第11話 攻め上手な男の娘

 近くで震える二人の拳。

 遠くで震える巨大な果実。


「先輩、何してんですか?」

「尾行だよ、木下の」


 そう言うと、辺りをキョロキョロし出す斎藤。


「ホントだ、ペロ下さんですね。チャンスです」

「お前も来るのかよ?」

「いけませんか?」


 チラリと二人に視線を送ると「別に気にしてないけど」的な顔をしてはいるが、内心煮えたぎっている様子だった。


「じゃあ静かにな」

「らじゃ! ところで、このまな板さんは?」

「はあ!? ふざけ――」


 木下にバレたらマズいので、俺と天音が急いで佐倉の口を塞ぐ。

 佐倉の目は「この小動物、絶対始末してやる」と言わんばかりだった。


 しばらく歩くと、以前と同じく屋上方面の棟に行き着いた。


「また獲物をペロペロするんですかね?」

「知らん! 黙ってろ」

「冷たーい」


 佐倉、天音、俺、斎藤、と縦に並んで歩く。


 屋上の方へと上がっていく木下を、下から追いかけた。

 佐倉、天音、両方のパンツが見える。悟られないようにしなければ。


「黒と白。オセロガール」


「「――ッ!!」」


 斎藤の一言に二人がスカートに手を当てる。なぜか俺が睨まれる。


「見てない、見てない。何にも見てない」


 渋々ふたりは許してくれた。


「わたしのならいくらでも見せましたのに」


 不埒なことを口走る斎藤を無視して上る。


「ああーん、冷たーい」


 最上階まで行くと、屋上への扉が少しだけ開いていた。

 恐る恐る開けてみる。


 ――ッ!?!?


「待てっ!! 早まるなっ!!」


 屋上の策に上り始めていた木下に大声をかける。


「な、な、な、何なんですか、あなたたち……っ」


 俺の声に気が動転したのか、柵を上りかけて止まっている。


「死ぬなんてやめろって! 生きてたらいいことあるって!」

「そーですよ。わたしみたいな子猫ちゃんのお股ペロペロできたりしますよ?」

「斎藤ッ!! 黙ってろ!!」

「ほ、ほ、放っといてください! ぼ、ぼ、僕なんて、僕なんて……っ」


 ボロボロと泣き始める木下。


「ねえ木下くん。なにかあったの? よかったら、わたしたちに言ってみて」


 聖母な天音に少しだけ傾く木下。


「そーだぞ木下。男なのに背が小さくて弱っちぃなんて気にすんな!」


 佐倉の暴言にそっぽを向き始める木下。

 マズい空気だ。


「俺は羨ましいぞ! 男なのに女っぽくて綺麗だしさ、色白だしさ。俺なんてこんなだぜ」


 シャツの裾を捲って、色黒さと腹筋ゼロのお腹を見せる。

 少しだけ木下がやめようかなという様子を見せる。


「ヒューヒュー色男ー。あの舐めテクなら世の女性たちはイキ狂いだぜーーい!」


 斎藤の一声に、無心で上り始める木下。


「斎藤ッ!! お前ッ!! 余計なことをっ!!」


 俺が慌てていた時だった――


 ビューンという音がするほどの速さで佐倉が駆けていく。流石はスポーツ特待生。

 木下は上り切る前に引きずり降ろされた。


「は、は、放して……っ」

「甘えんな!!」


 佐倉は仰向けになった木下の頬をパーンと叩いた。


「誰だって死にたくなることあるけど生きてんだよ! 頑張れよ!」

「そうだよ木下くん。わたしたちと一緒なら楽しいことあるって」

「そうだぞ木下。もう俺たち、親友じゃないか」


 青春映画のワンシーンかのような感動の瞬間。

 木下も吹っ切れた良い表情だ。


「木下、名前聞いても良いか?」

「はい。木下きのしたりん、二年です」

「良い名前じゃないか」

「ありがとうございます」


 五人それぞれの自己紹介を終えて固く握手を交わす俺と木下。

 その柔らかな手と名前の響きから、実は女の子なんじゃ、と思ってしまったことは内緒だ。


「あのーペロ下さん? もっかい舐めてもらっても?」

「アンタねえ!! さっきから聞いてりゃあ!!」


 佐倉が立ちあがり、斎藤の胸ぐらを掴んだ。


「舐めるって何のこと……ですか?」


 ポカンとした顔で尋ねる木下。

 やはり佐倉の時と同様、あの時の木下には何かが憑りついていたらしい。

 斎藤は酷くガッカリした表情をしていたが。

 そんなに気持ち良かったのだろうか?


「で? アンタはなんで死にたかったの?」


 佐倉の言葉に木下が話し出す。


「実は…………姉に……恋しちゃって」


「「「ええっ!?!?」」」


 斎藤以外の俺たちが同時に声をあげる。


「ち、違います! 姉と言っても義理です」

「義理でもマズいだろ。ちなみにどこが良いんだ?」

「普段すごく冷たいんですけど、ちょっとした時に優しくて」

「ハル先輩とわたしのような関係ですな」

「うっせえわ!!」


 そんな中、ひとり考え事をしていた天音が言った。


「ねえ木下くん、お姉さんって銀髪?」

「はい、銀髪でショートヘアです」

「やっぱり! それじゃあモカちゃんが言ってた人って義理のお姉ちゃんだったんだよ。犯人とかじゃなくて良かったぁ」

「いやいや甘いですね二葉先輩。実はその義姉さん、薬や化学の知識が豊富で日夜あやし~い実験に余念がないかもです。ペロ下さん、義姉さんのお仕事は?」

「その呼び方やめてください……。カメラマンです」

「ぬーーー」


 自分の読みが外れたことで面白くないと言った顔をする斎藤。


「ところで犯人って?」


 木下はまだ知らなかった。

 前科があるから不審ではあるが、ある意味木下も犠牲者とするのなら、俺たちの怪奇探偵の一員に迎え入れても良いのかもしれない。

 人数は多い方が良いかもと軽い判断をした俺は、佐倉にした時のように一部始終を説明した。


「あれれー、わたし初耳なんですけどー」


 斎藤がいることをすっかり忘れていた。

 全部聞かれてしまい、時すでに遅しだ。味方だと信じたい。


「ごめんねモカちゃん、黙ってて」

「いいですよー。ってことはあれですよね。ハル先輩と二葉先輩は使用済み、と」


「「こらっ!!」」


 見方であっても鬱陶しい発言に、俺と天音は声を荒げる。


<ピロピロ――ピロピロ――>


 また突然鳴り響く俺のスマホ。


 ――ッ!!


「なんだよ……コレ」


 送られてきた写メを見て、手が震える。

 なにせ、そこに写っていたのは、後ろ手に縛られ、口に布を噛まされた姉貴だったのだから。

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