第5話 鈴木久美/やってしまった

 ピローン♪ 着信音がしたので直ぐにスマホを確認する。春人からだ。

 ——先輩、急な仕事が入り今夜はキャンセルです。ごめんなさい


 まただよ。どうして春人はこの私をこう言う扱いにするのかなぁ。


 ピローン♪ 再び着信音がした。

 ——今夜だけでなくこの先の予定は年末年始まで無理そうです


 カーっとなった。年末年始まで無理って、今月は春人の誕生日があるんだよ! 来月は鍋で再来月はクリスマスも! それが全部キャンセル。

 すぐに春人の携帯に電話を掛けた。

 ──今年いっぱいの予定がキャンセルってどう言うことよ!!


 怒鳴ってやった。春人は恋人であるはずの私の扱いが雑だ。雑過ぎる。

 このドタキャンのメッセを送ってきたのは山田春人。大学のサークルの二つ後輩で私の恋人。新入生でサークルに入ってきた時から私がつばを付けておいたイケメン。

 サークルで二番目に美人と言われていた私だから春人もすぐに私に墜ちた。鈴木先輩ではなく『久美さん』と呼ばせるのに二日とかからなかった。


 ことある毎に私は春人との仲を深めようと積極的な行動をした。春人はイケメンだけど中々奥手で恋人である私にさえも手を出してこない。

 最初のうちは『何で私に手を出さないんだろう?』と不思議に思った。でも、それは春人が私のことを大切に思ってくれているからだ! と気が付いた。

 ただ我慢の限界というのもある。だって、仲を深めているうちに私が卒業する年になってしまったから。


 社会人になれば学生である彼と会える時間は確実に少なくなる。いくら春人が私に夢中だと言っても会える時間が減れば気持ちが揺らぐこともあるかも知れない。

 そう思って、卒論が終わった後に意を決して春人と男女の仲になろうと試みた。

 とても素面で『私を抱いて』などと言う言葉は口に出来ない。私の方からそんな事を言えば隙あらば私を襲おうとしているに違いない春人の自尊心を傷つけてしまう。

 だって、彼は奥手なだけで本心は一刻も早く私と男女の仲になりたいと思っているに違いないから。


 そこで私はお酒をこれでもか! という程に飲んで彼の部屋で酔い潰れた。気付いた時に全てが終わっていたとしても構わない。むしろ『久美はもう僕の女になったんだよ』と言われたい。

 そう思っていたのに目が覚めた時には彼は床で毛布に包まり、私はベッドに一人で寝ていた。

 着衣は乱れていない。乱れていないどころか着ている物は全部が前日のままだった。奥手にも程がある。


 大学を卒業して社会人になってからも彼との接点を積極的に増やした。『もう男どもからの誘いが多くて大変。今日はたまたま空いていたから春人とデートでもしようと思ったのよ』と匂わせてやったら春人のやつ慌てて『はい!』と言ってデートにやってきた。

 やっぱり私が誰かに取られやしないかと心配していたんだと思う。


 春人の性格はよく分かっている。もう七年も恋人として付き合っているから。彼はキッチリとした性格だから私がいくら誘っても私の部屋には絶対に来ない。

 一度、来ない理由を尋ねたら『結婚前に女性が一人暮らしをしている部屋を訪ねるのはちょっと』と言っていた。結婚前と前置きをするということは『私と結婚する前』ということを言いたかったんだと思う。


 ならば家ではなく外だ! と、渋谷のホテル街を彷徨ってみた。怪しくネオン輝くホテル街に二人で行けば春人だって私からのサインに気付くだろうと考えた。ところが春人は私をタクシーに乗せて一人で帰したのだ。

 もうこれはキッチリとした性格じゃなくてチキン野郎だとしか思えない。でも春人、恋人の私には手を出していいんだよ。


 もっともこのチキン野郎なら浮気の心配は全くない。私にさえ手を出せない男が他の女に手を出す心配はしなくていい。本気で私と結婚するまでは私に求めてこないつもりみたいだ。

 と、こう思っていたのはさっきまで。


 急に仕事が入っただの、年末年始まで仕事が一杯だのという理由は浮気の一番怪しい理由だ。

 そう私をキープしておいて別の女と遊んでいる。女の匂いを強く感じる。


「ご機嫌が斜めに見えるよ」

「斜めどころか真横になってるわよ」

 私に声を掛けてきたのは職場の先輩である畠田正。年は彼が四つ上。

 後輩の誰に対しても先輩づらしないところが後輩たちから受けている。

「彼氏に振られた、とか?」

 うっ、振られてなんかいない! 予定がキャンセルになっただけ。

 ただ、この先三ヶ月間のデートの予定を全てキャンセルふられたと言われればその通りかもしれない。

「あれ、図星だった。ご免ごめん。冗談で言ったんだけど」

「まだ振られていません。振られる前にこっちから振ってやります」

 私にだって堪忍袋と言うものがあるんだぞ。

「まぁ、取り敢えず今日は憂さ晴らしに飲みにでも行こうよ」

 すぐにこう言ってくれるところが畠田さんの評価が高いところだと思う。


 畠田さんと飲みに出た。愚痴をこれでもか! と言うほど話して聞いてもらった。

 飲みに行った店は三軒目までは覚えている。でも、その先の記憶は全くない。

 何を話して、どこで何をしたのか全く記憶にない。

 そして気付いた時にはホテルのベッドに裸で寝ていた。隣には畠田さんがやはり裸で寝ていた。


 やっば、やっちゃったよ。

 恐る恐るベッド下のゴミ箱を覗くと明らかに使用済みの避妊具が二個も捨ててあった。

 うーん、全く覚えていない。

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