ハンター(6)

 三人は、コモドオオトカゲのいた部屋を出た。扉を閉めると、その場に座り込む。蘭と上松はもちろんだが、タフな井上の顔にも疲労の色が浮かんでいる。

 それも仕方ないだろう。なにせ、コモドオオトカゲのような猛獣と戦ったのだ。普通に生きている日本人なら、まずお目にかかることのない代物である。


「前回も、あれはいたのか?」


 いきなり井上に聞かれ、上松は戸惑いながら口を開いた。


「あれって、あのでっかいトカゲか?」


「そうだよ。いなかったのか」


「わからない。俺た……いや俺がクリアした時は、トカゲが出てくる前に鍵を開けられたんだ。箱も五個か六個くらいしかなかったし、鍵はすぐに見つけられたんだよ」


 その時、井上の眉間に皺が寄った。


「そうか……ところでよ、お前はひとりで、あの仕掛けを見抜いたのか?」


「えっ? あっ、ああ、そうだよ」


「ほう、そうか」


 井上は低い声で返したが、その目には疑いの色がある。上松は慌てた様子で喋り出した。


「それにしてもよ、あんた本当に凄いな。あんな怪獣みたいなトカゲをブッ殺しちまうんだからよ」


「いや、あれはまだ大したことはねえ。むしろ、ジャガーやトラの方が怖いよ。あいつらは動きが速いし、力も半端じゃなく強い。コモドオオトカゲも強いが、ネコ科に比べりゃ動きがトロいから、どうにか殴り殺せたんだ」


 そう言うと、井上は何やら思案するような顔つきで、扉をじっと見つめる。

 ややあって、再び口を開いた。


「なあ上松、隠してることがあるなら、言った方がいいぞ」


「えっ? な、何を言ってるんだよ、何も隠してることなんかねえよ」


「だとしたら、妙なんだよな」


 言ったかと思うと、井上はいきなり扉を開いた。中では、空のケースが大量に転がっていた。また、コモドオオトカゲの死体もある。もう一度見たくなるような光景ではない。

 その部屋を指さしながら、井上は話を続ける。


「ここまでのお前を見る限り、こんなトラップを単独でクリア出来るようなキレ者だとは思えないんだよな。なあ、本当にひとりだったのか?」


 聞かれた上松は、顔を引きつらせながら何か言おうとする。その時、天井より声が聞こえてきた。


(皆さん、この時点で参加者の残りは五人です。これで、半分になりました。いつもより遅いペースではありますが、これも皆さんの頑張りゆえでしょう。では、そろそろハンターを投入します。これまでで最強のハンターですので、覚悟しておいてください。では、皆さんの健闘を祈ります)


 放送が終わると、井上はチッと舌打ちした。


「クソ、残りは五人か。てことは、参加者は他にふたり残っているってことか……ちょっと妙だな」


 ひとり呟くと、上松の方を向いた。


「急がなきゃならんようだ。あとどのくらいだ?」


「ここまで来れば、あと少しだよ。道なりに進んでいけば大丈夫だ」


 上松は、顔を引きつらせながら答えた。


 ・・・


 その頃、別室のモニターには、新たなハンターの姿が映し出されていた。

 他のハンターと同じく、上半身には何も着ていない。ただし、彼はヘルメットも被っていなかった。しかも、武器らしきものすら持っていない。肩まで伸びた黒髪、痩けた頬、ギラギラした瞳……見るからに異様な人相である。体には脂肪がほとんど付いていないが、筋骨隆々たる体格というわけでもない。通路の中を、軽やかな足取りで歩いていく。


「あいつが、最強のハンターなんですか?」


 直島が尋ねる。その顔には、嘘でしょう……とでも言わんばかりの表情が浮かんでいた。


「そう。彼の名は三又軍平ミマタ グンペイ、数々の敵を葬ってきた男だよ」


「何者なんです?」


「彼は、特殊な薬を常用している。その薬のおかげで、常人を超越した殺傷力の持ち主となった」


「薬とは、アナボリックステロイドみたいなものですか?」


「いや違う。アナボリックステロイドは、筋力のみを増大させる。三又の常用する薬は、人間の身体能力全般を上げるものだ。しかも、集中力も異常に高くなる。あの三又は、敵の動きが先読みできるらしい」


「恐ろしい奴ですね」


 画面を見ながら、直島は呟くような口調で言った、一方、三又はすました表情で目の前の扉を開ける。

 そこは、プールのあった部屋である。先ほどまで、蘭たち三人もいた場所だ。水が抜かれた今となっては、ただの巨大な穴でしかない。

 三又はプールに向かい、何のためらいもなく歩いていった。鉄のハシゴに手をかけ、ゆっくりと降りていく……が、途中で動きが止まった。何を思ったか、ハシゴの途中にて静止している。

