第4話 お仕置き
電話帳から神崎雫の名を見つけてはみたものの、授業中に電話できるわけでも無し。
とりあえずメールだけを送ってみた。
『昨日の飲み物について聞きたいことがある。また昼に電話する』
送信完了の文字に安堵したものの、その後、昼休みまで何の返信もなかった。きっと温泉街をぶらついているのだろう。
昼休み。
天音と佐倉が話をしていた。ちらりと目が合ったが、構わず教室をあとにする。
いつもなら食堂に行く所だが、今日はそんな暇はない。
購買部まで移動して焼きそばパンと牛乳だけを買い、屋上を目指した。
「ここなら誰も居ねえはず」
もぬけの殻状態の屋上に目をやる。
屋上への侵入は禁止されていないものの、なぜかこの学校では不人気スポットだった。
一応建物の陰に隠れながらスマホを取り出す。
そして、元凶の名をタップする。
――ツツー、ツツー、ツツー……。
呼び出し音が終わらない。
一向に出る気配がない。
その後も何度も何度も掛け直してみても姉は出なかった。
たまらず、それならと母の名をタップするが出ない。父も同様だった。
「クソっ!! なんて家族だっ!!」
そんなとき、不意に屋上の入り口が開く音がした。
――天音っ!?!? どうして!?
陰からこっそりと見てみると、そこには初体験の相手かもしれない天音が小さな袋を提げて立っていた。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
――ヤベっ!! どっか隠れるとこは……っ。
そんな場所、ベンチの下にしかなかった。恐らくは隠れていることにはならないほど丸見えだろうが、意を決して体を潜めた。
「居ない……か」
天音の声がすぐ近くで響く。
次の瞬間、ドスンと響く頭上。
奇跡的に気付いていないらしい。学生服の黒を影と勘違いしているのかもしれない。
「はぁ……しちゃったのかなぁ……」
悩みの種はお察しだ。俺も同じだから。
「ハルくん、どー思ってんのかな? わたしとなんかじゃ嫌だったのかなぁ」
――はぁ!? なに言ってんだよっ!!
天音とだったら最高だ、なんて臭いセリフを言ってみたいところだが、隠れている身じゃあ無理だし、それに俺なんかと付き合ったら天音の未来が……。
<ピロピロ――ピロピロ――>
最悪なタイミングで鳴り出す俺のスマホ。
「ハルくんっ!?!?」
音に誘われて俺の居場所が特定された。
急いでベンチ下から飛び出して受話ボタンをタップするも時遅し。
「切れてる……っ」
「雫さんに掛けたの?」
「あぁ」
天音は察しが良い。たまにドジっ子な時もあるが。
「やっぱあの飲み物だよね、原因って」
「だろうな」
天音の隣に座った途端、訪れる静寂。
しばらくして天音が口火を切る。
「聞いてたの?」
「え?」
「わたしの独り言」
「いや、ちがっ、聞くつもりは……っ」
「そっか、聞いてたんだ」
「悪い……」
また静寂が訪れる。
またしばらくして、
「でも良かった」
「なにが?」
「だってほら、初めての時ってめちゃくちゃ痛いって聞くじゃない。その痛みをパス出来たんだし、儲けもんだよ」
「バカ言うなよっ!!」
立ちあがって怒鳴りながら天音の顔を見ると、ポロポロと涙を零していた。
「やっぱ嫌だったんだ……わたしとなんて」
「はぁ!? そういう意味じゃねえよ! もっと自分を大事にしろってことだよ!」
「でも、もう終わっちゃったよ。わたしの処女時代」
「ぐっ……」
拳を握り締める。
そして決意する。
「俺が突き止めてやる!」
「え?」
「天音を泣かせた張本人を探し出してぶん殴ってやる!」
目に憎しみを込めながら言った。
担任は怪奇現象などと言っていたが、そんな現象そうそうあるはずがない。
恐らくは人災だ。誰か黒幕がきっといる。
「わたしもやる!」
「はぁ!? 俺ひとりで良いって」
「なに言ってんの! わたしの処女を奪ったんだよ! お仕置きしてやるんだから」
「痛っ!! なにすんだ!」
俺の額に強烈なデコピンが注ぐ。
「まだ確証はないけど、相手はハルくんかもだからお仕置きしてやりました」
「くっ……。だったら、俺の童貞を奪った罪も償えよ」
「いいよ」
茶色の前髪を左手で掻き上げて額を露にする天音。
「へっ、良い度胸だな。手加減しねえからな」
歯を食いしばって耐える表情を浮かべる天音の額にデコピンスタイルの手を近づける。
「へっ!?」
ほんの少し、撫でるくらいの力でデコピンしてやった。
「一週間の休暇中に指が鈍っちまったらしい」
「ハルくん♪」
お互いにお仕置きをし合い、笑顔になる。
最初は壊すつもりだった付き合いだが、状況が変わった。
俺は天音を守らなきゃならない。命に代えても。
そして、天音にとって俺が邪魔にならないくらい俺が成長すれば良い話だ。陰キャおさらばってヤツだ。
決意を新たに俺たちは立ちあがる。
「つーか、それ」
「あっ、お弁当……。食べる時間ない……」
ドジっ子属性中の天音を笑い飛ばし、俺たちは屋上を後にした。
しかし、次の瞬間、にこやかな気分が壊れることになる。
「(助けて)」
微かにだが聞こえてきた階段下の声。
天音も聞こえたらしく、俺たちは同時に階段を駆けおりていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます