ウルトラバスターズ(1)
そして、十六年前──
「正樹、来たよ!」
直島力也の報告を聞き、井上正樹はすっと立ち上がった。
彼はまだ十一歳の少年だが、その年齢にしては大柄な体格である。彫りの深い顔立ちであり、髪は縮れており肌は薄い褐色だ。目つきは鋭く、小学生でありながら面構えには風格すら感じさせる。いたずら好きで、すばしっこい力也とは対照的だ。
そんな正樹は、肩をいからせ進んで行く。行く手には、数人の少年が歩いていた。年齢は、正樹とほぼ同年代であろう。学校帰りらしくランドセルを背負い、大きな声で何やら話をしながら、こちらに進んで来る
だが正樹に気づくと、彼らは立ち止まった。威嚇するような表情を向けてくる。お行儀のいい少年には見えない。全員、町の悪ガキといった雰囲気を漂わせている。
そんな悪ガキ集団を、正樹はじっと睨みつけた。
「おう、お前ら。この子に何かしたらしいな?」
言いながら、正樹は後ろを指さす。その先には、オーバーオールを着た少女がいた。長い髪を後ろで束ね、少年たちを睨んでいる。可愛らしい顔立ちだが、額には絆創膏が貼られていた。
「はあ? 何なんだお前はよう?」
少年たちは怯まなかった。むしろ、威嚇するような表情を正樹たちに向けている。
「聞いてんのは、こっちだ。お前たちは、ここにいる蘭にいろいろ言ってくれたそうだな?」
正樹が言った時、ひとりの少年が彼を指さした。
「こいつ知ってる。ちびっこの家にいる奴だよ」
その言葉に、他の少年たちもニヤニヤしながら正樹を見る。『ちびっこの家』とは、正樹や蘭が暮らしている児童養護施設の名前なのだ。
「ああ、そういうことか。お前も、あの施設に住んでるのか」
からかうような口調だったが、正樹は表情を変えない。
「んなこたぁ、どうでもいいんだよ。お前らは、蘭に悪口を言うだけじゃ足らずに、石まで投げてくれたそうだな」
そう、少年たちは冬月蘭に石を投げ怪我を負わせたのだ。
以前から、彼らは蘭に目をつけていた。最初は登下校の時に付きまとい、からかい混じりの声をかける程度だった。もっとも、その内容はといえば「お前、親がいないのか」「あんなボロいとこで暮らしてんのかよ」といったものである。可愛らしい少女の気を引きたかったのだが、話のネタが施設にまつわるものしか思いつかなかったのだろう。
当然ながら、そんなことを言われて喜ぶ者などいない。蘭は、ことごとく無視していた。プイッとうつむき、早足でその場を立ち去る。
そうなると、少年たちも不快になる。相手にされないことに苛立ったのか、彼らの言うことはエスカレートした。
やがて、無視では済まないことが起きる。先日、「親に捨てられたくせに、偉そうなんだよ」というや否や、後ろから石が投げつけられたのだ。しかも、運悪く蘭は振り向いてしまった。投げられた石は額に当たり、血が流れる。泣き出す蘭を、少年たちは謝ることなく囃し立てたのだ。
「そいつが、俺たちを無視したからだよ。親に捨てられたくせに、調子コキやがって……何様のつもりなんだよ」
中のひとりが言うと、正樹はその少年を睨んだ。
「おい、ちょっと待て、今、親に捨てられたくせに、と言ったのか?」
「ああ、そうだよ。本当のことだろうが。本当のこと言って、何が悪いんだよ」
そう言うと、少年たちはゲラゲラ笑い出した。すると、正樹もニヤリと笑う。
「そうか。じゃあ俺も、本当のことを教えてやる。お前ら全員、今から俺たちにぶっ飛ばされるんだよ!」
怒鳴った直後、勢いよく殴りかかっていく。続いて、横に潜んでいた健人が現れ手近な者に飛び蹴りを食らわす。さらに、木の上に隠れていた力也も飛び降り奇襲攻撃をかける。彼らは、獲物を狩るライオンの群れのような動きで、少年たちを倒していった──