 やがて、扉が開いた。現れたのは、紫色の作業服を着た男だ。黒縁メガネをかけており、小太りの体型である。右手には、奇妙な武器を持っていた。三十センチほどの鉄の棒に、太い鎖が付いている。鎖の長さも三十センチほどで、トゲの付いた鉄球へと繋がっていた。

 この武器はフレイルといい、中世ヨーロッパにて使われていた武器である。モーニングスターとも呼ばれており、鎖による遠心力と鉄球の重さを上手く使えば、高い威力を出すことが可能だ。

 しかし、持っている中年男には、この武器を上手く使える技量はなさそうだ。おどおどした態度で、キョロキョロ周りを見回しながら部屋に入ってきた。

 しばらくして、誰もいないと思ったらしい。徐々にプールへと近づいてきた時、三又が動いた。


「ヒャッハー!」


 奇怪な叫び声をあげたかと思うと、一気に跳躍する。ハシゴにつかまっていた体勢から、一瞬にしてプールの縁へと着地したのだ。


「う、うわあぁぁ! く、来るなぁ!」


 中年男は、突然のことに対応できずパニックに陥る。だが、それも仕方ないだろう。なにせ、幽鬼のような風貌の男が目の前に出現したのだ。喚きながら、右手のフレイルを振り回した。

 しかし、三又には恐れる気配がない。振り回される鉄球を、ヘラヘラ笑いながら躱した。


「ほらほら、どうした! それじゃ当たらねえぞ!」


 軽やかなステップを踏みつつ、中年男の周囲を跳ね回る三又。

 中年男は、泣きそうな顔でなおもフレイルを振り回す。だが、掠ることすら出来ない。


「キーッ! バカにするなぁ!」


 ヤケになったのか、中年男はフレイルを振り上げ突進してくる。だが三又は、ぎりぎりまで引き付けヒョイと躱した。そこは、プールの縁である。その先にあるものは、数メートル下に設置されたコンクリートの床と、プールの水を排出した巨大な穴でおる。

 中年男は、慌てて急停止しようとした。だが、突進の勢いは止められない。フレイルを振り上げた体勢のまま、下へと落ちていく。

 しかも、落ちた先は床ではない。穴めがけ、真っ逆さまに落ちていく──


「なんだありゃあ。しょうもねえ奴だな」


 呟いた直後、三又はいきなり跳躍する。数メートル下の床に、すとんと着地した。そのまま歩いていき、ハシゴを登っていく。

 そんな姿を、直島は唖然となりながら観ていた。 


「三又……ずいぶんデタラメな男ですが、大丈夫なんですか?」


 直島の問いに、安藤は苦笑しながら答える。


「いや、大丈夫ではないんだよ。彼の常用している薬は、超人的な能力と引き換えに、肉体と精神とをすり減らしていく。実際、薬を服用していない時は、ひどい鬱状態で死んだようになっているからね。三又の寿命は、あと一年もたないと思うよ」


 その時、直島の顔つきが変わった。


「えっ……じゃあ、奴はあと一年しか生きられないのですか?」


「うん。おそらく、一年経つ前に死ぬんじゃないかな」


「哀れな男ですね」


 直島の声には、哀れみの感情らしきものがこもっている。途端に、安藤は眉をひそめたを


「君らしくないな。それより、あの殺された男は大平透オオヒラ トオルだったよね?」


「はい。正確には、大林透オオバヤシ トオルです」


「ああ、そうだった。幼い子供をさらって殺した男だよね」


 安藤の声には、蔑むような感情があった。

 大林透……この男は、性に目覚めた時から幼い少女に欲望を抱いていた。十六歳の時、近所の公園で見かけた七歳の少女を言葉巧みに誘い空き家へと連れ込む。その後に豹変し、凌辱した後に殺害する。遺体はそのままにして、家に帰り素知らぬ顔で生活していた。

 しかし、事件はすぐに明るみに出る。公園に設置されていた防犯カメラに、大林と少女とが歩いていく姿が映っていたのだ。大林は、少女への強姦殺人で逮捕される。成人ならば無期懲役もしくは死刑だったであろう。ところが、大林は未成年のため懲役二十年の判決を言い渡される。

 刑務所での生活は過酷なものだった。己の犯した罪が他の受刑者たちに知られ、徹底的なイジメを受ける。犯罪者の中でも、幼い子供を襲うような人間は好かれないのだ。

 昼も夜もなく嫌がらせを受け続け、大林は心を病んでしまう。出所後も、仕事に就くことが出来なかった。

 そんな中、この死願島遊戯に参加させられてしまう。根が臆病で慎重なため、ここまでどうにか生き延びてきたが……三又と遭遇したのが運の尽きだった。


「今のところ、三又と一番近い位置にいるのが白川ですね。あのふたりの戦いも、見応えがありそうです」


 直島の言葉に、安藤はくすりと笑う。


「そうだね。白川が二十年若ければ、いい勝負になっていたかもしれないが……今の白川ではキツいよ」

 


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