第6話 閑話 少女剣士
「お頭!お願い!我、なんでもするからあ!」
少女剣士ヴィクトリアはお頭ことフランシスコの腕を引っ張りながらダダをこねていた。
「なんでもって、なにしてくれんの?」
「え?えっと…、おっぱい触らせてあげる!」
「はっ。舐めんな。」
ヴィクトリアなりに一生懸命考えた見返りだったが、彼女の薄い胸部装甲ではフランシスコの琴線に響かなかった。鼻で笑って馬鹿にされた。
フランシスコのまるで興味のなさそうな態度にヴィクトリアは憤慨する。彼女なりに恥ずかしかったのだ。
「じゃあいいよ。問答無用でハン族の戦士に殴り掛かってやる!そうすれば自然と目的は果たされる!」
ハン族というのは蛮族のことだ。彼らはハンの民と自称する。
「おい馬鹿っ!待て早まるな!」
焦るフランシスコの様子にわずかに留飲が下がる。
「お嬢、最近お頭に似てきちまったな。」
「目的のために手段を選ばないとことかな。」
フランシスコの部下が二人のやり取りにため息をつく。
「ハン族の戦士と戦闘訓練がしたいんだったか。わかったわかった。そのうちな。」
「そのうちじゃなくてすぐに!」
近頃毎日のようにトゥレントを討伐したり、その辺の肉食獣を狩ったり、戦闘には事欠かない生活を送っているが対人戦闘の機会がめっきり減ってしまっていた。
ヴィクトリアは最強の剣士、剣王を志す身。勘を鈍らせるわけにはいかない。
「あっ!ハン族が駄目なら相手はお頭でもいいよ!」
「毎週相手してやってるだろうが。」
「まともに相手してくれないじゃん!」
数日に一度フランシスコはヴィクトリアの戦闘訓練に付き合っている。しかし、罠を仕掛けてきたり、土を投げて目つぶししてきたり、あまつさえヴィクトリアと仲の良いハン族の子供を人質にとったりするのだ。勉強にはなるが訓練にはならないことが多い。
「実戦的だと自負している。」
「もーっ!」
「わかったよ。まずはメルギドに許可をとる。行くぞ。」
『戦士と戦わせるわけにはいかない。』
フランシスコがヴィクトリアの戦闘訓練に付き合ってほしい旨伝えたところ、メルギドは渋面を作りそう答えた。
『その少女の武勇はこの目で見ている。我が戦士と遜色ない。だが、だからこそ手合わせさせるわけにはいかない。我ら戦士団との不和の種となる。少女と同程度の武勇しか示せぬことに矜持を傷つけられる者が必ずいる。』
「ダメだってさ。」
「そのくらい我にだって理解できたよ!なんでダメなの!」
ヴィクトリアはハン族の女衆と仲が良く、すでにある程度の言葉は理解できている。しかし、あくまである程度理解できるだけで細かいニュアンスの理解はできないし、純粋に知らない言葉も多い。ゆえに翻訳の恩寵を持つフランシスコが同行しているのだ。
「お前くらいの少女と戦士が互角の戦いをしたら、他の奴らから戦士が侮られるだろ。お前を逆恨みする奴がいるかもしれない。さらに俺ら全体を恨みの対象にしてくるかもしれない。だからダメ。」
「むう。」
ヴィクトリアはフランシスコの返答にうなり声をあげて考え込んだ。そして顔を上げると片言のハン族の言葉でメルギドに言った。
『我、戦士、ボッコボコ。』
「馬鹿野郎。やめろ。」
あまりにストレートな挑発にフランシスコは慌ててヴィクトリアの頭を殴って止める。こんなところで不和を起こすわけにはいかない。しかしメルギドは特に気分を害した様子もなく、むしろ笑っていた。
『はははは。勇ましい娘だ。代わりと言っては何だが戦士の見習い共と手合わせするのはどうだ。最近たるんでいてな。』
「えー。見習いぃ。」
言葉は通じていないが少女剣士の嫌そうな様子を見て取ったメルギドは苦笑を浮かべ、言葉をつづけた。
『代わりに、偶にだが我が直々に稽古をつけてやろう。』
フランシスコが通訳するまでもなく意味を理解したヴィクトリアは瞳を輝かせた。
そしてすぐに見習い戦士達はメルギドの号令により集められた。見習い戦士は10歳から18歳の少年が戦士になるため、戦士の下で訓練を積む者達だ。ハン族におけるメルギドの役職は戦士を束ねる大戦士。戦士見習いが声をかけられることなど稀だ。何事かと大急ぎで集まった次第だ。
しかし集まってみれば大戦士の横には渡来人の少女がいる。見習い達は困惑しながらもメルギドが自分たちを集めた要件を告げるのを大人しく待っていた。
ちなみにフランシスコも参加しないかとメルギドより誘いを受けたが、歪の森の浄化があるため断っている。すでに部下と戦士を連れて歪の森へと向かってしまっていた。
『揃ったか。』
メルギドは周囲を見回して言う。
『急だが手合わせを行う。相手はこの渡来人の少女だ。以上。質問は。』
見習い戦士達は困惑した。
『戦士を志す者として女・子供に槍は振るえません。』
