トラップ
三人は、通路を静かに進んでいく。上松を先頭に、井上、蘭の順で進んでいった。通路は完全な一本道であり、迷うことはない。
道中、井上は尋ねる。
「おい上松、本当にこのまま進んで大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ここから先は、ほぼ一本道だ。ただ、途中にトラップがあるけどな」
「トラップ? どんなのだ?」
「ああ、あれはな、ちょっと説明すんのが面倒なんだよ。着いたら教えるから」
軽薄な態度で、上松は答えた。その時、蘭が口を挟む。
「ねえ、他の参加者は何やってんのかな。来る気配がないんだけど」
「俺たち以外、みな死んだのかもしれねえな」
井上が答えると、上松も続けて語りだす。
「他の参加者に会ったら、さっさと殺した方がいいぞ」
「えっ、なんで?」
顔をしかめて聞き返す蘭を、上松は呆れた表情で見る。
「だってよ、ここに参加させられてる連中は、みんな悪人だぜ。連れて行っても、何して来るかわからねえよ。いきなり寝首をかかれるかもしれねえぜ」
すると、井上は残忍な笑みを浮かべる。
「だったら、お前のこともここで殺した方がいいのか?」
言いながら、鉄棒を振り上げた。と、上松の表情が一変する。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
「冗談だよ」
くすりと笑い、井上は棒を下ろした。だが、直後に顔つきが変わる。
「しかし妙だな。他の参加者が悪人ばかりだと思ってるなら、なんで俺たちのことは殺さなかったんだ?」
「えっ?」
きょとんとなった上松に向かい、井上は質問を続ける。
「お前と俺たちが会った時、手榴弾を投げてりゃふたりとも殺せただろう。なのに、お前はそうしなかった。なぜだ?」
途端に、上松の表情が変わった。あちこちに視線を泳がせながらも、どうにか答える、
「いや、それは、その……お前らなら、協力してやっていけるかと思ったからだよ」
「なるほどな。ま、ここで一発しかない手榴弾を使うのはバカだからな。お前の気持ちもわかるよ」
井上が言った時、蘭も口を開いた。
「思ったんだけどさ……このゲームって、参加者みんなで協力し合えば、確実にクリアできるんじゃないかな」
「協力? どういうことだ?」
訝しげな表情で聞き返す井上に、蘭は答える。
「参加者がみんなで協力すれば、ハンターは簡単に倒せる。クリアも簡単に出来るはずだよ」
彼女の表情は、真剣そのものであった。しかし、上松が口を出す。
「悪いが、そりゃ無理だ」
「なんで無理なの?」
即座に聞き返す蘭に、上松は言葉につまった。またしても答えられず、しどろもどろになる。
「えっ、えーと……とにかく無理なものは無理なんだよ」
口ごもる上松を見て、井上が助け舟を出した。
「蘭、お前の考えは正しいよ。正論だ。だがな、それは非常に難しい。この迷宮を、武器を振り回しながら獲物を探すハンターに追われながら、他の参加者を探さなきゃならない。次に、参加者を見つけたとしても、そいつらがちゃんと協力してくれるかどうか……自分の脱出を最優先した挙げ句、足の引っ張り合いにならないとも限らない」
その言葉に、蘭は何も言えずうつむく。一方、井上は語り続けた。
「それにだ、さっきも言った通り、ふたり殺してリタイアすれば簡単に脱出できる。その上に、ニ百万も手に入る。それが、生き延びるには一番手っ取り早い方法なのさ。クリアの賞金は一千万とか言ってるけど、参加者の頭数で割られるかもしれないわけだし」
すると、蘭がようやく口を開く。
「これ考えた奴、本当に嫌な性格してるよね……」
「そうだよな。だからこそ、俺はクリアしたいんだよ。このゲームの主催者、そいつがどんな面をしてんのか、是非とも見てえんだ」
井上の言葉に、蘭も頷く。一方、上松は素知らぬ顔で進んでいった。
やがて、通路は行き止まりになる。どちらかの扉を開けなくては先へ進めない。
すると、上松が立ち止まった。まず、片方の扉を指さす。蘭たちから見て右側に位置している。
「ここは、リタイアルームだったはずだ。開けてみるぞ」
そう言うと、扉を開けた。
中は、小さな部屋になっていた。五畳から六畳ほどの広さで、天井にはカメラが設置されている。さらに、カメラの横には『リタイアルーム』と書いていた。
見た井上は、口元を歪める。
「まあ、今の俺たちじゃリタイアできねえからな。これくらいしか出来ねえ」
言った直後、カメラに向かい握り拳を突き出す。さらに、中指だけを立てた。説明しなくても通じる侮辱のジェスチャーだ。
蘭は思わず苦笑する。一方、上松は素知らぬ顔で反対側の扉を指さした。
「クリアするには、ここを通らなきゃならない。だが、この先にはトラップがある。だから、俺の言う通りに動いてくれ」
「どういう意味だ?」
井上が尋ねる。
「扉を開けたら、すぐにトラップが作動する。これは、はっきり覚えてる。だから、今のうちに言っておく。入ったら、中にいくつか箱がある。どの箱かは覚えてないが、中に鍵が入っているはずだ。そいつを急いで見つけるんだ。それで、向こう側の扉を開けて先に進める」
聞いた途端に、井上は眉間に皺が寄る。
「ちょっと待て。それの、どこがトラップなんだ?」
