第13話「2062/2/15[救世主達の隠れ里]」

「指揮官は、後ろに控えるのが鉄則では?」

「何をいまさら?」

「……すみません、王」


 これも、獅子王が自分に支持を集める為の、方法の一つだ。


――偉大にして、戦争の天才たる獅子王は、今日も兵卒達と、苦楽を共に、してェ!!――


 魅力的、かつ陳腐極まる、偉大な統治者としての、宣伝。


「……私は、自分の目で見たことしか、信じない男だよ?」


 だが。


――しかし、はたして――


 それだけかと、彼は。


――本当に、私は宣伝、それだけの為に、危険を受け入れているのか?――


 時おり、ふと思う。


――まあ、一応は――


 そう、万が一に、自分に何かあった時の為に。


――AI、メガコントロールシステム――


 統治用コンピュータ、それは製作してある。


――実力だけならば、この片腕、チャラに匹敵する――


 優秀な人間、それは確かに相当な数が、獅子王の配下には、いる。


――だが――


 有能さは、野心を導く。


――人間は、私は信用できん――


 そして、このTYOには、もはや内乱。


――そう、有能どもの、権力争いに耐えられるだけの――


 耐えうるだけの余力は、無い。


――能力がありながら、何も求めない、コヤツのような――


 獅子王の後ろに、そっと控える側近、彼のような人間は、極めて珍しいのだ。


「……私は、市民を苦しめる訳にはいかん」

「獅子王」


 そして。


「苦しめる位なら、人間は機械の奴隷でいい……」

「王!!」

「ん!?」


 その当の片腕本人、いつの間にか王の真横に来ていた、側近が。


「あ、ああ何だ?」

「連中のリーダーがあの地点、エリアにいます、王」

「ン……」


 その側近が指差した先、獅子王には、彼の目でもさすがに見えないが、この「人類側能力者」には、見えているのだろう。


「……私に似た、リーダーか」

「狙撃班を用意しますか?」

「……いや」


 さすがに、この腹心は気が利いている。


――腹が、立つほどに――


 獅子王の、私的な部分に踏み入り、気にしてくれる。


――それが、たまにうっとおしい、がな――


 もちろん、その彼の内心など、欠片も顔には出さずに、彼獅子王は。


「私は、いつもより前に出る」

「……またですか」

「不満か?」

「いえ、兵の士気も高まるでしょう」

「……フン」

「兵の不満も高まっているので」

「……」


 獅子王、彼は部下の行いに、かなりの「自由」を認めさせている。


――殺戮、略奪、そして……――


 それは、彼らの「ストレス」の捌け口とさせるためだ、もはや、この世界では。


――そう、生きているというだけで――


 圧迫感、それを常に感じる程の、人の生きづらい、終わる世界。


「ただ、救世主どもの中核には、誰も入れるな」

「……ハッ」


 とは言っても、この側近は常に「万が一」に備えて、王の為に部隊を隠すだろう、それはいい、ただ。


――一度は、自分の息子たる男、彼の顔を見なくては――


 で、なければ彼の、獅子王の気は収まらない。




////////////////




 考えれば、当然の事だ。


「我々、統治軍の方が、圧倒的に数が多いのだから、な」


 ゆえに、隠れ里の者は、指揮官である彼。


「……お前が、獅子王か」

「……初めまして、だな?」


 ノコノコと最前線に出た、獅子王にリーダー、すなわち最大戦力を叩き込むのは、極めて適切。


――しかし、な――


 たしかに、本当に。


――私と、似ているな――


 いや、その声、その姿は。


――そして、彼女にも――


 そう、僅かな望郷、それにも似た気持ちを抱きながらも、獅子王はその利き手に。


「……こい、若造」


 グゥ……


 愛用の銃、やや旧式の「能力者防壁・貫通弾」を装填している、ライフルをだらりと、無造作に下げる。


「……いくぞ、暴君!!」

「……ハハッ」

「何がおかしい!?」

「いや、失敬……」

「……この!!」


 だが、本当に笑わせてくれると、獅子王は思う。


――声が、威勢を駆ける時の声、それが昔の俺と、全く同じか――


 ゴゥア……!!


 まず、獅子王は相手に撃たせる。


――よりに、よって――


 そして。


――このコヤツの焔、本当に彼女のそれに――


 獅子王、彼の能力は一度受けた攻撃を、完全に無効化する事こそは、出来ないが。


 ボゥア!!


