幸福亭福々師匠の受難【KAC20234】
吉楽滔々
第1話
ようこそおいでくださいました。
幸福亭福々でございます。
ちょいとばかし怪我をしましてね。
このように包帯が見えておりますので、あら福々さんミイラに鞍替えなさったの、なんて思われるかもしれませんが…
職を替えるとしたらミイラじゃなくて、怪談師の方かもしれません。
今日はそんな、肝が冷えた深夜の散歩のお話でございます。
ところで今うちには弟子が二人ほどいるンですが、兄弟子の方はそこそこ年季が入っていましてね。
ジメっとしてはいても、弟弟子を虐めるようなことはない兄さんなんですが、とはいえなかなか芽が出なくてすっかり拗ねちゃってねぇ…
後輩との酒の肴に、
お前、そんなだから噺家じゃなくて怨霊のコスプレした怪談師だと勘違いされるンだよ。
噺家として生きるのがどうしても諦めきれないなら、なんとかしてそのお前らしいじっとりを笑えるところまで昇華させろ。
お前だからこそ光る芸をやれ。
いいか、今日からお前は幽霊亭陰険丸だ。
なんてまぁ、一応師匠なんでね。
偉そうに叱りとかディスりとかしまして。
そんで本人ももう後がないからって、根性入れて振り切ってみたら、これが思いのほか人気が出た。
怖い雰囲気を盛り上げて、笑いで落とす
場合によっては小道具なんかも使って、色んな道を模索してるみたいで。
師匠としては、弟子が楽しそうに生き生きしてるのは嬉しいことです。
まぁ見た目は生き生きとは無縁な奴ですが。
この前なんて、ありがたいことに師弟で番組に呼んでもらえましてねぇ…まぁあたしの嫌いなお化け屋敷に無理矢理入らされるやつでしたけど。
面白がって話を持ってきた、あのいやらしいプロデューサーは絶対に地獄に落ちるでしょうね。
あたしが確実に閻魔様に告げ口しますから逃げられやしません、ええ。
いや自慢じゃないけど、お化け屋敷に入る時のあたしの定位置は不動の真ん中なんですよ。
一門で行けば、陰険弟子、あたし、馬鹿弟子。家族で行けば、子ども、あたし、妻。二人で人数が足らない時は、先頭の人、あたし、拝み倒した幽霊。
そんな
…だけどこないだの夜はね、逃げられなかったんですよ。
出ちゃったんです。
家に。
その日は家族みんなが出掛けてましてね。
妻と娘は泊まりがけで推しのライブに、下の弟子も遠方に法事に、上の弟子は高校の友人と飲み会だっていうんで、夜になってから出かけて行ったんです。
せっかく誰もいなくて静かだっていうんで、あたしはさっそくネタを考え始めたんですが、途中ですっかり煮詰まっちゃってね。
こりゃちょっと息抜きしなけりゃどうにもならんと思って、散歩に出ることにしたんです。
もう深夜に近い頃でしたけど、ちょっとした小庭があるんで少しだけ歩こうと思って。
そうして庭に降りて夜風に吹かれながらうろうろしていたら…変な音がする。
何かが擦れるみたいな音。
でもね、誰もいないの。
そりゃ、塀に囲まれた一軒家の庭なんですから、いたらそっちの方がまずいですが。
じゃあ近隣の家の音がたまたま聞こえただけかな、なんて思ったけど、また聞こえてくる。
金属と金属を擦り合わせるような、そんな音がね。
でも、どんなに目を凝らしてもなんの姿もないの。
テレビ脇に置いてあった懐中電灯を慌てて取って光を当てても、ただ風に揺れる草木があるばかり。
それなのにね……まだするんです。
音がするんですよ……シャキンシャキン…シャキン……って。
それでその時気づきました。
近づいてくるって。
暗がりの方から、何かがあたしに向かってくるって…!
とにかく逃げなきゃって慌てた拍子に、物置小屋に立てかけていたトタンに引っかかりましてね。
雨晒しで完全に錆びてザリッザリになっちゃってるやつだったもので、ぶつかったあたしの方もざりざりになってこの有様ですけど、あの時は痛いとかそんなこと気にしてる場合じゃなかったんです。
得体の知れない何かから、もう必死で逃げました。
しばらくして帰ってきた陰険な方の弟子に事態を説明して、あたしは恥も外聞もなく泣きつきましたよ。
そしたら彼なんて言ったと思います?
「動画撮影用にハサミの音が出るように改造したルンバ、庭に置き忘れてました」
ですって。
お後がよろしいようで。
幸福亭福々師匠の受難【KAC20234】 吉楽滔々 @kankansai
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