生理的嫌悪感をこれでもかと刺激する見た目をしている。
なんだこれは?邪神に捧げる供物かなにかか?
「ひっ、ひいい!」
部下がそれを見て、小さな悲鳴を上げる。
「ばか、失礼だろうがっ。」
「いや、でもこれ食べろってことじゃ。」
「バカ野郎。生贄か何かだ。これを食べるなんてそんなわけ……。」
俺が否定の言葉を言い終える前に眼前の長老は、緑の芋虫をそのまま口へと運び、尻尾から半ばまでを齧った。
暴れる芋虫、飛び散る体液。かくも醜悪な光景がこの世にあろうとは。
長老は普通にくちゃくちゃ咀嚼している。
この爺、ボケてるんじゃないのか。
そう思ったがメルギドに焦った様子はない。
そして長老は、信じられない行動に出た。
身体の半分を失い、激しく暴れる芋虫を俺に向けて差し出してきたのだ。
嘘だろ。
仕草でわかる。
これを食べろというのか…。
よりにもよって頭が残っている。苦し気に口をパクパクさせながらウネウネ暴れている。
俺とて地を這い、泥を啜る経験をしてきた。食う物もなく、仕方なく虫を食べたこともある。
しかし、こうもデカく、派手な色あいのものというのは……。
「お頭っ!もてなしてくれてるんすよ!食べなきゃ失礼っすよ!」
「きっと相手が齧った物を食べることで友好の証になるんすよ!」
「ほら食―えっ!食―えっ!食―えっ!食―えっ!」
自身に被害が及ばないと見るや、はやし立て始める部下達。
くそっ!これが友好の儀式だと?
なんて野蛮な風習なんだ蛮族め!
俺は無意識に逃げ道を求めて周囲を見回した。
ふと少女剣士が目に付いた。
言葉も通じないのに、蛮族の女、子供達に交じって楽しそうに踊ってる。
周囲の蛮族達も彼女を受け入れているようで、あれこれと世話を焼いている。
あいつすごいな。
意外な才能に驚いた。
どうやら彼女には護衛以上の利用価値がありそうだ。
だが残念ながら俺の現状を打破する能力はありそうもない。
無能である。
「お頭、何遠い目してるんですか。長老が待ってますよ。」
我に返って、状況を確認する。
千切れた芋虫片手に長老が笑ってる。部下達も笑ってる。皆笑ってる。
そうか……、ここが地獄か……。
進退窮まった。
もはや食うしかあるまい。
覚悟を決めた。
俺は長老へと手を伸ばし、そして芋虫を受け取った。
歓声を上げる部下達。
ああ神よ我を救い給え。
『毒耐性強化』
「あぁ!ずるいっすよお頭!」
「それは失礼なんじゃないっすか。」
うるせえ。言葉が通じてないんだから失礼にはあたらないだろ。それに毒耐性の加護をかけるくらい当然の自衛だ。
ちなみに味覚をひっくるめた感覚を無くす、もしくは鈍感にする加護はない。人が本来持つ能力を弱めるのはむしろ呪いと呼ばれるもので、神官の領分ではない。
そんなことが出来るなら、戦いの時に使っている。
この暴れる緑色の芋虫を味わうことから逃げられはしないのだ。
俺は心を殺して、芋虫を口にいれ、咀嚼した。
植物の青臭さ、生物の生臭さがドロッとした体液の中で混然一体となっている。
頭部を先に潰さないと口内を噛まれる恐れがある。芋虫の頭部は少し硬かったため、体液の感触に殻のような部分が混じる。
頭部を潰してなお口内で蠢くことに目をつむれば、まあ食えないこともない。
俺は芋虫を呑み込むと、長老に微笑みかけた。
「ありがとうございます。是非部下達にも食べさせてやりたい。」
そう言い、ジェスチャーで示した。
本気の思いは伝わるものだ。
長老は周囲の蛮族達を巻き込んで、芋虫を追加し、齧り、部下達に手渡し始めた。
「ちょっ!なに言ってんすか!」
「いや嘘でしょ!?」
騒然とする部下達。
「安心しろ。加護をかけてやる。」
「お頭ぁ!」
安心させるように部下の肩に手を置き、語り掛ける。部下達は俺の優しさに感動したようだ。そんな部下達に微笑みかけて聖句を唱えた。
『感覚鋭敏化』
「何してんすか!」
「毒耐性強化をくださいよ!」
味覚も口内の感覚も鋭敏にした。
これで口に入れる心理的ハードルは高くなっただろう。
ふははは!上司に対して舐めた態度をとるからだ。
極彩色の芋虫を手に青い顔をした部下達。大の大人がたかが芋虫を前に涙ぐみ途方に暮れている。
頑張れお前ら。
念のため、あとで解毒はしてやるからな。
半べそをかきながらも、部下共全員が芋虫を食べ終えた。
全員に神聖術による解毒もかけてある。
部下共は芋虫の感触を忘れようとやけ酒を始めた。
酔った部下共は一人、また一人と言葉の通じぬ蛮族達の輪に交じり始める。
やがて火を囲み、見様見真似で歌を歌い、踊りだす。
この地に上陸した時はどうなることかと思ったが、まあ、初日にしては上出来じゃないか?
