沖浦数葉の事件簿 ー真夜中の巷でー 【KAC20234】
広瀬涼太
月と天牛
「……ゲン」
月を見上げながら歩いていたら、いきなり名を呼ばれた。
俺……
辺りを見回していると、近くの電柱の影から一人の小柄な女性が姿を現した。
同級生、いや正確にはクラスは違うが同学年で同じ理数部という部活に所属する、
「前から思ってたんだが、その目隠れって何か意味あるのか? 暗いところからいきなり出てこられるとホラーに近いんだが」
「……ねぐせ」
「会話放棄すんなよ……」
そんなことより……と、数葉は俺を見上げ、話を変える。
「……奇遇、だね。こんなところで会うなんて」
「お、おう」
奇遇か? これほんとに奇遇か?
「……コンビニ、行こ?」
「ああ、うん。いや待て、なぜコンビニに行くと知ってる?」
「先々週も先週も、日曜日はこの時間にコンビニ行ったって言ってた」
ありゃ、行動読まれてた? っていうか怖いわ!
「……それとも、二人で深夜の散歩と洒落こむ?」
「いや、コンビニで買い物してすぐ帰る」
「……えー」
「それと今度から、夜に用事があるんなら先に連絡してくれ。ちゃんとそっちの家まで迎えに行くから」
こいつは自分の容姿をよく理解していないんだ。いやそれより今日無事でよかった。
「……あ、う、うん」
近づいてきたコンビニの灯りの下で、数葉は少し頬を赤らめてうなずく。
これくらい言っとけば、そうそう危ない動きもしないだろう。
◆
「……月が、綺麗ですね」
し、知ってる。
コンビニで買い物を済ませた後、結局俺が数葉を家まで送って行くことになった。さすがにこの状況で一人で帰したら俺が馬鹿である。
そして帰り道、妙に静かだと思ったら、急にそんなことを言い出した。
確かに晴れた夜空に浮かぶ月は美しいが、そういうことじゃないですよね、夏目先生。
「この惑星の住人たちは、衛星を
「……ちょ、いきなり外星人にならないで」
すまん。いまはまだちょっと。
「……やっぱり、遠回しじゃダメかな」
そんな声が聞こえた。
え、待って、俺別に難聴系とか鈍感系とか、そういうのじゃないから(なおさら始末が悪い)。
なんで、そんな急に……。
「……好きです…………私の好きな言葉です」
そっちも外星人かよ。
照れ隠しなのか、あっちもネタに走り出したけど、これやっぱり誤魔化しきれないか。
「あ、ありが」
俺もひとまず礼を言おうとして気付く。
さすがに恥ずかしかったのか、俺から目を逸らしていた数葉の表情が、驚愕へと変わった。
数葉の視線を追って振り向いた俺が見たものは、街灯の光に惹かれ、飛んできた一匹の虫。
「……ごっごっごっごっごっごごごっごきっ!?」
「落ち着け! あれゴキブリ違う!」
今は理数部だけど、合併前は生物部だったんだ。あれがゴキブリじゃないことくらい、一目でわかる。
「ほら、ノコギリカミキリだよこれ。カミキリムシ。ほら触角のかたちがぜんぜん違うだろ? まあ、でも一見それっぽいから
「……ぷ」
「ぷ?」
「ぷぎゃーーーーーー!!」
しまった! こいつ虫嫌いだった!
「ちょ、待っ、しがみつくな揺さぶるな首絞めんな」
「〒Q$#㍑≧ゑ∞◎ゎ+д〜ゞ!?」
「いやぐちゃぐちゃの話はもう終わったから!」
「繧ク縺ゅ縺s繧ヨ繧飯縺縺縺縺ヲ」
「虫はもういなくなったから! 胸押し付けんな腕
「「あーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」
◆
いや、警察呼ばれなくてよかった。
「……ごめん」
「いやこちらこそ悪かった」
なんとか数葉をなだめすかして、彼女の家まで送ってきた。
怖くて眠れないから泊まっていってなんて言われたら、どうしようかと思ったが、そんなことはなく。
とにかく、数葉が落ち着いたのを確認して、ようやく俺は家路につく。
まだ全身から、さっきの冷や汗が引いていない。
数葉とは普通に話せるようになったから、これでいいと思ってた。俺をいじめてた女子たちとは違うから、数葉なら大丈夫と思ってた。
だけどこのままじゃ、ここから動けない。だけどこのままじゃ、万一の時に数葉を守れない。
「女性恐怖症、本格的に直すことを考えないと、な」
一人になった帰り道。満月には少し足りない月を見上げ、俺はひとり
―― 了 ――
沖浦数葉の事件簿 ー真夜中の巷でー 【KAC20234】 広瀬涼太 @r_hirose
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