深夜の散歩という名のお仕事
舞波風季 まいなみふうき
深夜の散歩
深夜の散歩は私の日課だった。
この港町が寝静まる真夜中過ぎは私が最も輝くとき。
散歩と言っても道をのんびりと歩くようなことは殆どない。
音もなく静かに影から影へと、ときには密集した建物の屋根伝いに速やかに移動する。
そして昼のうちに目星をつけていた家の窓に滑り込み金目のものを物色する。
そう、私はいわゆる盗賊だ。
物心ついた頃には既にスリやかっぱらいを当たり前のようにやっていた。
私は15歳らしい。
私には両親がいない。
常日頃『母さん』と呼び習わしている女性にそう聞かされている。15年前に拾われて、彼女の『ファミリー』で育ててもらった。
『母さん』はこの町の
色々と特権を持っている貴族も商いをするときは『母さん』に一言挨拶に来るのが慣わしになっていると『ファミリー』の古株のおっさんに聞いたことがある。
「まあ、さすがに王族が絡んでると
そのおっさんはそうも言っていた。
私が『母さん』と呼ぶ女性を『ファミリー』の大人達は『
そんなことをつらつらと考えながら屋根を
今夜は曇っていて月明かりもほとんど役に立たないので、私にとっては好都合だった。
だからといって油断したつもりはなかった。
屋根に腹ばいになり頭からジリジリと縁に進んでいた時、それを感じた。
誰かに見られている。
幼い頃からこんなことをやっていると他人の視線というものに敏感になる。
今のところ敵意らしいものは感じられないが、その視線からは見られるも者を圧するような強さが、圧倒的な強さが感じられた。
今夜の仕事のことは『ファミリー』にも事前に伝えてあり、他のメンバーの縄張りとかち合うこともないことは確認済みだ。
私は屋根に張り付いたまま微動だにしなかった。呼吸もギリギリまで細く抑えて最大限気配を消した。
果てしなく思える時間が過ぎた時、私の左側に感じていた微かな風がふと止んだ。
(やばい!)
そう思った時には既に腕を掴まれ背中を押さえつけられていた。
体術には自信がある。
だが、腕と背中を抑えられただけなのにほとんど体を動かすことができなかった。
(くそ…!)
私はなんとか抗おうとしたが、抵抗しようとすればするほど拘束がきつくなっていくようだった。
無理をすれば筋の断裂や脱臼を起こして逃げることも叶わなくなりそうだ。
「いきなりこんな手荒いことをしてごめんよ。でも君に危害を加えるつもりはないことはわかって欲しい」
頭の上から囁くような男の声がした。
(人を押し付けておいて何が危害を加えるつもりがないだ!)
私は頭の中で毒づいた。
そして男は私の腰のベルトとブーツから短刀を抜き取った。
「こんな物騒なものを持ってるんだもん。僕もちょっと警戒しちゃったんだ、念のためにね」
「か…返せ…」
私はやっとのことで声を出した。
(それは『母さん』にもらった大切な短刀だ!)
「もちろん返すさ。僕の頼みを聞いてくれたらね」
私がなんとか首をひねって片方の目で男を見ると、彼は私から奪った短刀を自分の皮のベストのポケットに差し込み、こう言った。
「頼みというのはね、君の『母さん』に合わせてほしいんだ。折り入って頼みたいことがあってね」
「…!」
予想外のことに私は目を見開いた。
「とても大事なことなんだ、とてもね、リズ」
(なんで私の名を!)
この日の深夜の散歩で起こった出来事が、このあとの私の人生にどう関わってくるのか、この時の私には全く予想も想像もつかなかった。
大きな不安で頭の中がいっぱいだったが、その隅っこには少なからず期待もあったことに気づくのは暫く経ってからだった。
深夜の散歩という名のお仕事 舞波風季 まいなみふうき @ma_fu-ki
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