「俺もよくわからねえんだが、入ると同時にどこかの壁が下がり出したんだよ。その壁の向こうには、何か変なのがいたみたいだ。そいつが出てくる前に扉を開けて部屋を出ないと、ヤバいことになると思うんだよ。だから、入ったらすぐに鍵を探してくれ。じゃあ、開けるぞ」
そう言うと、上松は扉を開けた。同時に、奇怪な音が鳴る。警報のような嫌な音だ──
そこは、広い部屋だった。上松の言った通り、向こう側には金属製の扉がある。部屋の中心には、ペンケースのような形の小さな箱が置かれていた。その数は非常に多い。十や二十ではないだろう。大量の箱が、無造作に放置されている、
しかも、入ると同時に右側の壁が下がり始めたのだ──
「クソ! どうなってやがる! 箱が増えてるぞ!」
入るなり上松が叫んだ。その声に反応し。井上が睨みつける。
「おい! どの箱に鍵が入っているんだ!?」
「わからない!」
「んだと! てめえ使えねえな!」
怒鳴った井上だったが、同時に蘭も叫んだ。
「揉めてる場合じゃないよ! 早く鍵を探そう!」
直後、しゃがみ込んでケースを開け始める。上松も、慌てて開け始めた。
その間にも、壁はどんどん下がっていく。さらに、嫌な匂いが漂い始めた。生き物の放つ匂いだ。井上は、ギリリと奥歯を噛みしめた。鉄棒を、その場に叩きつける。ふたりは必死でケースを開けているが、鍵は見つからない。
とうとう、壁が完全に下りてしまった。途端に、上松はヒッと声をあげる。蘭も、怯えた表情で後ずさる。
異様な四足の動物が、のっそり姿を現したのだ。映画などに登場する恐竜が、そのまま現代に蘇ったような……と同時に、井上が叫ぶ。
「コモドオオトカゲだぞ! 気をつけろ!」
コモドオオトカゲ……体長は二メートルから三メートルあり、体重も百キロ以上ある。地上ではもっとも大きな肉食のトカゲであり、犬や山羊などを襲って食べている。時には牛のような大型の草食動物を襲うこともあるし、当然ながら人間も食べる。皮膚は硬く、刃物でも傷つけるのは難しい。力は、人間より遥かに強く動きも速い。
コモドオオトカゲは、じろりとこちらを睨んだ。次の瞬間、四足を動かし近づいて来る。井上らを、獲物だと判断したらしい。飢えているのか、舌をチロチロ出し入れしていた。三人との距離は、どんどん縮まっていく。上松は腰を抜かし、蘭も動けずにいた。
その時、銃声が轟く──
いつの間に抜いていたのか、井上の手には拳銃が握られていた。両手で構え、コモドオオトカゲを睨みつける。
しかし、コモドオオトカゲは死んでいない。銃弾が外れたのか、あるいは当たったが絶命させるに至っていないのか。一瞬は動きを止めたが、すぐに動き出した。井上に向かい、四足を動かし這い寄って来る。
井上は恐れる様子なく、もう一度トリガーを引く。銃弾は、狙い違わず命中した。コモドオオトカゲは、ビクリとなり動きを止める。一応、痛みは感じているのだろう。だが、せっかく見つけた人間という餌を諦める気はないらしい。止まっていたのは一瞬であった。再び、こちらに向かって来る。
すると井上は、何を思ったか拳銃をポケットに入れた。転がっていた鉄棒を拾い上げ、トカゲに向かい突進する。
両手で鉄棒を振り上げ、思いきり叩きつける──
コモドオオトカゲの皮膚は硬い。小さな刃物くらいなら、傷ひとつ負わせられないだろう。たとえ銃器でも、口径の小さいものでは致命傷になり得ないのかもしれない。
だが、いくら皮が硬くても、叩き潰す重い打撃の衝撃を防ぐことは出来ないのだ。グシャッという音とともに、トカゲの口から血液らしきものが吹き出た。頭に、鉄棒の強烈な打撃が炸裂したのだ。人間なら、この一撃で即死していただろう。
それでも、コモドオオトカゲはまだ生きている。知能は人間より低いが、生命力に関しては遥かに上だ。かっと口を開け、井上に襲いかかってきた──
その攻撃は、予想以上の速さであった。避けそこねた井上は、右足首を噛まれる。だが、すぐに足を引き抜いた。先ほどの一撃により、トカゲの顎も砕けていたため噛む力は低下している。そのため、大した怪我を負うことなく足を引っ込められたのだ。
井上は怯むことなく、鉄棒を振り下ろす。今度はトカゲの背中に当たり、体液が飛び散り、何かが潰れる音が響いた。さらに、もう一撃──
コモドオオトカゲは、ようやく餌を諦める気になったらしい。足首から口を離し、逃げようと向きを変え逃げ出す。だが、井上に逃す気はなさそうだった。頭部めがけ、鉄棒を何度も叩きつける──
コモドオオトカゲの頭蓋骨は、鉄棒の一撃により完全に砕けた。最初は、殴るたびにピクリと痙攣していたが、やがて全く動かなくなった。どうやら、脳が完全に破壊されたらしい。
井上は、息を荒げながら振り向く。蘭と上松は、唖然とした表情で彼のことを見つめていた。
舌打ちし、口を開く。
「おい、ボヤボヤしてねえで鍵を見つけてくれよ」
その言葉に、ふたりはハッとなり箱を開け続けた。井上は荒い息遣いで、そっと自身の右足首を見た。
血が出ている。チッと舌打ちし、ふたりに見えない位置でしゃがみ込んだ。傷口を、布で固く縛り上げる。その時、蘭が叫んだ。
「あったよ! これでしょ!?」
叫びながら、鍵を持つ手を高く掲げる。井上は、ようやく笑顔を見せた。
「見つかったか。じゃあ、行くとしようぜ」
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