中華風おやじ

丸子稔

第1話 想定外の出来事

 四月から大学生になる僕は、引っ越しした当日、深夜に近所のネオン街を散歩していた。

 料理が苦手な僕は、外食中心の食生活になることを見越し、安くて美味しそうな店を探しながら歩いていた。

 すると、表通りから少し離れた場所に、灯りのついた看板が見えたので、興味本位に行ってみると、そこには古めかしい建物がひっそりと建っていた。

 看板には『来々軒』と書かれており、どうやら中華料理店のようだった。


──こういう年季の入った店には、安くて美味しいものがたくさんあると、前にテレビでやってたな。様子見がてら、ちょっと入ってみるか。


 少し錆びついた戸を開けて中に入ると、そこには十人程が座れるカウンターとテーブル席が二つあり、厨房で店主らしきおじさんが退屈そうに立っていた。

 深夜だからか僕以外に客がいなかったので、「すみません、今から食事できますか?」と、恐る恐る訊くと、おじさんは不機嫌そうな顔で軽くうなずいた。


 それを見て僕はひとまず安心し、そのままテーブル席に座り、壁に貼り付けてある手書きのメニューに目を向けた。


『ラーメン700円』『チャーハン600円』『餃子500円』等の定番メニューが書かれている中で、僕はあるメニューに目が留まった。

 そこには『中華風おやじ700円』と書かれていた。


──中華風おやじ? なんだそれ……ん、待てよ。これはひょっとして、中華風おじやのことなんじゃないか? 多分それを、中華風おやじと書き間違えたんだろう。きっとそうだ。


 僕は勝手にそう結論づけ、この中華風おやじを頼むことにした。

 そして、「すいませーん。中華風おやじ、お願いします」と、敢えてメニューに書かれている通りに言ってみた。

 すると、何を思ったか、おじさんがわざわざ厨房から出て来て、「はーい。今、わたしのこと呼んだあるね?」と、先程と打って変わり、飛び切りの笑顔を向けてきた。


「…………」


 予想だにしない展開に戸惑っていると、おじさんは更に「今、私を注文したでしょ? 私が中華風おやじあるね」と言い、益々僕を混乱させた。


「……えっと、この中華風おやじって、中華風おじやのことじゃないんですか?」


「はあ? うちには、そんなものないあるよ」


「じゃあ、中華風おやじとは、どのような……」


「だから、さっきから言ってるでしょ。わたしが中華風おやじあるね」


「じゃあ、700円というのは……」


「ああ、それはトーク代のことあるね。今からわたしと十分間トークするあるよ」


「あのう、トークとはどのような……」


「それはお客さんの話したいことでいいあるよ」


「別に話したいことなんてないのですが……」


「そんなこと言わずに、何か話すあるよ。今日はもう誰も来ないから、思う存分話せるあるよ」


「えっ、どういう事ですか?」


「さっき、店を閉めようとしたところに、お客さんが入ってきたあるよ。本来なら、トークは次の客が入るまでだけど、今日はもうその心配はないあるよ」


「そんなこと言われても、僕は何を話していいかよく分からないんですが……」


「じゃあ、今から、わたしと世間話でもするあるよ。明日、店は休みで時間はたっぷりあるから、ゆっくりトークを楽しむあるよ。はははっ!」


「……はあ、わかりました」


 結局僕は、この得体の知れないおじさんと、したくもない世間話を延々とする羽目になった。


   了



 

 

 





 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

中華風おやじ 丸子稔 @kyuukomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