第4話 友達とキス
映画を何作か借りて、鍋の材料と大量の酒を買い、柚葉の家へ向かった。
「ちょっと汚いけど許して」
いつも鍵を開けながらそう言うが、部屋が汚かったことなど一度もない。
いつもきれいで、白と淡いピンクを基調とした、ファッション雑誌に載っているような部屋だ。
二人で立つにはちょっと狭いキッチンで、鍋の準備を始める。
黙々とする風景は、高校の文化祭のことを思い出させた。
面倒くさい作業を押しつけられ、誰も話さずに、黙々と作業とする「おとなしい子」。髪を巻き、化粧をして、綺麗な足を見せつけるかのように短いカートをはき、大声で笑う、「価値のある女の子たち」はお菓子を食べながら、楽しそうに男の子たちとはしゃいでいる。
自分と同じ側ではない人々見下し、笑いながら。今、が永遠に続くと心から信じていながら。
材料を一通りきって、鍋の準備が終わった。ガスコンロと鍋を机の上に設置して、映画をながしはじめ、今日の夜が始まった。
お酒を飲みながら、いろいろなことを話す。脊髄反射の会話。アルコールの力もあって、脳内垂れ流しになる。
「柚葉はさ、将来何になるの?」私は言った。隣り合った肩が触れあい、体温が伝わり合う。
「夕の嫁」
「私の嫁か、それいいね」
床についている手の小指同士が触れあう。
「夕は、どうするの?」柚葉はかわいく首をかしげた。
「宇宙をね、知りたいんだよね」
「宇宙?」
驚いたように、私の顔をのぞき込む。
「うん、宇宙」
「理学部に行ってないのに?」
「ないのに」
私は缶ビールを傾け、たんっと空になったビール缶を机におしつける。
「宇宙を思うとさ、どーでも良くなるの。宇宙が無限で、私が1。無限分の1イコール0。つまり、私は宇宙観点からすると0。だから、私が死んでもさ、生きても、悪いことも、いいことも宇宙を思うと0」
「確かに。宇宙は偉大?」
熱々の豆腐をはしで丁寧に切り分けながら尋ねる。
「うん。柚葉ほどじゃないけどね」
目と目がぶつかり合う。アルコールで柚葉の顔や首筋がほんのり赤くなり、ぎゅっとなる。
柚葉がいきなりずいっと顔を近づけ私が驚いた隙に、キスをした。分かっていたような、わからないような、気持ちがクレヨンで塗りつぶしたようにぐじゃぐじゃになる。
「なんでキスしたの?」
私はそういつの間にか口にしていた。
「友達だから」
「友達だとキスをするの?」
「いや、夕だけ」
「私だからキスするの?」
「うん」
柚葉は、嘘と本当とも分からぬ声で答えた。
「つまり、私は偉大で、無限大だからってこと?」
「そんな感じ」
私はくたくたになった長ネギと椎茸を菜箸で取り寄せた。柚葉を見やると、鼻頭に汗を浮かばせながら、一生懸命に肉に息を吹きかけていた。かわいい。
「柚葉と結婚する人は幸せだね」
私は心の声をそのまま口にしていた。
「なんで?」
と、私の突然の言葉に驚く様子もなく、ただ問い返した。
「柚葉はかわいいから」
「そう?じゃあ、夕は将来幸せになるんだね」
いきなり私の名前が出てき、ひゅっと心臓が捕まれた気分になった。
「そうなの?」
「そうだよ、友達だから」
柚葉は言った。
「友達だから」
私は柚葉の言ったことを繰り返した。
酔っている柚葉は隙だらけで、鎖骨がキシキシして、思わず隣の唇にキスをした。
「なんで夕は私にキスをしたの?」
驚いて、酔いが覚めたような真面目な顔で私に問うた。
「友達だから」
さっきの柚葉を真似るようにして言った。
「友達だとキスするの?」
「そういうわけでもない。柚葉がかわいかったから」
「かわいかったら、キスするの?」
「そういうわけでもない」
柚葉が欲している言葉は、どうしても口からでないで、だせないで、沈黙が二人の間に停滞した。
借りてきたアクション映画が大きなエフェクトがから回ったように響く。
沈黙をさくようにチャイムが鳴った。
柚葉は腰を上げ、玄関先で荷物を受け取り、サインをした。
「何?」
「化粧品」
「ふーん」
先ほどの会話はなかったようにまた、言葉を積み上げていく。
二人ともたくさんお酒を飲んで、何でもないことで笑い、今日の夜、を潰していった。
いつの間にか眠っており、ふと目を覚ますと、目の前で柚葉も突っ伏して寝ていた。近くにあった、毛布を掛けてやり、時間を確認すると夜中の2時半だった。
暑くて脱いでいたカーディガンを羽織り、荷物をもって柚葉の家を出た。
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