イチゴの季節に

くろぶちサビイ

1.

 ぶ、ぶ、ぶえっくしょ~ん。

 はあ。早くも花粉症だ。

 今年は花粉の量が多いとは聞いていたが。去年と一昨年が少なかったから、余計にひどいような気がする。

 しかし、今日も仕事だ。最盛期だから休むわけにはいかない。

 うちはイチゴ農家である。早春は一年の中で一番忙しい時期なのだ。

 花粉症のせいで鼻や目の周りがぐちゃぐちゃになっていても、俺はイチゴを収穫し、パックに詰める作業を行い、青果市場や農産物直売所に出荷する。

 医者からもらった薬があるから、ある程度は症状をコントロールできるが、予想以上に花粉のパワーが強かったり、または自分の体のほうが疲れていたりすると花粉症の野郎を押さえきれない。

 何の因果で、花粉症の時期が一年で一番の稼ぎ時なんだろう。

 今日の空は、薄い雲に覆われている。

 青空よりも曇り空のほうが好きなのは、花粉症のせいだ。晴天よりも、曇っている日のほうが花粉は少ない。

 比較的調子のいい自分の鼻と目にほっとして、俺は今朝収穫したイチゴを軽トラに積み込んだ。

 今日はまず、農産物直売所にこれを持っていかなければいけない。



 農産物直売所で出荷の作業をしていると、イチゴ農家仲間のコバヤシ君がやって来た。

「クドウさん、ご相談があるんですけど…」

 コバヤシ君は地元のケーキ屋にもイチゴを卸している。

 そのケーキ屋は、一年ほど前にできたばかりの新しい店だ。

 そこの喫茶コーナーで、「イートン・メス」というイチゴを使ったデザートを季節限定でメニューに加えたところ、思いもかけないくらいに好評で、数を増やしたいそうなのだが。

「うちのイチゴだけじゃ足りなくて。クドウさんのところのイチゴ、何箱かその喫茶店に回してもらえるとありがたいんですが…」

「ええ、いいですよ」

 うちにとっても悪い話しではないから、喜んで引き受ける。

 コバヤシ君も喜んでいた。そして、その店で好評を博したという「イートン・メス」とは、どんなデザートなのかを説明しだした。

「イチゴと焼いたメレンゲと生クリームを使ったデザートで、『イートン・メス』のイートンはイギリスの名門校のことで、メスは『ぐちゃぐちゃ』という意味です。つまり、『イートン校のぐちゃぐちゃ』デザートって意味ですね。イチゴに焼いたメレンゲとクリームがぐちゃぐちゃにかかっているという…」

「へえ」

 デザートのくせにぐちゃぐちゃとは。まるで花粉症に苦しむ俺の鼻のようだ。

 何でこんな名前なのかというと、その由来については、きちんとした記録が残ってないから不明らしい。

 一説では、イートン校の生徒が母親から持たされたイチゴと生クリームのデザートを鞄に入れて持ち歩いたところ、形が崩れてぐちゃぐちゃになってしまったことによるという。

「イギリスでは初夏のデザートとして広く愛されているそうです」

「初夏か…」

 近年の日本では、温室栽培が主流になって、12月から4月くらいまでがイチゴの最盛期だが、本来はイチゴの実がなるのは6月から7月だ。

 コバヤシ君も同じことを思ったのか、苦笑しながら言う。

「日本では、『イチゴフェア』というと、2月から3月か4月くらいまでですけどね。クリスマスケーキのイチゴ需要は12月だし」

「俺、花粉症なんだけどさ」

「僕もですよ」

 出し抜けに言うと、コバヤシ君も頷いた。

「日本のイチゴの最盛期が、イチゴの実がなる本来の時期だったら、花粉症で辛い時期と繁忙期が重ならなくて楽なのにね」

「ごもっともです。僕もそう思います」

「旬の時期に旬のものを、なんてたまに言われるけど、イチゴに関しては…」

「めちゃくちゃ旬からずらしてますよね」

 コバヤシ君が皮肉そうながらも楽し気に笑う。

 後で聞いたことだが、その店のシェフは29歳の若い女性で、コバヤシ君と親しい関係にあるのだそうだ。

 どうりで熱心にイチゴの仕入れ先を探していたわけだ。

「じゃあ、卸していただくイチゴのことは、後で詳しくご連絡しますね。それと、その店の『イートン・メス』もぜひ食べてみてください。うまいですよ」

 コバヤシ君は、笑顔でそう言って軽トラで去っていった。

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