16杯目 整理整頓にミントティー


「あー……これは、一体」


わたしは、目の前に広がる光景に言葉を失っていた。


「鶴が……白いウサギを追いかけてる……それも、海の中で……」


未来から来た青いロボットの映画でこんな話があったっけ。

つまりはそういうことなのだろう。


だってここは、「本の国」なのだから。


「えー……っと、どうしたらいいの、これ」


足の生えた蛇が魔法の指輪をくわえて会釈しながら通り過ぎる。

靴くらいある大きな雪の結晶がスノードロップとおしゃべりしている。

王冠を被った虎が、悲しい白い馬に何事か命令している。

毒リンゴとおばけかぼちゃと大きなカブが藁の家、木の家、煉瓦の家を。


「そもそも……なに……どうしたら……」


今思うと、パニックになっていたのだと思う。

パニックに陥ると人は言葉や、きちんとした感じを失ってしまうのだ。


吸血鬼と世界一気前のいい男と雪娘がお茶をしている。

ミツバチが小人に捕まり、ロープで地面にはりつけにされている。

千と一の物語が、長い髪の毛にまとわりついている。

カイちゃんが魔法の鏡で羽をむしりとった話を……。


「ねえ、魔法の菩提樹さん、わたしはどうするべき……?」

「ミントティーを飲むべきだろうね」

「それってユメミさんのお茶ってこと?」

「遠くにパイプをふかしているくじらが見えるだろう?」


見える。巨大だもの。


「あの煙の真ん中で、君はミントティを飲める」

「とにかく行ってみるわ、ありがとう!」


とりあえず……煙だけ見ればいいんだわ。今はそれ以外全部無視する。


「他に聞きたいことがあったら、物語に戻る前に聞きにおいで」


そんな声すら耳に入らず、後で後悔することになるんだけど。



「あ、いた!ユメミさぁ~ん!!」

「アスミさん!!よかたです、会えた!!」


わたしたちはその日、本の国で異変が起きたと報せを受けた。

そして、本の国に辿り着いたと思ったらあのめちゃめちゃな世界の渦に巻き込まれて、はぐれてしまったのだった。


「いつもヘンだけど、これはイチバンのヘンかもです」

「ミントティーを飲むといいって言ってたの」

「それです!メニュの一番下の!」

「あ!整理整頓にミントティー!」

「つまり、物語を元の形にするです!」


気が遠くなりそうだった。

あの量の物語を、すべて元の形に?


