サイド・パラサイト。

透々実生

サイド・パラサイト。


 ぴんぽーん。

 ……ぽーん。

 ………ーん。


 ……ったく、こんな朝早くから。はいはい、今開けますよ。

 何方様――え、何? 警察? 俺に何の用っすか? 俺そんな悪い事してないっすよ。

 『そんな悪い事』って? そりゃ、人間生きてて完璧に清廉潔白なんて有り得ないっしょ。

 ……あ、何だよ刑事さん。金髪にピアスにタトゥーの3連コンボの俺がこんな事言うなんて、って思ったっしょ?

 って、悪かったっす。こんな軽口で公務執行妨害なんて取られたら大変っすからね。で、何すか?


 ……昨晩深夜に徘徊しただろ、って?

 よく分かったっすね。って、監視カメラか何かでしょうけど。監視されてない所を見つける方が、現代は難しいっすから。

 あー、そうでなくとも俺、よく深夜に徘徊しますからね。好きなんすよ。一時期流行りましたよね、深夜の巷を徘徊する、みたいなテレビ番組。アレに憧れて――。


 え?

 やだなあ刑事さん。俺はずっと1人っすよ。こんなナリなのに変に理屈っぽいから彼女とかできてもすぐ別れちゃって。最近別れて思ったんす。もう二度と彼女は作らないって。

 だから当然、深夜徘徊も1人っすよ。

 で、何か問題でもありました? まさか、俺が不審者扱いされてるって事はないでしょうね? まあ、されてても何も文句は言えないっすけど。


 ……っ。昨晩、死体が発見された? 死亡推定時刻が深夜2時?

 死体ってそんな……。そんな物騒な事、起きてたなら最初に言って下さいよ。で、アレっすか、深夜の散歩で起きた出来事について何かあれば語ってくれって事っすよね。

 いやあ、何も無いっすよ。何も見てないし、何も聞いてない。何かを食べたり飲んだりもせず、俺はただ深夜徘徊を楽しんでただけっす。

 有力な手掛かりを渡せなくてすまないっすね。これで用件は終わりっすか?


 ……まだあるんすか?

 まあ、良いっすけど。善良で勤勉な警察官の人にもう少し付き合ってあげるっす。


 ……その死体が、俺の深夜徘徊のルートで見つかった? いやいや……空恐ろしいっすね。俺は少なくとも何も見てないし何も聞いてないっすよ。いや、本当っすよ。


 ……え?

 、って?

 何……言ってんすか、刑事さん。監視カメラ見たんでしょう? 俺、1人で歩いてたでしょう?


 ……俺のが、死体を作ってるように見えた?


 ……。

 ……へえ。そっすか。

 だとしても、俺は何も見てないし、何も聞いてないっすよ。だから俺があげられる情報なんてないっす。だから帰って下さいって。


 何で、頑なにドアから顔だけしか出さないのかって? プライバシーの保護って奴っすよ。嫌だなあ、刑事さん。こんなムサい男の部屋見たいんすか?

 見たい? ……え? いや、ダメですって。ダメだって、ダメ――。





 ダメっつってんだろ!!!





 ……すみませんでした、大声出して。公務執行妨害、するつもりなかったんすよ。

 なあ、お願いです。刑事さん。

 帰って下さい、何もお話できることは無いんすよ、本当に。

 正真正銘、できないんすよ。

 したら、何されるか分からない。

 というか、できないんすよ。

 俺の横に付き添ってる奴、何も見えないんです。声だけが、こう、聞こえてきて。

 だから、何も見てないし、何も聞いてない。んす。

 人が死んだのも知らないっす。知りたくないっす。でも多分、ぐちゃぐちゃの滅茶苦茶だったでしょう。綿を引き摺り出されて布をバラバラにされたぬいぐるみの様に、本屋で見るエログロナンセンスの小説の様に。


 あんな、何の得にも何の教えにもならない小説達の様に。

 最初にどんなに綺麗な事を並べたって、暴力性で全部破壊しちまう様な小説の様に!

 ペンの土俵に立ったところで、剣が結局強いんすよ!


