第10話 お楽しみ

 あの時は白い液体が入っていたはずだが、成分調査を恐れてなのか、中身は抜き取られ、丁寧に洗い終えてある。


「クソ……っ。やっぱ姉貴か……っ」

「でもさ、それだとアタシの水筒に入れたのってお姉さん? 面識ないんだけど」

「お前、姉貴が犯人だって言ってたんじゃねえのかよ」

「いや、そうだと思いたいんだけど、なんか気になったから」

「確かにそうだよね。深月ってここ来るの初めてだし、雫さんと会ったこと一度もないもんね」

「いやそれはアレだろ。お前らが出掛けてるとこを見てってヤツだろ」

「けどさ、今日は体育もなかったし、アタシが水泳部だなんて知るはずないし。それにお姉さんみたいな部外者が校内うろついてたら目立ち過ぎない?」

「確かに……。姉貴、無駄に綺麗だからな……」


 ふと二人の方を見ると「シスコーン」と言わんばかりの顔をしていた。


「ちが、俺は別に。姉貴のことは大っ嫌いだからな?」

「べつに聞いてないんですけどー」

「深月に同じくー」


 二人からヤジを飛ばされていた時――


<ピロピロ――ピロピロ――>


 俺のスマホが鳴り出し、名前を見る。


「ヤツだ! こんな時に」


 画面には斎藤(問題児)と表示されていた。


「はい、もしもし」

『ふふっ、お楽しみでしたか?』

「まさかっ!! お前の仕業かっ!?」

『はい? 何のことです?』


 言葉に詰まる俺。

 白を切っているとしたら良いが、本当に知らないのなら情報開示するのは危険すぎる。


「……なんでもない。何の用だ、こんな夜中に?」

『冷たいです先輩。せっかくバスタイムでぬくぬくしてるってのに』

「知るかっ!! またおちょくってるんだろ!」

『ホントにバスタイムなんですってー。写メ送りましょーか?』

「要らん!」

『あら残念。イイコト教えてあげよーと思ったんですけどね』

「イイコトって?」


 二人の様子を確認しながら電話を続ける。

 なぜか少しだけ、ふたりとも不機嫌な気がする。


『そーですねー。それじゃあ今から送るわたしの写メ、待ち受けにしてくれたら考えます』

「はあ!? そんなんするわけ……」

『いーんですか? とっておきのネタですよ?』

「…………どんな写メ送るつもりだ?」

『肩から上の愛らしい入浴シーンですけど? あー、おっぱいも付けときます?』

「おっぱいは要らんっ!!」


 そう言った瞬間、ふたりの顔が凍り付くのが分かった。

 天音と佐倉が抱き合いながら汚物を見るような視線を送ってくる。


『しょーがないですねー。じゃあM字開脚を』

「切るぞ」

『あーー、待ってくださいよ先輩。ホントーに待ち受けにしてくれるんですよね?』

「ああ、変なヤツじゃなければな」

『わかりました。それじゃあ言います。今日、先輩たちと別れたあとペロ下さんを見掛けたので尾行してみたんですけど』

「ペロ下って? あっ、木下か」

『察しがいいですねハル先輩♪ そうです、あの舐めウマな木下さんです』

「そんな情報要らん! 早くしろ」

『冷たいなぁもう。それがですね、スラーッと背の高い女性と密会してたんです』

「本当かっ!? どんな容姿だ?」

『銀髪ショートのスーツ女子です』


 銀髪……。

 姉は茶髪だから違うようだ。


「そうか。他に情報は?」

『はい。その女子、清楚な顔して淫乱っぽかったですね』

「なんでそんなこと分かんだよ?」

『女の勘です』


 一番信用ならない言葉を聞いた。

 それ以上情報はなさそうだったので、電話を終えた。


「偉く楽しそうなことで」

「ホントホント」


 深月が言って天音が相槌を打つ。


「違うっ!! 楽しくなんかない! ヤツは俺の悩みの種だ! 鬱陶しいだけなんだ!」

「で? その子どんな容姿?」

「んーっとねー、小さくて結構美形だよ」

「ふーん、天音が言うんだからスペック高そう。そりゃあ興味も沸くか」

「沸くかっ!! 嫌々だっつってんだろーが!」


<ピロピロ――ピロピロ――>


 写メが届いたようだ。

 タップしてみる。


 ――ッ!?


 写っていたのは、浴槽から少し立ち上がり、右腕で胸を隠しながらウインクする斎藤の姿だった。


 これを待ち受けにしろというのか。


「なになに? ハルくん見せて?」


 俺のうしろに回り込もうとする天音をサッと避ける。


「何してんのよ! 見せなさいって!」


 同じようにテリトリーに入ろうとしてくる佐倉をかわす。


「ちょっと天音っ!! 押さえて!!」

「了解!!」

「よせっ!!」


 あっけなくスマホは奪われた。


「暗証番号は?」


 FPSゲームの待ち受けロック画面になったスマホを佐倉が見せてくる。


「ど忘れした」


 幸い、指紋認証システムのないスマホだ。助かる。


「神崎のことだから天音の誕生日とかじゃないの?」


 ――ッ!!


 佐倉に言い当てられ、目が泳ぎ出す。


「絶対違うよー。ハルくん、わたしのことなんて何とも」

「わっかんないって。ゲーム命みたいな陰キャ顔して夢の中じゃ何度も襲ってるかもよ?」

「もう! やめてよ深月」


 非常にマズい状況だ。七夕をタップされたら終わる。


「えーっと、天音の誕生日はーっと。七夕だったよね? 0707っと…………おっ、ビンゴ!!」

「えっ!? ハルくん」


 自分の誕生日が解除番号だと知った天音が頬を赤くしてこちらを見てきた。

 恥ずかしすぎる。


「ちょっとアンタ……っ。コレなに?」


 それは斎藤から送られてきた画像。

 それを見たふたりは違う意味で頬を赤らめている。


「こんなの消しちゃお」

「待て天音っ!!」


 制止させたことで二人の血の気が引く。


「神崎……アンタ……保存する気?」

「ハルくん……ガッカリだよ」

「違うっ!! 約束したんだ! 今から送る画像を待ち受けにするって。情報を聞き出すための口実で仕方なかった」

「けどホントに待ち受けにする必要ないよね?」

「待ち受けになんてするはずない! ただ、もし削除したと知ったら斎藤が何をするか……っ。分かってくれ天音。俺も渋々なんだ」

「渋々こんな画像残すヤツがおるかーーーッ!!!」

「痛っ!!」


 佐倉の強烈なキックが俺を襲った。



※※※



 次の日の昼休み、俺たち三人は木下を尾行している。未だ天音が少しばかり不機嫌であることは忘れよう。


「センパーイ♪ お楽しみですかーー♪」


 事の元凶が向こうから走ってくるのが見えた。

 横に居る天音と佐倉に険しさが蘇っていた。

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