勝負は、すぐに決した。少年たちが泣きながら逃げていく姿を尻目に、正樹は蘭の方を向く。
「蘭、お前の仇は取ったからな、これでもう、奴らも手出しはしないよ」
「みんな、ありがとう」
しおらしい態度で頭を下げる蘭に、力也が笑いながら言葉を返す。
「いいってことよ。またあいつらが来たら、ぶっ飛ばしてやるから。俺たちウルトラバスターズは、誰にも負けないからよ」
続いて、健人も口を開く。
「そうだよ。何か困ったことがあったら、いつでも俺たちに言え」
ふたりの言葉に、蘭は嬉しそうに頷いた。
「うん、わかった」
「そうだ。俺たちは仲間だからな。助け合うのが当然なんだよ。この中の誰かが困っていたら、みんなで助ける。誰かがやられたら、みんなで仇を討つ。それが、俺たちのやり方だ」
締めの言葉は、リーダー格である正樹のものだ。言われた三人は、力強く頷いた。
「おう!」
正樹、健人、力也、そして蘭……彼らは皆、天涯孤独の身である。四人とも幼くして両親を失い、預かってくれる親戚もなく、数年前に児童養護施設『ちびっこの家』にやってきたのだ。
入所した時期がほぼ同じで、また年齢も同じ彼ら四人は、すぐに仲良くなった。体が大きく腕力も強い上にしっかり者の正樹がリーダー格となり、健人と力也と蘭は彼の後を付いていく……いつも、そんな風に遊んでいた。
やがて彼らは、ウルトラバスターズなどと名乗り施設の周囲をパトロールするようになった。お調子者の力也がその名前を思いつき、皆に触れ回ったのである。リーダー格の正樹はあまり気に入っていなかったが、健人と蘭は違うらしい。ことあるごとに「俺たちはウルトラバスターズだ!」などと名乗っていた。
成長するにつれ、彼らのパトロール範囲は、どんどん広がっていく。パトロールとはいっても、あちこちを徘徊するだけだが……時には、高いところから飛び降りたり空き家に侵入したりといった危険な遊びに興じていたりもした。さらに、下校の時に見つけた空き家を秘密基地と名付け、勝手に入り込んでは中で遊んでいたのだ。
結果、ウルトラバスターズは町でも有名な悪ガキ集団となった。四人で野山を駆け回り、町内をうろつき、あちこちで悪さを繰り返す。院長に叱られる頻度も、日が経つにつれ増えていった。
そんな彼らに、転機が訪れる。健人を、養子にしたいという夫婦が現れたのだ。
この少年は成績優秀であり、学校でも真面目である。顔もよく、大人ウケするような少年を演じることにも長けていた。もっとも、正樹らと行動を共にする時は別だ。小学生にして、表と裏の切り替えがきちんと出来る少年であった。
ある日、四十代の夫婦が施設を見学するために訪れる。地味な風貌で、夫婦揃って物静かな雰囲気を醸し出していた。
この夫婦が、初めて施設を訪れた時に応対したのが健人である。いつもの人当たりの良さを発揮し、礼儀正しい態度で挨拶すると、院長のいる部屋まで案内する。夫婦は、そのやり取りで健人のことを気に入ってしまった。早速、この少年を養子にしたい……と申し出る。
健人は最初、その申し出に対し微妙な様子であった。だがリーダー格である正樹に説得され、養子となることを受け入れたのである。
ほどなくして健人は夫婦の家に引っ越し、北村姓を名乗る。もっとも、四人の絆は切れることがなかった。週に一度は電話をしてきたし、手紙のやり取りも頻繁にあった。時には、夫婦に連れられ施設に遊びに来ることもあった。
「中学生になったら、スマホを買ってもらえるかもしれないんだ。そしたら、毎日連絡するよ」
健人は、ことあるごとにそう言っていた。施設にいる三人にとっても、中学生になるのが楽しみになっていた。中学生になれば、以前のように健人と毎日話せる……無邪気に、そう思っていたのだ。
