不思議な屋台の冷たくて味がしみてるたまごが美味しい

葛鷲つるぎ

第1話

 深夜。

 あまりの暑さに田口は起き上がった。


「あつい……」


 窓は防犯対策で開けられない。

 知人にはたかだか十平米のワンルームで何を、と笑われたが未だに笑われた理由が分からない。女の一人暮らしだ。たとえプライベートゼロの壁が薄いアパートだろうが、治安が悪ければなおさらだろうに。


 空調は電気代がないので付けられなかった。扇風機はこの熱帯夜に、凍死するかもしれないので付けられない。


 駄目押しにはピッチャンピッチャン、壊れた水道管から水が落ちる音。

 不快指数が半端なかった。


「……そと、でるか」


 いっそ家の中より外の方が涼しいまである。

 田口は散歩に出ることにした。


 玄関を開けるや、うだるような熱気。むわっと熱気が肌にまとわりつく。それでも家の中に比べれば、少しだけマシだった。


 時刻は夜の三時。

 コンビニなど24時間営業のところ以外は、すっかり寝静まった時間帯。


 ボロいアパートから徒歩圏内の公園に向かって歩いていく。

 夜空は曇りではなかったが、星が見えない空だった。黒い天幕に埃が薄く乗っているような汚らしさだ。


 こんな日は、まあ、悪くない。


 匂う。

 唐突に、田口は漂ってきた匂いに舌舐めずりした。公園の薄暗い空間。木々の奥深くにある絶好の穴場。


「おばちゃん、たまごちょうだい」

「はいよ」


 田口はにっこり笑って、外から隠れるように屋台を置く店主に開口一番注文した。

 店主は無愛想に返事をして、たまごを用意する。


「あっついねー」


 カウンターに肘を置き、慣れ親しんだ様子で周りを見る。

 暑いとは言ったが、屋台の周りは不思議と暑くなかった。寝つけず最悪の気分だったから、深夜の散歩に出かけて正解だった。


「女がこんな夜遅くに、一人で出歩くもんじゃないよ」

「殺し返したら過剰防衛になるの、納得いかない。ていうか、おばちゃんも女じゃん」


「他の無力な誰かが、抵抗される前にって、殺されちまったらどうする。生きたモン勝ちなんだ。その芽を摘むんじゃないよ。はい、たまご」


「へいへい。いただきまーす。……んー、冷たくて心地良いし味が沁みて最高」


「最近はたまごも高いからねぇ、いつもより値が張るよ」

「遅出し〜」


 田口はケラケラ笑ったが、店主の言い値には素直にうなずいた。


「月見影の菜草が十本。その代わり今後のたまご代は少しまける」

「やった〜〜。ごちそうさまでした〜! じゃあ、また、月が霞む日に?」

「ああ。まいど」


 田口はほくほくした気分で自分の部屋に還った。しかし、扉を開けるやムワッと空気が触れて、なんとも言えない顔になる。


「だが今の私は美味しいたまごを食べた後なのだ〜〜」


 深夜なので小声で自分に言い聞かせ、田口は家に入り、扉を閉めた。







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不思議な屋台の冷たくて味がしみてるたまごが美味しい 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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