「とりあえず、やるしかないです」

「……はぁ~い」


気が乗らないけど、知ってる物語ばかりでよかった。


「足の生えたヘビさん、その指輪は別のヘビさんが優しい王子様に渡すものよ」

「ちぇっ」


足の生えたヘビは本になり、どこかへ飛んでいく。

指輪を拾い、他を直しがてら持ち主のヘビを探すことにした。


「七人の小人さん、あなたたちのお姫様は100年の眠りに就いたお姫様じゃないわ」

「言われてみれば」


「子ヤギさんたち、7違いよ」

「ばれちゃった」


「セミョーンにタラス、あなたたちの弟はガリバーじゃないでしょ」

「マラーニャを忘れるな!」

「はいはい、そうね」


「王子様の宝石を運ぶのは、青い鳥さん、あなたじゃないの」

「こりゃ失敬」


「ツバメさん……一寸法師を乗せてどうするの?」

「乗せ心地が良かったんで」


「あー……おしろいで白くなったオオカミさんは、たぶん赤い頭巾と関係ないわ」

「こほんこほん、けほけほ、たしかに」


「ねこさん、長靴か音楽かどっちかにしたら?」

「にゃおん……」


「ねえ、あなた、その白鳥は糸なんかないわ」

「あら、白鳥ちがいね」


「ああ、やっとみつけたわ、はい、指輪を返すわね」

「ありがとう、これで心優しい王子様に渡せる」



「大分片付いてきたかしら」


世界は理路整然とした景色を取り戻し始めていた。

残るはどこまでも続く本棚の間を駆け回る子たちだけ。


「女の子は、物語を追い回し片付けます……」

「え?」

「王子様の待つ、希望の泉へ行くために……」

「なに?誰なの……」


急に、どこかから声が聞こえてきた。わたしの声でも、ユメミさんの声でもない。

声がどの方向からするのかわからない。


心臓が早鐘を打っている。呼吸が浅く、はやくなる。

わたしはこの声を知っている。


「おくりものを……に捧げ、…………は……へ、………………」

「聞こえないわ……ねえ……待って!あなたなの?」


景色が片付いていく。

ぷつりと音がして、途端に騒めきが意識に入ってきた。


「……なに、今の」


緊張のせいか、動くことができない。

目だけで周りを確認すると、たくさんの人がいる図書館だった。

つまり、本の国だ。


「アスミさん!物語はすべて片付いたですよ!」

「……菩提樹さまに聞いておくんだった……」

「なんです?」

「ねえユメミさん、この近くに……希望の泉ってある?」

「よく知てるですね!スペス・フォンのことですね?」


白昼夢の類じゃないようだ。


「あとで……寄りたいな」

「もちろん、よいですよ」

「ありがとう……」

「ミントティ、もすこし飲むです、スッキリするです」


ミントティーを飲むと、頭痛に似た何かがすうっと消え去った。


そうだ……。今は、異変の核となったものを探さなくちゃ……。


ふらふらと歩き、とある本棚の前で立ち止まる。


目が離せなかった。


「どしたです?」


ユメミさんの声すら耳に入らず、わたしは無意識に一冊の本を手に取っていた。

本というより、日記だった。見たことある癖の、見たことのない文字。


「本って、借りられるのかな……わたしにも」

「受付に持てくと借りられるですよ」

「……じゃ、ちょっと行ってくるね」

「わかりましたです」


わたしにはわかっていた。

この本が、日記帳が、異変の原因だ。


「ん~?こんな本、うちに置いてないけどなぁ……勝手に持ち込まれちゃ困るんだよなぁ……」

「あの、じゃあ、わたしがもらっても?」

「ああ、いいよ、好きに処分してくれると助かる」


本の国は、何事もなかったかのように日常を送っていた。

わたしたちは今までとちがうその異質さに首を傾げ、本の国を後にした。



「ここがスペス・フォンです、希望の泉にコインを入れて、ねがいごとするです」


おとぎの国のコインを一枚受け取り、聞いちゃ悪いから、と海岸に残ったユメミさんに頭を下げた。


島は小さく、ちょうどユメミさんが見えなくなるくらいで、泉を見つけた。


不思議と心臓は落ち着いていた。

ただ、わけのわからない悲しみが染み渡っていた。


「……アルス?」


彼の名を口にすると、泉の向こうの茂みがガサリと揺れた。


彼だった。


彼が現れた。


亡くなったはずの、最愛の、わたしの……。


足元がぐにゃぐにゃと揺れて感じる。


いや、揺れてるのは…………頭?頭かな?


眠気に似た……。


わたしを受け止めようとした彼をすり抜け、わたしは倒れ込んだ。


「……ごめんね……僕は……」

「アルス……」

「……ーラ……アニ……へ……」



「アスミさん!」

「あれ……?ユメミ、さん……?」


なんだか最近、こうして倒れることが多い気がする。


「わたし、疲れてるのかな……」

「……明日は休みましょ、例えどこかで異変が起きたとしても行きません」

「え、それは……よくない」

「よくなくないです!友を失うくらいならそのくらい何でもないです!」

「ユメミさん……」


手の中のコインと日記帳に気付き、わたしは立ち上がった。


「ユメミさんも、一緒にねがいごとしてくれます?」

「それは、もちろん」


一緒にコインを泉に投げ入れ、手を組んで目を閉じる。


(彼が……アルスが、どうしてこんなことをしているのか、知りたい)


強く、強く、そう願った。


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