第9話 あわや犯罪者

 今にも泣きだしそうな天音に俺は言った。


「天音っ!! コレの鍵を探せっ!!」


 ベッドの足に繋がった方の手を動かした。


「わ、わかった」


 天音が入り口付近に置かれた鞄に手を伸ばそうとした時――


「クソっ!! 暴れるなっ!!」


 佐倉が異常なほど暴れまわり、額に汗をかいて焦っている。

 その行動で確信が持てたのか、天音が必死に鞄を探っている。


「あった!! ほら!!」

「よし!! 俺の右手だけ外せ!!」

「うん!!」


 ゆっくりとカギを持った天音が近づいてくる。


 次の瞬間、


「痛――ッ!!」


 佐倉の足が天音の腹を直撃する。

 カギが転がり、俺と佐倉のど真ん中にやってきた。

 空いた左手で取ろうとした佐倉を柔道の絞め技らしく羽交い絞めにしてやる。


「チッ……」


 もう少しの所で届かない佐倉の左手。

 すかさず俺は全力で佐倉とつながった左手に力を込めた。


「よしっ!! 取れたっ!!」

「返せっ!!」


 先に俺の手の中に入ったものの、抗う佐倉が鬱陶しい。

 これじゃあ鍵穴に刺すどころじゃない。


 その時――


「――ッ!?!? 放せっ!!」

「イヤっ!!!」


 後ろから必死に天音が佐倉を押さえ込んでいる。

 その隙に俺は右手の鍵を開け、佐倉の左手に付けてやった。


 そして、すかさず俺の左手の手錠を外し、それもベッドの足に取りつける。


「よし!! 勝った!!」

「グゥゥゥゥ!!」


 両手をベッドの足に繋がれて仰向けになった佐倉が、足をジタバタさせながら、さも猛犬かのように唸っている。


「残念だったな。お前、佐倉じゃないだろ?」

「えー、なに言ってんのー。アタシ佐倉だよ?」


 またぶりっ子のような演技を見せる佐倉。


「じゃあ深月、答えて」

「んー?」

「わたしの将来の夢。ついこの間、思い出し笑いしながら話したんだから覚えてるよね?」

「うん、知ってる知ってる」

「じゃあ言って?」


 だが、佐倉は口を開かない。

 俺と天音は黒だと確信し、互いに顔を見合わせた。


「そんなこと知るわけねーだろバーカ! それじゃあお二人さん、時間切れです。バーイ♪」


「「――ッ!?!?」」


 そんな汚い捨て台詞を吐いて、佐倉は目を閉じた。




 それから経つこと三十分。

 無言で待つ俺たちのそばで静かに佐倉が目を開ける。


「あれ? ここは?」

「深月!? 起きたの!?」


 すぐに親友の下へ駆けつける天音。


 俺も駆けつけようとした時――


「いやぁぁぁぁああああああああああ!!! なによっ!! この恰好っ!!!」


 目に涙を溜めながら足をばたつかせる佐倉。


「落ち着け佐倉! 大丈夫だ!」

「大丈夫なわけあるかっ!! 出てけ、クソ神崎っ!!!」

「はいぃぃぃ!!」


 あとは任せてと言わんばかりの表情の天音を置いて、俺は自室を出た。


 廊下で鳴き声を聞きながら立ち尽くすこと十五分。ようやく静かになった。


『ハルくーん、いいよー』


 その合図を受け、俺は入室する。


「お邪魔しまーす」


 他人の部屋にでも入るかのようなよそよそしさで入室すると、偉くキレた佐倉がいた。


「許してあげて深月。いろいろ大変だったんだから」

「あー、そりゃあ大変でしょうよ。上半身ブラ姿で拘束された女子を陰キャが眺めてたんだから」

「好きで見てたんじゃねえよ!!」

「うっさいわ!!」


 天音に宥められて大人しくなった佐倉に一部始終を説明した。俺と佐倉がしたかもしれないという事実は伏せて。


「佐倉、お前、なんか飲んだか?」

「べつに……。飲んだって言えば、いつも家から持って来てる水筒のスポーツドリンクくらい」

「えっ!? 水筒っていつものあの魔法瓶!?」

「そうだけど」


 目を丸くする天音。その魔法瓶にどんな意味があるというのか?


「ダメだよ深月。魔法瓶にスポーツドリンク入れたら悪くなるんだよ」

「えっ!? そーなの? 初耳ー」

「ひとつ良い勉強になったね深月」

「だねー」

「そんな勉強要らんわっ!! 知りたいのは飲んだものの話だっ!!」


 すかさず突っ込んでみた。


「あー、陰キャの怒鳴り声ウザいんですけどー」

「お前な……っ」

「そうなると、そのスポーツドリンクの中に薬が混ぜられたってことかな?」


 顎に指を添えて考える天音。


「そうなると犯人は学校にいる誰かか?」

「いやいや、さっきの話じゃ、どー考えても神崎のお姉さんが怪しいでしょ」

「いやけど、いま姉貴は温泉に」


 そこで思った。

 本当に温泉に行っているのか、と。


「目覚めた時、ペットボトルも無くなってたんでしょ?」

「ああ」

「わたしも」

「それにさ、ふたりがしたかもだったら、どっちかのベッドに赤いシミがあんじゃないの?」


 俺と天音が顔を合わす。

 俺もあのあと見せてもらったが、天音側のシーツにも赤いシミなどなかった。


「じゃあ答えはひとつじゃん。ふたりともまだ童貞処女なんじゃん?」

「でも、わたし血が……」

「生理不順なんじゃないの?」

「じゃあ俺の血は?」

「擦りすぎじゃない?」

「アホかっ!! 血出るほど擦るかっ!!」

「そんなにアタシの理論を疑うんならお姉さんの部屋、調べたら?」


 正論だ。

 正論なのだが、あの姉、勝手に入ると激怒するからなぁ。


「それじゃあハルくん、行こっか」

「あ、あぁ」


 気乗りしないまま、俺たちは隣の部屋を目指した。




 一応ノックをしてみる。


「温泉行ってんでしょーが」

「一応だ、一応。失礼しまーす」

「そんな怖いん?」

「キレた時だけな。普段は俺の独壇場よ」

「よく言うよハルくん。いつも怯えてるくせに」

「陰キャ、姉に伏す」

「黙れっ!!」


 電気を点けてみると、完璧に整理整頓された姉の部屋が見えた。


「潔癖すぎじゃん!?」

「こんなんだったか?」


 俺が不審がると天音も同じような表情だった。

 小さい頃から知るに、確かに綺麗好きではあるが、ここまでじゃなかったような……。

 これじゃまるで、別の誰かが整理整頓したかのようだ。


 しばらく三人で捜索してみた。


「ねえ、コレ見て!!」


 机の引き出しの中を指差す佐倉。


「「コレっ!?!?」」


 その引き出しの中で目にしたのは、あの時に飲んだペットボトルの容器二本だった。

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