ラストステージ

 やがて、エレベーターが停止する。

 蘭は、両腕を黒服に抱えられた状態でエレベーターを出た。引きずられるような体勢で、通路を進んでいく。

 今までとはうって変わり、壁はベージュ色に塗られている。先ほどまでいた地下迷宮が牢獄なら、ここは病院のような雰囲気だ。床も、タイルカーペットが敷き詰められている。天井の明かりも、優しい感じだ。

 歩いていくうちに、通路の端に扉が見えてきた。片方の黒服が、その扉を開ける。蘭を、引っ立てるような格好で扉の向こう側へと連れて行った。

 そこは、小さな部屋になっていた。六畳ほどの広さで、綺麗に掃除されているが、家具らしきものは何も置かれていない。がらんとした殺風景な印象だ。向こう側に、もうひとつ扉が付いている。

 そんな部屋の中央に、ひとりの男が立っている。蘭を見るなり、ニヤリと笑った。直後、大袈裟な仕草で頭を下げる。


「やあ、冬月蘭さん。はじめまして、俺は直島力也だ。このゲームのスタッフであり、君をプレイヤーとして推薦した者でもある。完全制覇とは、実に誇らしいねえ。さて、君はこれから安藤さんと対面し、賞金を受け取るわけだが……」


 直島は、そこで言葉を止めた。作業着に包まれた蘭の体を、上から下までじっくりと眺める。なめまわすような目つきだ。

 不意に、ニヤリと笑った。


「今から、君には身体検査を行う。俺が直々に、じっくりと検査するからな。体の隅から隅まで、きっちりとやってやる」


 言いながら、顔を近づけていく。その目には、異様な光があった。

 と、直島は視線を移す。黒服のふたりを睨みつけた。


「お前らも気が利かねえなあ。そんなんで、よく今まで務まっていたもんだ」


「はい?」


 黒服のひとりが、怪訝な顔で聞き返した。


「はい、じゃねえんだよ。身体検査は、俺が直々に行うって言ってんだ。つまり、お前らは外で待ってろってことだよ。いちいち説明しなきゃわからんのか? お前ら、本当に無能だなあ。そんなんじゃ、出世は無理だ。今のうちに転職を考えとけ」


 すました顔で、直島は言ってのける。そこで蘭は、ようやく何をされるか気づいたらしい。慌てて、黒服のふたりに叫ぶ。


「ま、待って! 行かないで!」


「黙れよ」


 冷酷な表情で言いながら、直島は蘭の襟首を掴んだ。次の瞬間、一気に引きずり倒す──

 蘭は、どさりと倒れ呻き声を漏らした。一方、直島は黒服の方を向く。


「さっさと行けよ。俺はな、ヤッてるところを見せる趣味はねえんだ。なあ、俺は安藤さんに全権を委任されて入るんだよ。俺に逆らうってことは、安藤さんに逆らうのと同じことなんだぜ。わかってんのか?」


「わかりました」


 ふたりは、呆れた表情を浮かべつつ出て行った。一方、直島の顔つきは一瞬で変わる。


「さて、始めるとしようか。俺はな、カメラでお前のことを見ていた。ずっと、この時を待ってたんだよ」


 直後、その手が彼女に伸びる。作業服のボタンを外し始めた──

 




 しばらくして、ドアが開く。続いて、声が聞こえてきた。


「ほれ、終わったぞ。こいつの体は、隅から隅まで調べた。何も持ってないぜ。さっさと連れてけ」


 男たちの顔を見ようともせず、直島は命令する。ふたりが部屋に入ると、蘭がすすり泣きながら立っていた。衣服は乱れており、手錠は掛けられている。何が行われていたかは、考えるまでもないだろう。

 直島はというと、冷めきった表情を浮かべて立っている。彼の着衣も乱れており、急いで服を着たという感じだ。

 そんな格好の直島は、蘭のことなど見ようともせず黒服に指示する。


「ほら、さっさと連れて行ってくれ。安藤さんがお待ちかねだぞ」


 素っ気ない態度だった。黒服は、表情を崩すことなく蘭を連れ出した。

 すると、蘭は去り際に直島を睨みつけた。その口からは、こんな言葉が放たれる──


「殺してやる……絶対に殺してやるから」


「そうかい。楽しみに待ってるぜ」


 直島は、臆する気配なく言葉を返した。




 蘭は黒服に連れられ、通路を進んでいく。やがて、ひとつのドアの前で立ち止まる。

 ドアの横には、ひとりの男が立っていた。紺色のスーツ姿で、髪は真っ白だ。年齢は五十代から六十代と思われるが、背筋はピンとしており顔もシャープである。

 中年男は、傲慢な顔つきで口を開いた。

 

「ここから先は、私が連れていく。お前たちは、もう引き上げていいぞ」


「た、竹本さん……おひとりですか?」


 黒服のひとりが尋ねると、竹本と呼ばれた男はじろりと睨む。


「どういう意味だ? 私ひとりでは不安だとでも言いたいのか?」


「いえ、そういうわけでは……」


 黒服は、慌てて首を横に振った。すると、竹本は無言で手を振る。犬を追い払うような仕草だ。 

 ふたりの黒服は、蘭を置いて引き返していった。一方、竹本は無言のまま、蘭の腕を掴み引いていく。

 やがて、ひとつの扉の前で立ち止まった。脇には、タッチパネルが設置されている。すると、竹本ほ蘭の方を向いた。


「お前はこれから、安藤さんから賞金をいただく。失礼のないようにな」


 そう言うと、竹本は入口のタッチパネルに触れた。慎重に指を滑らせ操作する。数秒の後、ドアが開いた。

 蘭は竹本に連れられ、室内へと入っていく。ふたりが入ると同時に、ドアは自動的に閉まり、ガチャリと音がした。施錠されたのだ。


 その部屋は、想像とは真逆であった。余計なものは何ひとつ置かれておらず、先ほど身体検査をした部屋とほぼ同じ造りであった。

 部屋の中央には、ふたりの男がいる。ひとりは、ポロシャツ姿の大男であった。蘭が高く見上げてしまう位置に、座布団くらいの巨大な顔が付いている。横幅も広く、ゴリラが細く見えるほどだ。ポロシャツから出た腕は太く、蘭のウエストくらいはあるだろう。並の人間なら、片手で押し潰してしまえそうである。