「……どうだ、獅子王!?」


 その無効化を行った時の「経験」は。


――推進、威力、まさしく――


 すなわち、データとして、身体に覚えさせる性質もある、そして。


――そう、往年の彼女のそれに――


 隠れ里のリーダーの放った焔、それは。


――全く、同じだ――


 あの「彼女」の、カグツチ刀を使った技でこそない、しかし。


――異能には、遺伝性が極めて強い――


 確か大昔の、怪異との「聖戦」の時の上官、とっくのとうに、獅子王が自ら「粛清」した、その彼の言葉。


――のだよ、オダギリ君?――

――……?――

――あっ、いや深い意味はないが、な――


 なぜ、そんな事を彼が、昔の小僧であった時の、獅子王に言ったのかは解らないが。


――まあ、間違ってはなかった――


 彼、王も数々の捕らえた能力者達、そのサンプルを使用した「実験」によって、同じ結論を出した。


「……ん?」


 そして、この「リーダー」が放った、焔は。


――……何?――


 火焔そのものは防ぎきっている、しかし獅子王は、歴戦の戦士は。


――俺の、異能無力化が、抑えられている?――


 獅子王の能力は「ランク外-異能無力化」であり、すなわち。


――やはり、この作戦前に俺が想像した、私的な仮説――


 彼の能力、それが働かない、抑えられた、という事は。


「俺の息子である、という、その仮説……」


 再度の、昔の上官の言葉。


――異能には、遺伝性がある――


 嫌な、実に皮肉な形での、あらゆる意味での、証明。


――だが――


 この目前の「息子」が、自分に対して、火花が出そうなほどに強く、叩きつけている。


「……さすがに、獅子王だな」

「……そうかい、若造?」

「それで、今まで何人の、我ら救世主を、選ばれた者を殺してきた!?」

「……」


 憎悪に満ちた、言葉と視線。


――まあ、当然だ――


 それだけの事を、彼は。


「だが、貴様に狩られ、モルモットにされた同胞!!」


――私は――


「我々、救世主たちに仇なす悪魔、貴様はこの私が!!」


――そう、俺は――


 人類の為、善の為に、獅子王は罪を重ねた、行った。


――異能者ではなく、人間の味方――


 ガォウカ、カァ……!!


 睨み合う彼らの周囲から聴こえる、銃声と。


 ウォ、オォ……!!


 怒声、そして悲鳴が。


――私は、TYOの、王者――


 この二人を、包み込んでいる。


――死ね、下等な劣等人間ども!!――

――こっちの台詞だ、人の姿をした化け物!!――


 何か、それらの声、同じ人間」達の声を。


――そうなのだ、私は――


 聴いている内に、彼の相眸が。


――私は、人間の側の王――


 獅子王、彼の瞳が、鋭く、まさしく、その名を冠する「獣」のように。


――その道を、選んだのだ――


 強く、狂暴に、熱を帯びる。


――やるか――


 決断、それを何度、この獅子王は繰り返してきた事か。


――許せ、神楽――


 人を何度裏切ったか、そして。


――俺は、正義をやらなくてはならない!!――


 その正義を執行する為に、どれ程の人間を、蹴散らしてきたか。


――俺は王なのだ、市民の安全を、彼らの人生を、保護する義務がある!!――


 ボゥウ、アァ!!


 その決意を固めた獅子王、彼に向かって跳ぶ、追撃の火焔。


――ムッ!?――


 本来なら、この程度の異能など、防げるはずではある獅子王の能力だが。


――遺伝性があるのだよ――


「……やはり!!」


 防御が出来ない、ならばと、煤に覆われた獅子王は。


「長期戦は不利か!!」


 ドゥウ、ドゥ!!


 まずは、例の愛用銃を、この「相手」にフルオートで放ち。


「ムッ!?」


 そして、相手が結界を、対銃撃結界を張らせ。


――昔の、小僧の時の私と同じ位に、駆け引きを知らないな!?――


 わざと張らせ、そして王は、銃を脇に構えたまま連射しつつ、己の身体の出力を。

 

 グゥオ!!


 一気に、引き上げ。


「まさか、この単なる!!」


 腰のカグツチ・コピーを、すでに「焔」を失った、鞘入りのそれを刀と見なさず。


「骨董品が、役に立つとは、な!!」


 鈍器として、野蛮にして明解なる武器とみなし、相手の頭上高く飛翔し、そのまま。


「け、結界属性を!!」

「遅い!!」


 この「息子」の脳天に振り下ろそうと。


「許せよ、許せよ!!」


 した、したのだが。


「……!?」


 ザゥウ……!!


