第2話 もう少女ではない

外は、すっかり秋らしい匂いがただようになり、心臓がぎゅっとなって、なぜか少しだけ寂しくなる。




安普請のアパートのアルミ製の階段をコツコツと音を響かせながら降りると、私の真下にすむ小学生にちょうど出会った。


          


きれいな目鼻立ちをしている。


めがねをかけ、きつく三つ編みをした髪の毛が2本垂れ下がっている。少し小さめの着つくした制服を着て、校則通りの靴下と赤白帽をかぶっていた。




目線を合わさずに、早口でおはようございますとつぶやくと、私が挨拶を返す間もなく、学校の方向へすぐに走って行った。




ぐわんと視界が揺れ、脳味噌の切れ端からえずくような痛みが鈍く打ち付ける。




目をぎゅっとつぶり「私はもう少女ではない」と強くいいきかせ、何かが破裂して飛び散ってしまいそうなのをぐっとこらえる。




どれほどそうしていたのだろうか、目を開けると、隣にはこのアパートの大家さんが立っていた。




「あなた大丈夫?」




見た目は小柄なおばあさんだが、発する声はとても野太く、未亡人の強さがどことなくにじみでている。




「大丈夫です。ちょっと貧血起こしちゃって」




「とても苦しそうにしていたから」




真っ白に染め上がった髪が太陽の光を受けて爛々と光っていた。その髪の毛は、広い海が太陽に照らされて独特のきらめきをまとう、それと同じだった。




「もう元気です」そう言って、口角を上げた。




「そう、よかったわ。あの小学生の女の子、悪い子じゃないんだけどね・・・」




頭上で青い鳥がきゅるると鳴き、近くの大きな木に飛び移った。




「あぁそうだわ。あめ、あげる」と大家さんは言い、ポケットに入っていた、オレンジと緑のあめ玉を私の手のひらにコロンと乗せた。




「ありがとうございます」




「これから大学?頑張ってね」




「はい」




そう私が言うと、満足した様子で、手に持っていた竹箒で落ち葉の掃除を再開した。




私は大学に向かって歩き出した。




銀杏が大量に立ち並ぶ私の通学路は、この時期になると真黄色の絨毯を一面にひいたかのように銀杏の葉っぱが降り注ぐ。昨日より増した黄色の濃度になんとなくうれしくなり、心の中で音楽をかけながら軽やかに歩いていく。




いつも同じところでひなたぼっこをしている猫に挨拶をすると、「またおまえか」というようにスンッと鼻を鳴らし、毛繕いを始めた。




真っ白な柔らかくて長い毛をした、美人さんで、近所の飼い猫だと彼が言っていた。




一通り毛繕いがおわると、長い手足を震わせて伸びをし、貫禄のある足取りで奥の方に引っ込んでしまった。




吹く風が、歩く私と真正面で衝突する。前髪を舞い上がらせ、朝に綺麗にセットした髪の毛を無にかえしてしまう。




体温を奪っていく。




耳が痛い。




手の感覚が薄れていく。




大学の近くの家から、じょうろで花に水をやる音が聞こえてきた。その水が流れる音で、脳のどこかが引っ張られる気分になる。




あぁ、水筒を入れてこなかったことを思いだした。




近くの自販機を見つけ、暖かいお茶を買った。




そのお茶をカイロ代わりに、手のひらで転がすと、指先がだんだん温まってきた。


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