第2話 未紗/だったら最初にそれを言って欲しい

 突如として仕事が舞い込んできた。またホストコンピュータのマイグレーションだ。

 私、ZZソリューションズ株式会社の遠山未紗が所属するのはその名の通りマイグレーション事業部。当然ながらサーバへの入れ替えマイグレーション案件が多数やってくる。

 その中にはメインフレームと呼ばれるかつての花形コンピュータ(大型コンピュータとも呼ばれていた)からオープン系サーバへのマイグレーション案件というものがある。

 様々な理由で過去にマイグレーションし損ね(ハッキリと言ってしまおう! 明らかに乗り遅れだ)、今になってメインフレームを捨てざるを得なくなった背水の陣的案件だ。

 かつてホストコンピュータと言えばメインフレームを指していた時代があった。メインフレームのことをホストと呼ぶのはその頃の名残。

 そのホストからオープン系サーバへのマイグレーションの新たな案件が一つ私のところに舞い込んできたのだ。

 私のところに舞い込んできた理由は明白。ホストが絡んでいるからだ。ZZソリューションズにホストが分かるエンジニアは私しかいない。いや、他にもいるにはいる。但し、その人たちは最低でも役員クラスのおじ様たちだ。


 大手のメーカーでさえホスト製造からの撤退話が噂話として出てくる昨今、ホストなんて今さら新卒の若者に新たに教えるような技術ではない。

 私はたまたま大学時代に変わった教授せんせいに見初められてしまい何も知らない状態からホストを実践で叩き込まれてしまったためやむを得ず憶えてしまった。

 お陰さまで大学を卒業しITベンダーに就職した後でもホストを知ってることをこれ幸いと思われ、大学ではグリッドコンピューティングの研究をしていたのにも関わらずホスト絡みの業務を全て任されることになってしまった。

 そしてそれから五年後の昨年、私に続いて二人目の犠牲者として新卒入社の山田春人はるとくんがチーフに昇進した私の初めての部下として配属された。

 『ホストなんて今さら新卒の若者に新たに教えるような技術ではない!』と私自身が思っている以上、新卒採用となった山田くんには会社員として、ITエンジニアとして今後一人前としてやっていける一般的な知識と経験を積ませないといけない。ホストの知識は今では一般的な知識ではない。


 山田くんが私のところに配属となって一年ちょっと。ただ、この一年ちょっとの間には様々なことが私の周りで起きた。いや、正確には私の周りでではなく、山田くんの周りでだ。

 もう一つ付け加えるならば、ここで言っている様々なこととは全て業務とは無関係の出来事だった。

 山田くんはイケメンくんだ。密かに伺って様子をみたところでは本人の自覚はまるでない。いつも自分の周りで起きている出来事は日常生活の一部であるという認識のようだった。

 山田くんが配属となってから毎日、社内の他の部署の女の子たちが私たちのところにやってくるようになった。ある子は私宛の書類を手渡しするためにわざわざ印刷した上で持参してくるし、また別の子は『これ山田さんの物ですか?』と落とし物と思われるボールペンをこれまたわざわざ持ってくる。

 書類は元々電子データなんだから共有フォルダに入れておけば済む話だし、ボールペンは私たちの机がある場所から遠く離れたところで拾われた物のようで山田くんとは一切関係がない物だったりする。

 彼女たちのターゲットはあからさまに山田くんであり、これが日常的に行われているのだ。


 ある時、女子会のゲストとして飲みに誘われた山田くんが断りを入れたことがあった。『今夜はチーフと残業なんだ』と。

 それだけで私は社内の女子たちから『あのチーフおんなに厳しくされて可哀想』と言われるようになり、『冷凍ホイップ』というあだ名まで頂戴することとなった。名前の由来は男を次々と乗り換えるホイップ冷たい女だからと言うのが理由らしい。知らんけど。


 今回、私のところに舞い込んできた案件は老舗佃煮屋である『片岡屋』のホストをオープン系にマイグレーションする案件だった。

 金曜日の午前中に突如として舞い降りたこの仕事話は火曜日の午前中が客先プレゼンだという突貫うれしいスケジュールだった。これで私と山田くんのこの週の土日は完全に無くなった。

 金曜日の深夜遅くまで、土曜日も朝から晩まで集中して仕事をしたお陰で日曜日の午後にはどうやら上手いスケジュールが作れそうというところまでこぎ着けた。

 予算とスケジュールと品質のバランスを成立させることは毎度毎度大変なことなのだ。

 ところが日曜日に同じように休日出勤でやってきたこの案件の担当営業は私にこう言ってきた。

 ——社としてのお付き合いの度合いを考えると受注は厳しいんだよね


 それを早く言え!

 他社案件を分捕る新規案件の獲得だと思って真剣になってやってきたのに当て馬案件だったなんてガッカリ。

 と言ってももう案は出来てしまったので、これで提案するしかない。今さら手抜き案を考える方が大変。

 その営業とも話をして火曜日にはこの案でプレゼンすることに決定した。

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