 その時。


――同じ!?――


 先の焔と同じく、獅子王の力を減衰させて。


「……クゥア!?」


 そのまま、吹き飛ばされた王。


――同じ焔、攻撃!?――


 獅子王の感じた、身体で観測した異能、すなわち「データ」では、それは自分の「息子」と同じ異能。


――いや、それどころか!?――


「彼女」の力、それと全く同じ、同質なのだ。


――ならば、もしや!!――


 グゥ!!


 身軽に地面に着地し、軽く「たたら」を踏んだ獅子王は、軽く頭を振り、新手の姿を探ろうとした、その刹那。


――……!!――


 近くの、バラック小屋が、火に。


 サァ、アァ!!


 舞い上がる、焔の翼に、包まれる。


――……アッ!!――


 瓜二つ、まさに。


――バッ、バカな!?――


 同じ顔、同じ黒髪。


――……小田切君、私と――


 同じ声、そして。


――……って下さい、小田切君――

――よ、喜んで、新宮さん!!――


 同じ、焔の羽根、しかも。


――カグツチ!!――


 同じ、刀。


――あの日に見た、ボクのカゾクが、燃えた、日のホノオ……!!――


 獅子王が、その、冷酷無比たる、独裁者の顔が。


「あっ、あっ、あっア……!!」


 歪む。


「ニイ、ミヤ、さん……!!」


 どんな怪異も、どんな困難に会っても、強固な意思を保ち続けていた猛獣の、獅子の顔が。


――……神楽さん、新宮、さん!!――


 無様に、醜く狼狽している。


「神楽、下がれ!!」


――……カグ、ラ!?――


 シャ、アァ!!


夕暮れ、夕陽を背に浮かぶ、焔の。


――名前マデ、そうなのか!?――


 燃える翼の、少女。


「父さん、ここは私が獅子王を!!」


――……!!――


 そして、その言葉、それで全てが。


「この悪しき獅子王、独裁者を倒す!!」


 解った。


「や……!!」

「覚悟、独裁者獅子王!!」

「やめてくれ、新宮さん!!」

「戯れ事を!!」

「神楽さん、やめて!!」

「貴様に、悪魔に私の名を呼ぶ資格など!!」

「助けてくれ、お願いだァ!!」


 が、それが。


……シュ!!


 完全な隙、彼が今まで生き延びる為に、決して見せなかった、それが。


 ドッウ、プ……!!


「……グゥウ!?」


 致命傷、即座に視界がシャットダウンし、そして人工心臓が、動きを停止したのが、解る。


――これは、誰の攻撃だ?――


 痛みはない、ただ。


――息子、か?――


 身体の機能が、ほぼ完全に停止したのは、解る。


――まさか、孫の、カグラによって、か?――


 もはや、確認など、出来る物ではない。


「……王!?」


 それは、腹心の声、だとは思う。


「……小田切、しっかりしろス!!」


――オダ、ギリ……――


 懐かしい、名前。


――……ハハ!!――


 やめてくれよ、チャラ。


――独裁者が、笑顔で死んだら――


 世間様に、申し訳がないだろう。


――……でも、これで――


 終わったようだ、全てが、本当に、何もかも。


――いや、しかし――


 その、脳裏に浮かんだ言葉、今まで、自分が散々、駆逐してきた者、異能者にして救世主として生きた。


――俺達の息子、孫……――


 その、彼らに今さら。


――生きろ、元気でな、と言えるものか……――


 そして、獅子王は。


――……あれは?――


 スゥ……


 その、獅子の手は。


――……焔の羽根?――


 死に行く彼が、伸ばしたその手は。


――焔を纏った、娘……――


 誰に向けて。


――この、イマのボクの腰の刀を帯びた、あの日の、カグラさん?……――


 伸ばされた手だろうか、シワだらけの、傷だらけの。


――結婚しようね、小田切君――

――……ああ、神楽さん!!――


 血塗れの、独裁者の、獅子王の手だろうか。


……トゥ


――……ホウ、まだ?――


 トゥ、ン……


――私に――


 ポトゥ、ン……


――俺に――


 トゥ、ン……


――僕に、涙が、残っていたのか……――


 彼が、独裁者が最後に流した、枯れ果てたはずの涙。


 トゥ……


 それが、彼の、小田切の「護り刀」に落ちた時。


 ウゥン、ン……


 淡い、あかね色の光が、夕陽と共に。


――新宮、サン――


 茜色の焔が、彼を。


――神楽、サン――


 シャ……


 優しく、強く。


――ボクは……――


 暖かく、そして。


――……ボクは――


 美しく、覆った……



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