星のような少女

雲川空

 星のような少女

 ぼくは毎日のようにこの闇に覆われた深夜の町を歩いている。なぜ、こんな夜遅くに歩くのかと言えば、はて、なんでぼくはこんな深夜に出歩いているのだろう。

 理由があったような気がするが、そのきっかけになった理由をぼくは思い出せない。それほど夜遅くに出歩く事はぼくにとって当たり前になってしまっていた。


 夜は静かだ。これは、毎日歩いていて気付いた事だ、あんなに色々な音がする昼とは違い夜になるとその喧騒ななりを潜める。だが、ぼくはこの静けさが好きだ。この光の少ない世界が好きだ。


 だが、今日に限ってそんな世界に違和感があった。それは、ぼくがいつも歩く、散歩コースの一つの公園にいた。公園に入ってすぐに判った。

 ブランコに乗ったその女の子は明らかにこの仄暗い世界において輝いていた。こう表現はしたが実際に輝いているわけではない。ぼくから見てそう見えるだけという話だ。


 その女の子は公園に入ってきた僕の存在に気が付いたのか、ブランコの台を吊り下げている鎖から右手を離すと、こっちにくればと言わんばかりに手招きする。

 こんな時間になんの警戒もなく、そういった行為をするのは危ないと思うのではと思うが、ぼくはその手招きに吸い寄せられるようにブランコのほうに歩いていく。


 近くまで来たぼくに対して彼女は、


「こんな夜にどうしたんだい、少年」


 ぼくと同い年ぐらいの女の子にそう言われた。いやいや、それはこっちのセリフなのだが。

 ぼくは思った事が顔に出ていたのか、彼女は微笑みながら言う。


「私はね、あまりにもいい天気だから。散歩をしていたんだ」


 彼女はそう言って、天を見上げる。ちなみに今日はくもりなので、星や月の輝きが隠れてしまっていてお世辞にもいい天気ではないのだが。

 彼女にとってはいい天気という話なのだろうか。


「ここであったのも何かの縁かな。一緒に行こうじゃないか、少年」


 彼女はブランコを漕ぎ、綺麗な着地を決めると、僕を誘う。芸術点は満点だ。

 ぼくに断る理由も特にあるわけではないので、承諾する。


 彼女はぼくに対して色々な話をしてくれた。だが、その話はすべて昼の、明るい世界の話だった。

 なぜ、彼女は夜の仄暗い世界の話をしないのだろうか。


 ぼくたちはそれから目的もなくただこの夜を歩く。

 気が付くと、交差点の前まで来ていた信号は青だ。しかし、僕はここをわたりたくない。わたってはいけない。


「どうしたんだい? 信号は青だ。先に進まないのかい?」


 彼女はそう言うが、ぼくはなぜだかこの先に進みたくない。だって、この先は……、


「トラックが突っ込んでくるから」


 彼女の言葉で、ぼくは思い出す。そうだ、ぼくは信号が青になって渡ろうとした。そしたら、トラックが……。


 立ち竦むぼくの手を彼女が握る。


「大丈夫だよ、少年。私と一緒なら」


 彼女はぼくの手を握って、引っ張てくれる。ぼくは目をつむる、だってここを渡ったら……。先導してくれた彼女の歩みが止まる。

 ぼくは恐る恐るまぶたを開ける目の前には彼女が立っていた。彼女はぼくがまぶたを開けたのを確認すると、後ろを指差す。ぼくは後ろを振り返る。


 ぼくは交差点を渡っていた。


「これで、帰れそうだね。よかった、よかった」


 君はいったい。


「私はね、時々この仄暗い夜の世界で迷ってしまった人に帰る道を教えているのさ」


 そうか、ぼくは散歩のつもりだったが、その実、迷っていたのか。

 ありがとう。


「気にしないでいいよ。ただの散歩のついでだから」


 彼女はそう言って微笑む。そこで、ぼくの意識は途絶えた。


 僕は気が付くと、知らない白い天井、寝た事のない白いベッドの上にいた。全身包帯でミイラみたいに、口には酸素マスクが装着されていた。隣にいた両親が涙を流している。どうやら、僕は帰ってきたらしい。

 

 深夜に迷っていた僕を導てくれた、星のような少女のおかげで。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星のような少女 雲川空 @sora373

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