第10話 特別監視官
ロッテンベルグ門の閉門後。門番長室に連れられた私は、スーさんから衝撃の一言を賜った。
「……は? 今なんて?」
「上司に対する態度か、それが」
「えーと、今、なんとおっしゃいましたか、門番長様」
「お前、おちょくってるだろ、俺のことを!」
「あーはいはい、では本題をどうぞ」
「このやろう。……はあ、お前のペースに合わせてると話が進まない。だから、今言った通りだ。上からの通達だ。雑用係から格上げ。新しくできた『特別監視官』の任にお前を任ずる」
まだ勤め始めてひと月経つか経たないかだというのに。雑用係から急に格上げされるとは思いもよらず、私は動揺していた。
(もしかしてあの魔術師おじさん、私が使えそうだなと思ったら手のひら返して「異世界の賢人」として活用する気なんじゃないの?)
腹立たしい。私を野に放たず手元に置いて監視しているのは、様子見する意味もあったのかもしれない。
「やることは変わるんですか」
「変わらん。これまでは試験的に見張り台において様子を見ていたが、これで正式に今やっていることが仕事として認められたって感じだな。給料も上がる」
「給料が上がるのは嬉しいです!!」
「現金なやつめ」
自分のしたことが「数字」として現れるのは嬉しい。
この特異な能力のせいか、数字に対しては並々ならぬこだわりがある。
色々思うところはあるが、給料の額が増えるというのは純粋に嬉しい。
「お前のおかげで、ロッテンベルグ門での犯罪者の確保率がとてつもなく上がっている。それが評価された形だ。この調子で頑張れよ」
「はい! あ、スーさん、私、今日残業して行ってもいいですか」
「残業代は出ないぞ」
「いいです。個人的に、どうしても気になることがあって」
「……ああ、マリーという女の件か。そんなに引っ掛かることがあるのか? 書類に不備はなかったし、追徴もなかったぞ」
「気のせいならいいんですけど。気になることは調べておきたい性分で」
スーさんは両腕を組み、鼻から息を漏らした後、口を開いた。
「お前も一応女だしな。一人で夜に残しておくのは問題がある。俺も手伝おう。夜はそれなりに治安が悪くなるからな、この辺は」
「ええ、スーさんが横にいると集中して読めないんですけど」
「お前は、人の厚意を無駄にするんじゃない」
「チッ、仕方ないなあ」
「今舌打ちしただろ、そしてなんだ、仕方ないってのは!」
「なんでもないです」
気づくと、片付けを終えたマツゲがいつの間にか戻ってきている。
彼は私と門番長のやりとりを見て、笑いを堪えきれずに吹き出していた。
*
「おい」
「……うーん」
「おい!」
「……これは」
「おい!!」
「いったぁ! え、なんですかスーさん。叩かないでくださいよ!」
「何度声をかけたと思ってるんだ! もう10時だぞ、いつまでやるつもりだ!」
「ええ? もうそんな時間?」
「俺はそんなに長い間、数字と睨めっこしているお前が信じられない」
資料室に向かった私は、片っ端から登録番号123番について記載のある資料をあたっていった。これが自分の世界だったら、パソコンの検索窓にデータを打ち込めばいいのだが、ここではデータは紙のみ。インデックスを頼りに、ファイルを開いていくしかない。
数字を見ていると、なぜか心が落ち着く。
私にとって数字は、友達みたいなものなのだ。
「で、なんかわかったのか」
「うーん、まだ断定的なことは何も言えないんですけどね。気になることはありました」
「話してみろ」
「もう10時なんですけど」
「気になるだろうが!」
「はいはい、では手短にします」
私はポケットからメモ帳を取り出し、スーさんにわかりやすいように文字を書いていく。
「あの子、マリーちゃんなんですけど。メリバスのワインのギルドって言いましたよね? 所属してるの」
「そうだ」
「で、メリバスの納税事務所のヘテルが、調子が良くないと」
「……お前、そんなことは覚えているのに、なんで俺の名前は覚えないんだ」
「……興味がないからでしょうか」
「このやろう」
不機嫌を絵に描いたような顔のスーさんに構わず、私は説明を続ける。
「マリーちゃんの積荷の通関記録を調べました。でもね、あら不思議。一度も追徴されてないんです。あの人」
「……つまり、納税事務所での計量時とズレがないと」
「そうです。なお、マリーちゃん以外のメリバスにあるギルドの積荷の通関記録についても調べました。ほとんどが追徴になっています。……マリーちゃん以外は」
「なぜだ」
「マリーちゃん、わざわざ隣町の納税事務所で計測して納税してるんです」
「どこだ?」
「マレルです。ここ、何かあるんですか?」
「……比較的新しいヘテルが設置されている街だな。それと……機械技術ギルド『セイレーン』の拠点でもある。それもあって、ヘテルもメンテナンスが丁寧にされている。あそこで測った荷物はほとんど重量のズレがない」
「首都に持ち込む積荷にかかる税金は、国にかけられているものですから、メリバス以外で納税しても問題はないですが。でもなぜ、わざわざマレルで測っているのでしょう。大荷物を隣町まで運ぶのは一苦労です」
「お前はどう考えている」
スーさんが私を見つめる。信頼のこもった眼差しだ。
その瞳を見て頬が緩む。
「たぶん、首都の門で、荷物を調べられたくない何かがあるのだと思います。追徴になってしまえば、荷物を調べられますから」
「……次のマーケットの時、荷物を調べてみるか」
毎月メケメケでは、外国や各地方都市から持ち込まれた商品を販売する「マーケット」が開かれている。門にやってくる積荷の量は、このマーケットの前一週間が一番多くなるのだ。
「荷物を調べる前に、もう一つ確認しておきたいことがあります。……あの、一日調べものに費やしても、いいでしょうか。ちょっと、やな予感が」
スーさんの眉間の皺が深くなる。流石に一日時間をくれ、は、ダメだっただろうか。
「いいだろう。聞き込みやら、各所に確認が発生しそうなら、俺に言え。何やらきな臭い匂いもするしな」
「あ、ありがとうございます……!」
マリーちゃんの動きが怪しい、そしてそれにどうやらセイレーンも絡んでいる可能性がある、ということ以外、今は具体的な脅威はわかっていない。
それでも、私の直感を信じてスーさんが時間をくれたことが、嬉しくてたまらなかった。
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