第19話 勝利者は誰?

虎兵衛とムークまでの距離は、わずか二メートルくらいまでになっていた。こんな至近距離で、ムークの無詠唱の魔法を防いでいる虎兵衛の強さに、私は驚愕していた。




絶対に侍は、無詠唱の魔法使いに勝てないという、私の常識は、もはや書き換えられようとしている。




虎兵衛は、ムークに刀が届く間合いに入る。虎兵衛の刀の刃先が、ムークの首元に迫ろうとした時、




「ま、待て。チンポジが・・・」


ムークは慌てて、苦し紛れに叫ぶ。虎兵衛の振った刀の刃先が、ムークの首の手前でピタッと寸止めされる。




「仕方ないでござるな。チンポジを気にしてる男は斬れない、それが侍の仁義でござる。早く、直すでござるよ」




虎兵衛は刀を鞘に収め、ムークにスッと背を向ける。ムークはニヤリと笑みを浮かべる。




「虎兵衛、嘘よ!騙されないで!」




私は、明らかな敵の嘘に踊らせれている虎兵衛に向かって叫ぶ。ムークは虎兵衛に手が届きそうなくらいの位置で、背を向けている彼に向かって、ぐっと右手を伸ばす。そして、目を見開き手に力を込める。




ドンという衝撃音が鳴り響き、辺りに血飛沫が飛び散る。ドサッという人の倒れる音がする。地面はその倒れた人間の血で、血の海と化していた。その倒れた人物は、ピクピクと手足が痙攣していた。




「お見事でござる」


虎兵衛は私の方を向き、ニコリと笑いかける。




私は両手を伸ばし、額から汗が吹き出し、息切れしていた。必死だった・・・・。




必死で、水の塊の魔法をムークに放ったのだ。敵に後ろを見せた虎兵衛を助ける為に・・・。




敵の魔法使いムークは、虎兵衛を倒す最大のチャンスだと思い、虎兵衛の背中目掛けて、無詠唱の魔法を放とうとしていたのだ。




しかし、私も逆にチャンスだと考えて、虎兵衛しか見えていない、ムークに魔法を放ったのだ。それで、ムークは私の魔法を無防備で受け、仰向けに倒れたという事なのだ。




「ふ、ふざけるな・・・。あんな、三流の小娘の魔法なんかに・・・。貴様ら、卑怯だぞ・・・」




ムークは身体から大量の血を流し、もがいている。




「お主が、タッグマッチと言うたのでござろう。だから、エリール殿の魔法は、卑怯ではござらぬ。また、お主はギッガの時の様に、油断してやられたのでござるよ。学習能力がなかったのが、敗因でござる」




虎兵衛は哀れむように、ムークを見下ろす。




「ちくしょう・・・。貴様さえいなければ、僕ちゃんが、この大陸を支配する王になれたのに・・・」




「拙者をここへ呼んだのは、お主を倒したエリール殿でござる。やはり、お主は彼女に戦略でも負けたのでござる」




ムークは一筋の涙を流し、息を引き取る。それを見たメラーン国軍の兵士達とゴブリン達は、再び一目散に逃げだす。虎兵衛はドンウ国軍の騎士達に、勝負は決せられたので、追撃はするなと指示を送る。




私達、ドンウ国軍は本当の意味で、この戦争に勝利したのだ。敵の魔法使いムークを失った今、隣国メラーン国は、恐らく攻めて来る事が出来ないであろう。




ドンウ国の騎士達が、勝どきを上げる。私は安堵し、涙を流す。そして、この国を救ってくれた侍の方を見る。




「虎兵衛、ホントにありがとう。あなたには感謝し尽くせないわ」




「拙者は少し、この国の人達のお手伝いをしただけでござる。大した事は、していないでござるよ。本当に、この国を救ったのは、この国の民達でござるよ」




虎兵衛は笑って、私に言葉を返す。私達はしばらくの間、この戦いの終わった平野を眺めていた。








そしてその夜、我がドンウ国王城では、勝利の宴が設けられていた。皆、戦争からのストレスから解放されたので、飲めや歌えで、どんちゃん騒ぎをしている。




虎兵衛は、この国を救った英雄として、私の父ドンウ国王の隣にいる。まさに、この宴の主役だ。みんなから、祝福と感謝の言葉を浴び、お酒とご馳走を勧められている。私は、そんな彼を近くで見ていた。




程なく、宴は終了した。




虎兵衛は、この国の英雄となり、王族の仕来たりにより、私の結婚相手の第一候補者となった。




その夜、彼はこの城から姿を消した・・・・・。


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