第9話 不穏な動き
「酒臭い!」
門番長室に出勤して早々、眉間に皺を寄せたスーさんに怒鳴られた。
「限度があるだろうが。どれだけ飲んだんだ」
「スーさん、あんまりいつもイライラしてると、眉間の皺が取れなくなります」
渓谷の如く深くなる皺を見て、老婆心ながらそう言ってしまったのだが。余計怒らせてしまったらしい。
「余計なお世話だ!」
マツゲが横で笑いを堪えている。彼女も相当飲んでいたはずだけど、まったくお酒の匂いがしない。一見優男風でお酒も弱そうなのに。かなり強いようだ。
「楽しかったわね、昨晩は。門番長もいらっしゃればよかったのに」
「ま……ミゲルさん、ちなみに私、途中から全然記憶がないんですけど。なんかやらかしてませんか?」
心配になって聞いてみると、マツゲはとうとう吹き出した。
「あんなにすごい酔っ払いを見たのは初めてだったわ。門番長も、いつか彼女と飲んだほうがいいです。面白いですから」
「お前は何をやらかしたんだ」
「わかりません。覚えてないんですもん」
火に油を注がないでくださいよ、と抗議の目線を向けると、マツゲは笑いながらそっぽを向いて、持ち場に戻ってしまった。
しかし私、本当に何をしたんだろ。聞きたいけど、聞くのも怖い。
お酒は嫌いじゃないけど、少しでも飲むと記憶が飛んでしまうことが多い。
だから極力外で飲むのは避けていたのだけど。昨日は雰囲気に飲まれて呑んでしまった。
スーさんはため息をつくと、こちらに向き直り、指をビシ、と私の眼前に突き出した。
「お前は昨日と同様、持ち場につけ」
「わかりました。あの、また眉間の皺がよってます。ほんとにそれ、癖になっちゃいますよ。せっかく顔はかっこいいんですから、気をつけたほうがいいです」
「余計なお世話だと言ってるだろうが!」
カッと真っ赤に顔を染めたスーさんに、私は門番長室を放り出される。
あんなに怒らなくてもいいのに、と思いつつ。
空気の読めない私を、それなりに受け入れてくれているこの職場に、若干の愛着を感じ始めていた。
*
「201番、115番、109番……あ、あの青いスカーフの人、今日手配書が回ってきた人です。411番」
「相変わらずすごいわね、セイラは。門番長、全部手配書と一致してます。大漁ですよ」
マツゲは指示を出しながら、これまで確認した手配犯の情報をファイルで確認している。
「大漁すぎやしませんか。それに気になるのは……」
頭の中で、私はこれまで見つけた人物たちのデータをペラペラとめくった。
数字と一緒に記憶されるデータは、写真のようにして記憶に残る。取り出したいデータの番号を頭に浮かべれば、それに紐付いて頭の奥から引き出される。
それを改めて見ていて、私は気づいた。
私が監視を始めて四週間。活動家の手配書自体が多いのもあるが、とあるギルドに関連する活動家の確保数が特に多いのだ。
「『セイレーン』という名の機械技術ギルドに関係する活動家の確保数が増えてます。55番と40番、109番と207番……。ここ二週間は、急にまた落ち着いて来てますけど」
「お前が監視を始める以前は、そもそも指名手配犯の確保数はそこまで多くなかったが……それでも、ちょっと多いな。セイレーンはこの国で一番大きな機械技術ギルドだが。最近は以前にも増して国に活動の支援を求める運動が活発になってる。魔術師数の減少を見て、今こそ機械技術を盛り上げていくべきだと考えてるんだろうな」
眉根を寄せつつも、私の呟きに隣にいるスーさんが頷く。彼が同意してくれたことで、ちょっとだけ自分の意見に自信が持てた。頭の中で浮遊するデータを思い浮かべながら、私は続ける。
「ちなみに、機械技術ギルドって、具体的には何を作ってるんですか?」
「この国で一般的な機械、例えばヘテルみたいな魔道具は、魔力が必要なんだが。機械技術ギルドでは、魔法をまったく用いずに使える生活機器の開発なんかをやっている」
「え、そういうギルドがあるんですか。じゃあなんで……」
疑問を最後まで口にする前に、私は結論に思い至る。自分の首元に手を置き、かちゃかちゃと首輪を弄んだ。
多分、国王と魔術師の「メンツ」と「利益保護」の問題だ。
機械技術ギルドに力を持たれては困るのだ。
