【KAC】蠢く塊

譚月遊生季

蠢く塊

 そうだ。

 散歩に出かけよう。

 そう思い立ったのは深夜。丑三うしみつ時。


 どうして散歩に行きたくなったのか、自分でもよく分からない。

 ただ、気晴らしがしたかったのだと思う。


 愚痴ぐち罵倒ばとう怨嗟えんさうず巻く掲示板BBSの画面を閉じ、パジャマからジャージに着替えてシワだらけのコートを羽織る。不安がないわけじゃなかったけれど、近所は明るいし、ちょっとコンビニ行って帰るくらいの散歩だし、大丈夫だろうと思って外に出た。


 ボサボサ髪のまま、マスクをして歩く。傍目はためからは口裂け女に見えたりしてー、なんて、くだらないことを考えたりもした。

 家から徒歩五分のコンビニで、テキトーにエナドリとスナックとガムを調達し、帰路に着く。

 そこで、「それ」に出会った。


「──」


 地面に落ちた黒いかたまり。最初の印象はそれだった。


「──」


 何か聞こえるけど、何の音か分からない。


「────」


 塊がうごめく。……よく見ると、長い髪の毛が四方に散らばっている。


「おなか、すいた」


 声が聞き取れた。

 ……と、同時に、


「お腹空いた」


 血走った二つの眼が、地面から私を見上げている。

 これは、生首だ。男か女か分からないけれど、いやたぶん女だけれどそんなことはどうでも良くて、生首が地面に落ちている。

 何これ。お腹空いたって、なに?

 頭が混乱し、足はい付けられたように動かない。


「お腹、空いた……」


 生首は同じ言葉を繰り返し、モゾモゾとにじりよって来る。


「ひ……っ」


 思わず、コンビニの袋を取り落とした。

 生首の視線がそちらに向く。


「お腹……空いた……」


 待てよ。

 山でクマに出会った時は、カバンの中身をそっと投げながら後ずさるのが良いって、どっかの動画サイトで見た気がする。目の前の「これ」はどう見てもクマじゃないけれど、ヤバい生き物なのは間違いない。生き物? 生き物なのこれ? ……まあいいや、一か八か、試すしかない。


 そろそろとコンビニの袋を拾い上げ、中からポテトチップスの袋を取り出す。震える手でどうにか開封かいふうし、中身をそっと、地面に投げた。


「……ごはん……」


 生首はモゾモゾと地面のポテトチップスに這い寄り、パリパリと食べ始める。

 そのまま何枚か地面に投げて後ずさり、距離が離れたところで全力疾走。

 マンションにまで辿り着き、無我夢中でエレベーターのボタンを押し、来るのが遅かったのでしびれを切らして階段を駆け上がる。部屋の前で後ろを振り返るが、誰もいない。


 ほっと息をつき、素早く部屋の中に入る。そのままジャージを着替えることなく、布団に潜り込んだ。




 結論を言うと、生首は追ってきた。


「ごはん、ください」


 ゴミ出しに出たら部屋の前で待っていて、今度はキラキラした目で見上げられたので、なんというかもう、全てがどうでも良くなった。

 今は、私の部屋で飼われている。コンソメ味のポテトチップスがお気に入りらしい。

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