 その横には、車椅子に座る男がいる。緑色のTシャツを着ており、髪は長めだ。肌は白く、不健康そうな感じである。顔立ちは悪くないが、イケメンというよりも幼いという印象の方が強いだろう。

 この車椅子の男こそが、死願島遊戯の主催者・安藤敏行である。直島ですら、直接会うことの出来ない裏社会の大物だ。

 安藤は、自信たっぷりという表情で口を開いた。


「よくぞ生き残った。君は、本当に素晴らしい勇者だ……」


 そこで言葉は止まる。彼は突然、強烈な違和感に襲われたのだ。何かがおかしい。室内の空気までもが変わっている気がするのだ。

 その源は、冬月蘭にある。今まで安藤は、画面越しにしか彼女を見ていなかったが……その印象は、ひ弱てピイピイ泣いており井上に守られているイメージが大きかった。

 ところが、今はまるで違うのだ。彼女は今、迷宮内でカメラ越しに見ていた人物とは別人へと変貌している。

 驚く安藤の前で、さらなる変化が起きる。蘭は突然、手錠の付いた両手を下に向けた。次の瞬間、蘭の手首から手錠が滑り落ちていく。

 ガチャンと音を立て、手錠が床に落ちた。手のひらで止まるはずの手錠が、あっさりと落ちてしまったのだ。

 彼女は動きを止めず、左手で作業ズボンを緩める。ほぼ同時に、ズボンの中に右手を入れる。

 作業ズボンは一気にずり落ち、下着しか付けていない腰回りと引き締まった形のよい脚があらわになった。だが、そんなものを見て鼻の下を伸ばしている者はいなかっただろう。

 なぜなら、彼女の右手には拳銃が握られていたからだ。ズボンの中に隠していたのか──


「くたばれ! クズ野郎!」


 叫ぶと同時に、蘭は拳銃を構えた。銃口は、ボディーガードに向けられている。

 一瞬の隙も与えず、発砲する──

 最初の一発は、ボディーガードの額を捉えた。蘭は躊躇せず、続いて第二弾を放つ。弾丸は、正確に安藤の眉間を捉えた。無論、生きていられるはずもない。一瞬遅れて、ボディーガードは崩れ落ちる。安藤はというと、車椅子の上で絶命していた。

 間髪入れず、蘭の銃口は次の的へと向けられる。入口のところにいる竹本だ。この男は、予想もしなかった事態を目の当たりにし、呆然となっている。

 だが、それも仕方ないだろう。ここに、武器は持ち込めないはずだった。入る前に、直島がきっちりと蘭に身体検査をしたのだ。拳銃を、いつの間に仕込んだのだろうか。それに、あの手錠はなんだ。どうやって外した?


「ドアを開けろ!」


 喚く蘭。その時になって、竹本はようやく何が起きたかを把握したらしい。途端に、足がぶるぶる震えだす。

 それでも、彼とて裏社会の住人である。どうにか意地を見せた。


「てめえ! こんなことして──」


 そこまでしか言えなかった。銃声が轟き、竹本の足元を銃弾が掠める。恐ろしいほど正確な射撃能力だ。素人では、絶対にありえない腕前だ……。


「早くドアを開けろ!」


 蘭の射撃と怒声の前に、あっさりと意地は打ち砕かれる。もはや、抵抗することなど出来なかった。


「は、はひ!」


 竹本は、震える手でタッチパネルを操作した。先ほどまでの傲慢な態度は、完全に消え失せている。

 すぐにドアは開いた。ほぼ同時に、入ってきた者がいる。直島だ。ドアの前で、じっと控えていたのだろうか。

 直島は、険しい表情で室内を見回す。と、竹本が叫びだした。


「こいつだ! この女がやったんだ! 女を殺せ!」


「うるせえよ。お前、ちょっと黙ってろ」


 言ったかと思うと、直島は脇から拳銃を抜いた。銃口を、蘭に向ける。

 ニヤリと笑った。


「よくやったよ、蘭。上出来だ」


 直後、引き金をく──

 蘭は、衝撃でよろめいた。一瞬遅れて、胸が赤く染まっていく。彼女は、信じられないという表情で己の胸を見つめた。

 だが、それも長く続かない。苦悶の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちる──

 途端に、竹本が騒ぎ出した。


「お、お前……よくやったぞ!!


「うるせえって言ってんのが、わかんねえのかアホ」


 冷めた口調で言うと、直島は銃口を中年男に向ける。何のためらいもなく、引き金を弾いた──

 弾丸は、中年男の顔を貫く。当然ながら、即死である。無言のまま、バタリと倒れた。

 次に直島は、天井を見る。真ん中にカメラが付いていた。今、部屋で起きた惨劇を全て録画しているはずだ。

 直島は、銃口をカメラに向ける。

 銃声が轟き、カメラは粉々に砕けた──



 




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