ただ、魔術師の減少問題を解決できない今、機械技術の発展は今後の経済発展を考えれば重要だ。でも、あの人たちがこれまで弾圧していた機械技術ギルドに、頭を下げることなんて考えられない。
(だから異世界の賢人を召喚して、自分たちで「最先端の機械」を開発しようとしてたわけだ。プライドが高くて笑っちゃうな、もはや)
「あっ、スティーヴィーさーん!!」
突然甘ったるい声が門の方から聞こえて、見張り台から下を覗き込む。するとそこには、入国列で審査を待つ女性の姿があった。スーさんに向けてぶんぶん手を振っている。
「彼女ですか?」
咄嗟に思ったことを口にすると、スーさんは勢いよく否定する。
「違う!」
すると私たちのやりとりが聞けたのか、彼女は不貞腐れたような顔を作る。
「彼女にはしてくれないんですかあ」
「黙れ! しょっぴくぞ!」
「冷たあい」
彼女はカラカラと笑った。
ふっくらと盛り上がった胸に、くびれた腰、程よく大きさのあるヒップ。可愛らしい顔立ちに、滑らかな金色の長髪がとても似合っている。
観察しながら、男が好きそうな見た目だなあと、私はぼんやりと思った。
実際、門番たちは皆彼女に夢中で、少しでも気を引こうと声をかけている。
「あれは、誰ですか」
「ああ、毎月メケメケで開かれている市場に出店している、メリバスのワインのギルドの人間だったはずだ。マリーと言ったか。ったくあいつら、毎度毎度鼻の下を伸ばしやがって。おい! ちゃんと仕事しろお前ら!」
怒鳴り散らすスーさんを横目に、私はマリーに視線を移した。
すると彼女は、私の視線に気がつき声をかけてくる。
「あら、新人さん? かわいい! ねえ、お名前は」
「……ねえ、スカーフ暑くないですか」
「えっ」
「今日、気温が結構高いです。これからその木箱を運ぶんですよね。とったほうがいいんじゃないですか、スカーフ」
「いいのいいの、これ、気に入ってるし! それにね、このスカーフは綿だから、よく汗を吸うのよぉ」
それだけ言うと、私との会話を早々に切り上げて、彼女は担当の門番の方に向き直った。
「相変わらず空気が読めないな、お前は。会話が不得手というか。まったく噛み合ってなかったぞ」
「スーさん」
「スティーヴィーだ」
「彼女の、登録番号をご存知ですか。犯罪者じゃなくても、通関手続きをする際に使う登録番号ありますよね。関税の支払い証明とかに記載されてる」
この国で主要都市に商品を持ち込んで売る際は、各領地にある納税事務所で、先に関税の支払いを済ませ、証明書を発行してもらう。その証明書を門で確認した上で、通行を許可する。
支払い管理のために、ギルドであれば固有の登録番号があるはず。
「調べればわかるが、お前じゃないんだから、そんなすぐパッとは出てこないぞ」
「そうですか。じゃあちょっと聞いてきます」
「おい、こら!」
私は見張り台から駆け降りると、彼女が門での手続きを終えていなくなったタイミングを見計らい、担当した門番に話を聞いた。
「なんだ新入り、お前もマリーちゃんが気になってんのか? 競争率高えぞ。俺も狙ってるし」
「私、女なんですけど」
「え、お前女だったの?」
何度このセリフを聞いたことか。「そんなに私が男に見えますか」と問えば、「顔が見えないから判別できない」と言われた。
やっぱり髪を切るべきなのだろうか。気が進まないけど。
登録番号を確認した私は、とりあえず見張り台に戻ることにした。
本当はこのまま資料室へ行って、彼女の番号に紐づく情報を片っ端から調べたいところだったが。そうもいかない。
今の私の仕事は、あくまで『見張り番』だ。
「なんだ、どうしたんだ。彼女が気になるのか?」
戻ってきた私を見て、スーさんは声をかけた。
「今はなんとも言えません。ただ、気になるだけ、としか。でも、私の直感、結構当たるんで」
「そうか、何かあれば知らせろよ」
スーさんの言葉に頷きつつ、視線を門に戻すと––––また、見つけた。
書類に印字された番号と共に、その人物に関するデータが、頭の中に写真として浮かび上がる。
「あ、37番です!」
「お前、ほんとすごいな……人間犯罪者探知機かよ」
「数字に紐づく記憶が優れてるだけですよ」
「それがすごいんだって」
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