自分のそっくりさん

柚城佳歩

自分のそっくりさん


世界には自分と同じ顔の人が三人いると言うけれど、そりゃあ何十億人もいたら、どこかしら似てる顔の人もいるだろう。

でも、そのそっくりさんは人間だけとは限らないらしい。




子どもの頃から漫画が好きで、絵を描く事も好きだったから、漫画家に憧れるのは自然の流れだった。

毎月開催されている雑誌の漫画賞。

大抵は年上の人ばかりだったけれど、たまに同じ年代のやつが受賞しているのを見ると、すごいと思う以上に羨ましくてしょうがなかった。


そんなのを見て、描きたくならないはずがない。

自由帳に見様見真似でバトル漫画を描いてみたのが中学の頃。

スマートでかっこよく見えたデジタル機材は、中学生のお小遣いだけでは到底揃えられるものではなく。

それでも毎月ちょっとずつ貯めた分と、お年玉二年分を全部使って、漫画を描くのに必要な道具を一式揃えた時にはそれだけでもうプロの仲間入りをしたような気分だった。


当然ながら、道具が揃ったからといって急に上手くなるはずはない。

それでも数打ちゃ当たるとばかりに、勉強よりもよっぽど熱心に取り組んで、三ヵ月に一本ペースでの投稿を続けた。


最初の一年は賞どころか最終選考にすら残らなかった。次の数年間は最終選考止まり。

それでも絵は結構描けたから、ある時運良く一人の編集さんの目に留まり、その人が俺の担当についてくれたあたりから少しずつ変化し始めた。

今の俺に何が足りないのか、どこを工夫すればもっと良くなるのか、アドバイスとダメ出しを山ほど出され、なんとかデビューに漕ぎ着けた。


デビュー作のアンケート結果はまあまあ、その後に描いた読み切りも好評。

良い流れがあるうちにと決まった連載は、俺の苦手とするストーリーを専門に担当してくれる人との合同作業となり、絵だけに集中出来たおかげもあってか、満足のいく最終回まで迎えられた。


また新しく一緒に頑張りましょう!と頼りの相棒・ストーリー担当に次回作の相談を持ち掛けたのだが


「ごめん、もう別の人と組む約束があるから」


コンビはそこであっさり解散となった。




ストーリーを考える事は、デビュー当初からの俺の課題で。

絵は良いけれど、話は在り来たり。

これが編集さんからの正直な評価だ。

一人でやるとなった途端、大元の下書きであるネームの段階でボツの連続。


担当編集さんからの勧めもあって“気分転換とネタ探し”という名目で、旅行してみる事にした。

普段引き込もっている事が多い分、どうせ外に出るならと今まで一度も行った事のない土地を選んだのだけれど。

日頃の運動不足で体力が人並み以下なのに加え、思い付きで行った観光地では人混みに酔い、結局宿泊していたホテルへとあっさり退却する事となった。

これじゃあ場所を変えただけで、普段とほとんど変わりがない。


昼夜逆転、夜型の生活を送っていた身には月明かりくらいがちょうど良いとばかりに、暗くなってから再び夜の街を散歩をしていたら、向かい側から視線を感じた。

気のせいじゃなければ、何故かずっと俺の方を見ている。

怖くなって引き返そうとした時。


「ねぇ!もしかしてオレのそっくりさん!?」


急に距離を詰めてきた相手に話し掛けられた。

反射的に振り返ってしまい、目が合った瞬間驚いた。

だってそこにいたのは、まるで鏡に映したように俺とそっくりなやつだったから。


「日本に遊びに行った友達が、オレにすっごい似てる人間を見た!っていうから気になって探しに来たんだ。ね、ここで会えたのも何かの縁。せっかくだからいろいろお話しない?って言ってももうほとんどお店閉まってるから、ちょっと一緒に来て。落とすつもりはないけどじっとしててね」

「え、何?ちょっ、なになになにっ」


あまりの急展開に口を挟む余地もないまま、完全に相手のペースを押し通され、わけもわからず抱きかかえられた次の瞬間。


「……うわぁ~~~~っ!」


夜の空へ向かって大きくジャンプしていた。

さっきまで立っていた地面が遥か下に見える。

これが現実なら、俺は今空を飛んでいる。

仕掛けもないままに空を飛べるなんて、普通の人間に出来るはずがない。

もしかしなくても俺は、やばいやつに捕まってしまったんじゃないか……?




「初めまして!オレはクイード。ヴァンパイアだよ」


まず、俺のそっくりさんは人間じゃなかった。

ヴァンパイアなんて何かの冗談だと思いたかったけれど、ついさっき空を飛んだという非現実が“本物だ”と言っている。

それだけでも衝撃を受けているのに、どこぞの高級ホテルのスイートルームに連れてこられ、仲間まで紹介された時には、今晩の食事にでもされるのかと身構えた。


でも、その不安は杞憂に終わった。




「へぇー、八辻やつじくんって漫画描いてるんだ。今度見せてよ!」

「今は何て言うか、スランプ中で……。もしまた描けるようになったら教えるよ。ところでクイードはどうして俺を探してたんだ?」

「好奇心かな。オレたちって鏡に映らないから、自分の顔を見る機会がなかなかないんだ。でも本当によく似た人間がいるって言うから、どんな顔して喋ってるのかとか見てみたくて!」


どうやら本当にただ話をしたかっただけらしいクイードは、こうしていると普通の人間みたいだった。

現代は血を摂取する方法がいろいろあるから、俺が知らないだけで、人間社会に溶け込んで暮らすヴァンパイアも結構いるらしい。


「え、じゃあクイードの他にもヴァンパイアと会ってたかもしれないって事?」

「可能性は充分あるね。だって八辻くんの事を教えてくれたのも日本に住むヴァンパイアだし。気になるなら今度紹介するよ」

「紹介は別に、いいかな……」


誘拐紛いの方法で連れてこられたけれど、また会おうなんて約束を交わすほどにすっかり楽しんでしまった。

こんなに楽しいと思ったのは久しぶりだ。

この気持ち、薄れないうちに何かに残しておきたいな……。

そこまで考えて気付いた。

あるじゃないか、俺にぴったりな方法が!




後日、担当編集さんから電話があった。

現代に暮らすヴァンパイアの日常。

この前出したネームが通り、そのまま話が良い方向に進んでいる。


「旅先で何か刺激でもあったんですか?」

「……新しい友人が出来た事、ですかね」




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