この時の彼らは、自分の行く手に何が待っているのか知らなかった。また、知るはずもなかった。大半の子供たちは、自分の未来が明るいものだと信じている。
正樹たちウルトラバスターズの面々も、そうであった。正樹の夢はボクシングの世界チャンピオン、蘭の夢は学校の先生、力也の夢は金持ち……そんなことを考え、語り合っていた。
平和な日々の裏で、悪魔が微笑んでいるとも知らずに──
しばらくして、蘭にも転機が訪れる。彼女も、養親が決まつたのだ。
ある日、若い夫婦が施設を訪れた。まだ二十代だが、体に問題があり子供を授かることが出来ないのだという。喫茶店を経営しており、夫婦揃って派手な見た目である。健人の養親とは、真逆のタイプに見えた。ただし腰は低く礼儀正しい態度であり、子供らと接する時も笑顔を絶やさなかった。
この
もっとも、彼女の方は嫌がっていた。元来、蘭は人見知りな性格である。みんなと別れたくない……と言っていた。だが、この時も正樹が動いた。丁寧な口調で説得し、養子になることを承知させる。
やがて、蘭も養親の家に行き、本広の姓を名乗る。ウルトラバスターズは、ふたりだけになってしまった。
蘭からの連絡は、それきり途絶えてしまう。
向こうからはもちろんのこと、こちらから手紙を出しても返事はこない。電話をかけても「今は出かけてる」などと言われるだけで、取り次いでもらえないのだ。
ある日の学校帰り、ふたりは秘密基地にて話し合っていた。
「これは、ちょっと変だな」
正樹が言うと、力也も頷く。
「そうだよ。絶対におかしい。ねえ、ふたりで蘭の家に行ってみようよ」
しかし、正樹は首を横に振る。
「まあ、待てよ。俺たちだけで、あいつの家まで、どうやって行くんだ?」
「そ、それは……」
口ごもる力也に向かい、正樹は冷静な口調で語る。
「俺たちには、電車代もバス代もない。自転車で、すぐに行ける距離でもない。簡単には行けないぞ」
「じゃあ、このままほっとくの?」
「いや、ほっとくとは言ってねえよ。ただな、あいつにも違う友だちが出来たのかもしれない。俺たちが行っても、歓迎されないかもしれないんだぜ」
「そうか。俺たち、忘れられちまったのか……」
気落ちした様子の力也を見て、正樹は溜息を吐く。
「しょうがねえなあ。夏休みになったら、いっぺんだけ自転車で行ってみるか?」
「えっ? でも、遠くて自転車じゃあ行けないって……」
「確かに、学校帰りに行ける距離じゃない。でもよ、夏休みなら学校がないだろ。だから、自転車でも行けるんだ」
「あっ、そうか!」
「けどな、はっきり言って蘭の家は遠いぞ。下手すりゃ泊まりがけになる。そうなると、帰ったら院長に叱られるだろうな。反省室行きは間違いないぞ。それでも行くか?」
「もちろんだよ!」
力也は即答した。反省室とは、悪いことをした子供が入れられる部屋だ。彼らふたりは、何度か入れられていた。
もっとも、蘭に会えるなら、あんなもの怖くない。あと何回でも入ってやる……力也は、そんな気持ちであった。
しかし、続けて放たれた言葉はシビアなものだった。
「それだけじゃねえぞ。さっきも言った通り、あいつは別の友だちが出来たのかもしれない。俺たちみたいな施設の子供とは、友だちだと思われたくない……そんなこと言われるかもしれねえぞ。それでも行くのか?」
その問いに対し、力也はとっさに答えられなかった。もし、そうだとしたら……自分たちが行くことは、迷惑なのかもしれない。そんな思いが、頭を掠める。
力也は迷った。だが、結局は会いたい気持ちの方が勝つ。
「いいよ。行く」
「わかった。じゃあ、これから計画を立てねえとな」
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