 ……ぇ。

 あ、嫌。嫌だ、嫌です。お願いです。許して下さい。食われたくないっす。

 何処からでも嫌です!! 『指もぎもぎ』も『お腹くちゅくちゅ』も嫌ですっ!!

 刑事さん! あああああっ、刑事さん!! 助けて下さい!! 

 何で距離を取るんすか! 嗚呼、クソ、そうかよ! ふざけるな、こうなったのは、お前らが来たからだぞ!! お前らが来たから俺はこうなるんだ!! 次はお前らだ!!

 何でだよ。俺は最初、幽霊みたいな顔をしたハルカを助けたかっただけなのに! なのに何で、ハルカが死んで、こんな姿の見えない奴に纏わりつかれなきゃならないんだ!! こんな事になるならハルカとも会わなきゃ良かったんだ! だからもう俺は絶対に彼女なんか作らな――。

 あ。

 あ、あ、あ。

 あぎゃ、あああああっ! やめやめやべやべべべべええええええええええ。




ばたん。




 警察官達は、悲鳴を上げながら吸い込まれる様に消え、扉の閉まった男の部屋の前で、茫然としていた。もう扉の奥からは何も聴こえない。

 どうしたものか、これを事件として扱うべきかどうか。何せ、今の男の話は要領を得ない。大体、バケモノがずっと着いて回ってるなんて馬鹿らし


 くえええええええええ。


 ……。

 姿が見えない。

 それでも確かに、隣に何かが居る。訳の分からない声で鳴きながら、同僚を腹から食ってる。お腹くちゅくちゅ。

 吐こうとした。しかしその瞬間、見えない何かが言った。


 くえええええ。

 くえっ、くええっ。くえええええっ。


 妙な真似したら食う。

 バレない様に生き続けろ。

 アタシが寄生し続けられるように。


 そう言っている様に聴こえた。


 そうか。

 うん、そうだ。

 俺は完全に、被疑者の言っていた事を理解した。

 俺は、

 帰って、被疑者死亡と調書を書こう。同僚は行方知れずと報告しよう。そして辞表を叩き付けよう。

 元警察官になる事を決意した俺は、元同僚を残らず食い尽くす音を聞きながら、警察に電話をかける。



 ――ホラー、お好きなんですか?

 手に取ったらこれだった、と。何とまあ。


 ……大分神妙な顔をしてらっしゃいますね。内容が内容ですからまあ分かるのですが。


 違う? 本から何かを得るのは、無駄なんじゃないかと思った、と?

 まあ、貴方も、よくもまあ意地の悪い本の声を聞いてしまったものですね。

 兎も角、そう思うかどうかは貴方の自由ですが、私は少なくともそう思いません。私は、本の力を信じていますから。

 だって、そう考える事が出来たという経験も、畢竟ひっきょう、本から得られるものだと思いませんか? 本を読まなければ、そんな事は考えもつかなかった訳ですから。

 だとするとこの作者は、別に独善的な作家ではなく、逆説的に本は有用だと言いたいだけの天邪鬼なのだと私は思っています。


 人が良すぎますかね?

 まあ、私、人じゃないんですが。

 だから、これしきの人の敵意と悪意なんて可愛いものですよ。


 ところで。この言葉に打ちのめされたのは、貴方が悩みを抱えていて、本から何かを得ようとしていたからですよね? ええ、そりゃもう直ぐに察しますとも。

 貴方の読んできた本――確か読んだ本の教訓は、『価値は見た目じゃなく中身だ』そして『自分は自分にしか分からない』、でしたね。それ位で、何を悩んでいるのかは凡そ当たりが付きました。

 ……私に期待しないで下さいよ? 私に人間の何が分かると言うのですか。……ちょっと。ほとりんと呼んでもダメです。ちょっとばかし嬉しいですが、無い袖は振れません。


 んんっ。

 兎に角! 本を読むんですか? 読まないんですか? まあ、何方にせよゆっくりして下さっても構いませんよ。今日は貴方の貸切なんですから。

 次なんて無いんですし。どうぞ、後悔なき様、心ゆくまで。




KAC20235へ続く。

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