第10話「2024/2/15[二人の教室]」

 シャア……


 あの災厄の日の、完全な影響を辛うじて免れた、この茜色の学舎、教室。


「……」

「……」


 強い夕陽を、割れた窓ガラスから受けている、この荒れた、すでに廃校が決まった教室の中で。


「……」

「……」


 ひたすら、お互いに。


「……」

「……」


 すでに、もはや更新はされない、絶対にされなくなった、ゲームを。


「……私の勝ち、小田切君」

「……う、うん、新宮さん」


 あの日、僕が家族を失った日に見た彼女「新宮神楽」さんと。


「……ねえ?」

「ん?」


 夕焼けの、眩しい明かりの中で。


「何、新宮さん?」


 オレンジ色に染まった、この二人だけの教室で。


「……その、あの」


 黙々と、動かす。


「あの一年前の日、それの」

「……?」

「半年後、だったわよね?」

「……!!」

「小田切君の」


――月の夜空に浮かぶ、焔の羽根の女の子――


 その、この目の前の彼女を、家族を業火に叩き込んだ、その張本人だと思い。


「渾身のパンチ」

「あうっ!?」

「……あの時は」

「あ、あうあう……!!」


 無謀にも、ただの「高校生」であった僕が。


――お前の、せいだ!!――


 と、彼女に、憎しみを込めて、思いっきり、殴り掛かった時。


「……痛かったんだから」

「あうあう、あうあぁう!!」

「……女の子の顔を殴るなんて」

「ご、ごめごめごめ、ごめんなさい!!」

「最低」

「ひ、ヒィ!?」


 世の中が「換わった」日からは一年、その前日に彼女がくれた「バレンタインチョコ」の。


「ごめんなさい、ごめんなさいィ、新宮さん!!」

「ゲス、最悪、最低、クズ男」

「……ホントウ二、ゴメンナサイ!!」


 嫌な、実に不誠実な「お返し」を行った日からは、すでに半年。


――……ああ、もう――


 そんな事があれば、当然彼女との距離は、より深く縮まる事は、それこそ。


――義理チョコから始まる、彼女彼氏なんて、期待出来ない、よなぁ――


 という、失望と共に、僕の心の中で吐いた。


――……ハァ――


 あきらめに満ちた、重い溜め息とは別に、少しだけ。


「あ、あの新宮さん!!」

「……」


 もう少しだけ、勇気を出して、声を上げたが。


「……なによ、DV男?」

「……ひっ!?」


 うわー!! もうだめだー!!


――おしまいだぁー!!――


 でも、しかし、僕は!!


「こここ、これ!!」

「……」


 往生際が、悪いのかもしれないが、会話をしたい!!


「見て、これを!!」

「……」


 義理チョコから始まる、愛を信じたい!!


「見て見てよ、新宮さん!!」


 と、まくし立てて、僕が携帯ゲームの画像に、映し出したのは。


――獅子王メガ・アレキサンダーEX――


 このゲームに課金無しの僕が、このキャラを手に入れたのは、本当に幸運だったとしか、言いようがない。


「……決して、ランクの割には、最強ではないけど!!」

「……へえ」


 あう、だめだ無反応だ!!


「……?」


 だが、彼女はその無表情のまま、自分の細く、しなやかな指を。


――……最初から思ってたけど、ずいぶん手慣れた、指の動きだな?――


 軽く、自分のゲーム画面にスライドさせた。


「……あっ!?」


 その、彼女のゲーム画面のトップにいる、女性キャラ。


「きゅ、救世の花嫁!?」

「……これ、解るわよね?」

「も、もちろん!!」


 正直、相当の課金、そして。


「……あの、いつからこのゲーム、やってるの?」

「……さあ?」


 時間を掛けなければ手に入らない、最上級のキャラクターだ。


「……まあ他に、私は」


 と、彼女は軽く、己の長い黒髪を、その手のひらで撫でつつ。


「お金を使う、事もなかったから」


 と、事もなげに、言い放つ。


「……」


 そして、僕が。


――……ウワァ――


 僕が覗き見た、彼女のゲーム画面に表示される、その様々な「数値」


「焔の灰燼、灰課金の……」

「何か言った?」

「いやいやいや、いや!!」


 正直、ここまでこのゲームをやりこんでいる人は、今まで見たことがなかった……


「……仕方が無い、ならば」

「獅子王では勝てないわよ?」

「……解ってるけど、救世の花嫁には、到底勝てないけど、しかし!!」

「セカンドキャラでも、相手出来るけど?」

「えっ、そう?」

「これ」


 その、彼女がゲーム画面をスライドさせて、見せたセカンドキャラ。


――ギャー!!――


 ま、まあいい、救世の花嫁よりはマシだ。


「……この獅子王では、新宮さんのセカンドとの勝率は、だいたい三割ほどか」

「ねえ、小田切君?」


 ジャア、ン!!


 あっ、いきなり獅子王がワンパンされ、大火力で燃え尽きた……


「獅子王、結構鍛えているみたいだけど」

「えっ、ああ……?」


 なるほど、よく見ているな。


「小田切君の、このゲームの」


 やはり、このゲームを知り尽くしているのか、彼女は……


「画面を見る限り、他にも良いキャラがいるみたいだけど?」

「まあ、単純な能力なら、確かにそうだけど……」

「……推し?」

「……うん」


 獅子王。


「このね、この獅子王は、ね……!!」


 このゲーム内の設定では、まさに覇王にして王者、僕の最大の推しキャラ。


「この、この獅子王はね!!」


 自我共に認める、陰キャラである僕、その早口は嫌われるとは知っているけど。


「昔、古代に実在した!!」


 せっかく僕に、少しは好意をもってくれている、はずの彼女だから、だからさ!!


「ある、実在の人物の……!!」

「……」


 あれ?


「え、英雄王であって、あって……」

「……」


……やはり、少し色々な意味で、ガツガツし過ぎたかな?


「……それで、小田切君?」


――……ああ――


 彼女の目が、教室の夕陽の暖かさを溶かすほど、冷たい……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る