夜中に散歩なんてするもんじゃない
浅葱
止まっていた時が動き出す【完結】
自分は夜型である。
そんなわけで、散歩は夜にすることにしている。
いくら田舎だって一人で散歩は危ないと母は言うのだが、だからといって付いてくるつもりはないらしい。
これが娘なら全力で止めるのかもしれないが、俺は男だし。
そんなわけで、昼に食べ切ってしまったBIGのポテトチップスを消費すべくかなり遅い時間にランニングシューズを履くのだった。
夜の空気は澄んでいてとても気持ちいい。ところどこに外灯はあるが、どうにも暗いので頭にヘッドライトを付けて歩くようにしている。こうすれば時折猛スピードで走ってくる車がぶつかってくることもないだろうという判断だ。田舎の人間は運転が荒くていけない。(ただの自分の偏見である)
実家に戻ってきて一か月が過ぎた。
父親の口利きで、役場で週に四日程度パートをしている。ヒマだし、役場の駐車場は子どもたちの遊び場になっているような状態だが、都会のアパートで一人いるよりはましだった。
ちょっと見た目がいいからと、都会に出てバンドデビューをもくろんだ俺だったが、現実は厳しかった。
バイトをして食いつないでどうにか二年がんばったけど、全然だめだった。仲間もいつのまにか普通に就職してしまった。
「やっぱ運なのかなぁ……」
いつもは向かわない橋を渡って山沿いの道を歩き始めた。こっちは本当に暗い。外灯と外灯の間隔がかなり開いていて、申し訳程度についているだけだ。しかもこの外灯、棒が木造である。
道路はアスファルトだが、ヘッドライトを付けていなかったら足元も危なかっただろう。山の反対側はガードレールはあるものの川が流れている。落ちたらひとたまりもないなと一瞬ゾッとした。
「こっち側は歩いたことなかったな」
実家の村は過疎化が進んでいて、村自体はとても広いけどそんなに人は住んでいない。もうそろそろゴールデンウィークだなと思った時、山の少し上の方にぽうっと灯りが見えた。
「ん?」
人でもいるのかなと目を凝らす。そういえばこの辺の山は個人所有だと聞いた気がする。
確かこっちの山に住んでいるのは……。
「うわあああああああ!?」
灯り、と思ったものが映していたのは爬虫類の頭のようだった。俺はあまりの驚愕に腰を抜かし、その場に転がってしまった。その頭がゆっくりゆっくりと近づいてくるのが見える。
こんなホラー、聞いたことない。
俺は腰を抜かしたまま、どうにか腕を使って這ってでも逃げようとした。
ゆっくりとだが、それはどんどん近づいてくる。ずずっ、ずずっと音を立てて近づいてくるそれは大蛇のようだった。
く、食われる……と思ったその時、
「ゴミ、ステルナ」
「……えっ?」
その大蛇は山から頭をもたげると、俺に向かってそう言った。
ごみ? ごみってなんだ?
ものすごく怖いけど、どうやらこの大蛇とは意志の疎通ができそうである。
「ご、ごみ? も、持ってません、けど……」
「ナライイ」
大蛇はそう言うと首を反対側に巡らし、ずずっ、ずずっとまたゆっくり戻って行った。
ごみ?
俺は首を傾げた。
そして自分のズボンを確認する。よかった、すごくびびったけど粗相はしなかったらしい。俺は胸を撫で下ろした。
「……この辺りって、不法投棄多いんだっけ……」
そういえばそんな話を聞いたことがあった気がする。
ということは、あの蛇はもしかしたら山の守り神的なものだろうか。
がくがくした足を叱咤して、すごく時間をかけてどうにか立ち上がる。そして山に向かって手を合わせた。
「ごみはぽい捨てしません。もう少しまっとうに生きてみます」
それは自分への宣言でもあった。
それから俺は深夜の散歩は止めた。
村役場でパートをしながら、今は求人の広告を見て職探しをしている。公務員はどうだ? なんて言われるけど、俺の頭じゃ公務員試験は受からないよなんて言って笑っている。
ちゃんと就職したら、また夜に山へ挨拶に行こうと思った。
おしまい。
夜中に散歩なんてするもんじゃない 浅葱 @asagi
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