見習い戦士のなかで最年長の青年が一歩前に出て主張した。他の見習い戦士も同じ思いだ。
『娘よ。何か言いたいことはあるか。』
メルギドより話を振られたヴィクトリアはしばらく考えるそぶりを見せ、そして口を開いた。
『口ばかり達者な男は嫌われるよ。』
ハン族のお姉さま方から教わった口上である。
見習い戦士達は顔を真っ赤にして憤った。
メルギドは頬を引きつらせている。メルギドの妻の口癖だったからだ。
『生意気な娘だ。胸を貸してやるからかかってこい。』
『やーねぇ、この子は息まいちゃって。』
変な言葉を教えないよう女衆には釘を刺しておこうとメルギドは思った。
訓練が始まる。両者向かい合い、所定の位置につく。
見習い戦士が構えるのは身長と同程度の長さの木の棒。先端は麻布で覆い、訓練でケガしないように工夫されている。
ヴィクトリアは自身の剣と同じ長さの木の棒に麻紐をぐるぐる巻きにして緩衝材としている。
『偉大なる先人達よ。我に末裔たる力を。強靭招来』
見習い戦士が唱えるとその右腕に白い文様が走り、そして赤い燐光を発した。
ハン族が祖霊術と呼ぶ力だ。
彼らは彼らの先祖を崇拝し神聖視している。なぜなら彼らの先祖は現在の礎を築いただけでなく今なお力を貸し与えてくれるからだ。
先祖から末裔に受け継がれていく超常の力。それが祖霊術だ。
そのようにヴィクトリアは理解している。おおざっぱだが大体あってる。
力を使い続け習熟すると白い紋様が体に根付いて消えなくなる。そうして初めて戦士として認められる。
見習い戦士達は祖霊術を扱う能力は発現したもののその特徴的な白い文様が未だ定着しない者達だ。18歳を過ぎてなお定着しない者は努力不足もしくは才能なしとして戦士になることは一生出来なくなる。
戦士は里一番の憧れの職。尊敬を集めるし何よりモテる。年若い男達は皆戦士になろうと必死だ。
そして彼らはプライドが高い。
女、子供は守るべき対象。弱きもの。
それが彼らの認識だ。ヴィクトリアの故郷でも同じような認識であったからもしかしたら世界共通の常識かもしれない。
女でありかつ子供であるヴィクトリアに負けたら沽券にかかわる。いやただ勝つだけでは駄目だ。圧勝しなければならない。
そんなわけで見習い戦士達はヴィクトリアを舐めてはいたが、戦いに対する意気込みは本物だった。
『始め!』
メルギドによる開始の合図だ。
そして戦いが始まった。最初の相手は見習い戦士最年長。18歳の青年だ。
この年齢まで見習いというのは怠け者か才能がないかのいずれかだが、それでも彼は見習いの中では一番の戦闘力を誇っている。
槍を構え、祖霊術の膂力に頼って力任せに突進する。
ヴィクトリアには自己を強化する術を使っている様子はない。身体能力に差があるならば結局単純な攻撃が最も効率的で効果的だ。おそらく槍の切っ先は避けるだろうが、体が接触するのは避けられない。接触さえすればそれで終わりだ。祖霊術の力をもってすれば強化されていない人間など一撃で倒せる。
見習い戦士はそう考えていた。
しかしヴィクトリアは槍の切っ先を躱し、さらには見習い戦士の突進をも避けた。ただ避けるにとどまらず、足を足で刈り態勢を崩した。前のめりにつんのめった見習い戦士の背中を木の棒で打ち地面に叩きつける。足で背中を踏みつけ首元に棒を突き付けた。
『我、勝利』
鮮やかなヴィクトリアの手並みに戦っていた本人は当然のこと周囲で見ていた他の見習いも唖然とする。今地に伏しているのは見習い最強なのだ。
言葉を失っている見習い達にヴィクトリアは口角を上げ得意げな表情を浮かべていた。
『次!』
メルギドの号令に見習い達は慌てて次の戦闘の準備をする。皆表情を引き締めていた。
『始め!』
メルギドの号令で次の戦いが始まった。
結局ヴィクトリアは見習い達では相手にならず、全勝した。
見習い戦士と手合わせをすると決まった当初は雑魚相手に無双してもつまらないと思っていた。しかし、見習い戦士達は想像以上に自分のことを弱者として見ており、その認識を覆すのは気分が良かった。思い返してみれば最近の対人戦闘といえばフランシスコとの訓練ばかり。敗北が積み重なってフラストレーションもたまっていた。久々の勝利の味は実に甘美であった。
最後にはメルギドが手合わせをしてくれ、大変勉強になった。概して充実した一日だったといってよいだろう。
ヴィクトリアは上機嫌でフランシスコ達の元へと戻った。
「おう戻ったか。手合わせはどうだった?」
「我TUEEEEEしてきた。」
「そうか。よかったな。」
「うんっ。」
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