第7話 山形弘美/その子の代わりなら私がしてあげる

 なるほど、こう言うカラクリか。随分と美味しい思いをしているんじゃないかな。

 まさか営業部のエースがこんな方法で利益を得ているだなんて誰も思っていないと思う。


 たまたま偶然に取引実績を見ていて気が付いた。

 ——この奥田哲平っていう人の取引、やけに返品伝票が多いな


 通常の取引でも返品はある。ただ奥田哲平の返品は毎週のように特定の顧客の取引に限って返品があったのだ。

 最初の内は気にも止めなかった。ところが、ある時に気付いた。

 ——あれ? 東京物商の返品ってやけに奥田哲平の分が多くない?


 調べてみたら、とんでもない事が分かった。

 営業部のエース、奥田哲平がやってる取り引きは納品先の東京物商の役員が個人的に設立した湊屋商事を経由させる迂回取引。その湊屋商事を経由させて利ザヤを稼ぐ手法。

 迂回取引自体は違法ではない。東京物商の役員は背任罪に問われるだろうけど納品元である奥田哲平は顧客から指定された先に納品しただけと主張すれば罪に問われる可能性はない。

 但し、分け前をもらっていなければ、だ。


 この取引の問題は別のところにある。東京物商からの返品が物凄く多くなっているのだ。今年後半になってから。

 東京物商は弊社、デジタル・ソリューションズ社の大口顧客である。有形無形を問わず様々な商材が東京物商に納品されており、返品が増えているといってもその割合は全体の取引からすれば微々たるもの。

 でも、奥田哲平が担当している取引の割合からすると返品率は通常の範囲を逸脱している。


 そして、その返品された商品がリサイクル事業者に流れている。

 返品された商品は帳簿上では使用済み商品になっており新品とは区別されている。一度でも出荷された商品であれば新品扱いではなく中古品として扱われる。

 中古としてリサイクル事業者に渡るのは昨今の環境に配慮した経営から正しい流れである。但し、それが本当に使用済み商品であれば、だ。


 しかもその中古品を取り扱っているリサイクル業者が何と湊屋商事だった。湊屋商事は迂回取引で利ざやを稼ぐだけではなく、同じ商品を中古扱いに変えた上で製品を現金問屋市場に横流ししているのだった。

 湊屋商事に納品された商品は全く動いていないのに帳簿上は返品され中古品となってまた湊屋商事に納められている。


 この取引に気付いてから私は奥田哲平の観察を始めてこの絡繰りに辿り着いた。

 そして私は奥田哲平を入金期間の適正化について依頼があると理由を付けて呼び出した。

「これ以上入金期間を短くするのは難しいんだけど」

 会議室の席に着くなり奥田哲平はこう呟いた。

「入金期間はどうでもいいわ。それよりも湊屋商事で幾ら稼いでいるのかしら? ペーパーカンパニーを使って迂回取引だなんて。有川常務とはどう言う条件になっているの?」

 こう言ったら奥田哲平は一瞬固まった後でこう言い逃れを言ってきた。

「客先から指定された納品先に商品を納めているだけさ。幾ら稼いでいるかだなんて人聞きが悪い事は言わないでくれ。別に悪いことをしている訳でもないんだし」

 想定通りの言い訳ね。でも、見逃さないわよ。


「そうね。湊屋商事が客先から指定されたただの納品先であるのならばあなたの言うとおりかも知れないわ。でも、湊屋商事からの大量の返品物が実際には戻って来ないで湊屋商事の倉庫に入ったまま帳簿上だけでデジタル・ソリューションズ社うちからまたリサイクル品として湊屋商事に流れているのならば話は別でしょ?」

 私は倉庫の入出記録の束を奥田哲平の元に投げてやった。

「どこにも湊屋商事から戻ってきた記録はないわ。ただの一台も」

 奥田哲平は倉庫の入出記録の束を見詰めているだけでひと言も声を発せずにいる。

「幾ら稼いでいるの?」

 畳み掛けるように彼を問い詰める。

「うっ」

「有川常務と一緒にお縄を頂戴するか、さもなくば——」

「——さもなくば、何だ? 何が狙いなんだ?」

「私も一口噛ませてもらうわ」


 その時、奥田哲平のスマホがブルっと振動しながら鳴った。画面に表示されていた通知はこの緊迫した空気とは場違いのほのぼのとした文言だった。

 ——ごめーん! 年末年始に仕事が入っちゃった。年明けまで全キャンセルで 未紗


「その子は知ってるの? あなたの悪事を?」

「いや、知らん。彼女は別の会社だから」

「そう、だったら丁度いいわ。私たちはもう運命共同体なのよ。その子とは別れてもらうわ」

「い、いや、それは……」

「別れないと、あなた破滅よ」

 奥田哲平を生かすも殺すも私次第。彼の生殺与奪せいさつよだつの権は私が握った。彼に拒否権はない。

「分かった。彼女とは別れる」

「そう、賢明な判断ね。でも、心配しないで。その子の代わりなら幾らでも私がしてあげるから」


 その日の晩、私はさっそく奥田哲平とホテルに行った。そう、私たちはこの日から運命共同体になったのだ。

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