すったもんだはあった物の、こうして蛮族たる原住民と交流を深めることが出来ている。
布教し、教化し、帰依させるには遠い道のりだが、急いては事を仕損じる。
ゆっくり確実に行こうと思う。
「お頭ぁ!見て見て!拾ってきた!」
芋虫の刑を免れた少女剣士が輝く笑顔で駆け寄ってきた。
両脇に手足をバタつかせた蛮族幼女を抱えている。
手足をばたつかせているから嫌がっているのかと思いきや、キャッキャと笑っているので、そんなことはないらしい。
「この子達欲しい!我が育てる!くれ!」
なんか言ってる。
「ダメだ。元居た場所に返してきなさい。」
「お願い。立派なバーサーカーに育てるから!」
どういうことだよ。辞めてやれ。
ふと、少女剣士が抱える蛮族幼女と目が合った。
すると、さっきまでキャッキャとご機嫌に笑っていたのに、急に真顔になり、そして泣き出した。片方が泣き出すともう片方も呼応して泣き出す。
慌てる俺を少女剣士が非難する。
「あ!お頭泣かせた!ダメだよお頭目つきが怖いんだから。」
なんだと?
少女剣士は泣く蛮族幼女たちを体全体で揺らしてあやしている。
「俺、目つき悪いか?」
「うん、お頭目が荒んでるし……。あっでも我はかっこいいと思わなくもないよ!」
俺の疑問に少女剣士は躊躇なく返答する。
気にしてるんだぞ…、目つき。
「この子達もバーサーカーになればお頭の良さがわかると思うよ!」
少女剣士はそういうや否や、泣き止んだ蛮族幼女の片方を何故か俺に渡してきた。
「はいどうぞ。」
蛮族幼女は俺の手に渡ると暫くはじっとしていたが、やがて俺と目が合うと、泣き出し、暴れ出した。突き出される手足が顔に当たり、涙や鼻水が神聖な法衣にかかる。
……、クソガキめ。バーサーカーにしてやろうか。
幼女達を少女剣士が泣き止ませ、親元へと帰させた。
どうせ暫く本土には帰れないのだ。少女剣士が育てずとも好きな時に会えるだろう。
夜も深まり、すでに多くの蛮族や部下達がそこら中に転がり、酔いつぶれている。
温暖な気候故、放っておいても体調を崩すことはないだろう。
火はすでに炭となり、音楽は止み、踊る者もいなくなった。
宴も終わりだろう。
俺は酔いつぶれている部下共を叩き起こし、解毒をかけて酔いを抜いて回った。
船員達は寝かせたままだ。
集合をかけて、奴らの眼前で話をする。
少女剣士は酒を呑んでいないし、寝てもいなかったので一応連れてきた。
日々行っている1日の終わりの業務連絡を行う。まどろっこしいが神官言葉を使うのが教会のしきたりだ。
「本日はお疲れさまでした。上陸初日にしては上々の成果です。原住民に囲まれた時はどうなることかと思いましたが、無事、宴会にて交流を深めることが出来ました。我々の任務は彼らに神の教えを広めること。そのためには親睦を深めることから始めなければなりません。親睦を深めるにはまず我々が心を開かなければなりません。汝隣人を愛せよ。神の教えです。明日からはそれを胸に頑張っていきましょう。」
「「「うーっす。」」」
俺の説法に部下達が返事をする。こういう時はおとなしく話を聞く部下達だ。
「それにしてもけっこういい感じでしたね。」
「ああ。気のいい奴らだ。」
「芋虫には参りましたが。」
「信用出来そうっすね。」
俺は部下共の話に頷きながら、指示を出す。
「それじゃ、寝るに当たって夜の見張りをつけるからローテーション言うぞ。」
俺の言葉に部下達が一瞬黙り込み、非難の声を上げた。
「ええ!何でっすか!」
「この話の流れでそれはないっしょ。」
「いや、だってお前ら。もしかしたら、外からの異人はもてなして、油断させてから食っちまう文化があるかもしれないだろ。夜襲われる恐れがあるってことだ。見張り立てなきゃ怖いだろ。」
俺の反論に部下達は嫌そうな顔をする。
「いや、そりゃそうなんですけど。なんですかね、この釈然としない感じ。」
「お頭の話の持っていきかたが悪いんじゃないですか?上げて落とすというか…。」
「心を開くとは何だったのか…。」
ぶつくさと不満を漏らす部下達を無視して俺は夜の見張りの指示を続け、そして眠りについた。
襲撃はなかった。
よかったよかった。
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