15杯目 思い出を巡るレモネード


冬真っ盛り、街は白く染められていった。

おとぎの国での異変も起きず、平和な毎日を過ごしている。


「わぁ~、もう明日ですよ!待ちきれないな~!今日早く寝ちゃおうかな!」

「ふふふ、アスミさん嬉しそうですね」

「だって、結びつく瞬間をこの目で見られた特別な人たちですから!」


妖精の国の王子様とお姫様の挙式が、もう翌日に迫っていた。

挙式の前後数日前からお祝いのパーティーをすることもあり、わたしたちは1週間ほど妖精の国に招かれ滞在する予定であった。

わたしは何度も贈り物のキャンディの予行練習をしては、ご近所に配りまくっていた。箱も、それに詰め合わせたキャンディも、もう完璧、準備ばっちりだ。


めいっぱいお祝いを楽しむぞ!


……と、思っていたのに。



「アスミさん、大変です!」

「どうしたんですか!?」

「春の国が眠りについてしまたのです」

「春の国が?」

「それで、フェアリズ・ロンドの姫がそこの国の生まれで……」

「ふぇ、フェアリーズ・ロンド?」


珍しくユメミさんの方が慌てている。

これからお祝いだっていうのに間が悪い。

でも、急いで駆けつけた方がよさそうだ。


「と、とにかく深呼吸しましょう?」


数度の深呼吸を促し、状況の説明をしてもらった。


わたしが妖精の国と呼んでいた場所は向こうでは「フェアリーズ・ロンド」と呼ばれているということ。それで妖精のお姫様が生まれたのは春の国であること。

お姫様は妖精の国に嫁いできたこと。春の国の異変で国そのものが眠ってしまったこと。その影響で、お姫様まで眠ったまま目覚めなくなってしまったこと。


「……つまり、結婚式が……なくなっちゃうかもしれないってこと?」

「そはさせないです、だから急ぐです!」

「は、はい!」



妖精の国、フェアリーズ・ロンドから小国をふたつほど挟んだ大国。

それが、春の国だそうだ。常にあたたかく、花が咲き乱れ、やさしい風の吹く国。


「……」

「…………」


それが今は、しんと静まり返っていた。

空気はどこか肌寒く、花はしおれたように蕾になり、風はなく。

そしてどこもかしこも曇っている。一ヶ所を除いて。


「……今回の異変は、ズイブンわかりやすいですね」

「たぶんあそこ……お城に、なにかあるんですね」


お城を中心として、円を描くようにそこだけ陽の光が射していた。

天使の梯子がいくつも降り、お城はきらきらと、そして堂々と佇んでいる。


しゅわ、と弾力のない草原を抜け、お城へ向かう。

足跡がわかるように、草がへこんだままになってしまった。

なんだが、痛々しい。


「今度は、何があるんだろう……」

「……そですね、気をつけて行きましょ」


しゅわり、しなり、しゅわり。


なんの妨害も障害もなく、辿り着いてしまった。


真っ赤だ。


真っ赤な薔薇が、こんもりと咲いていた。

ドーナツ型に咲いた薔薇の中央に、誰かが座っている。


たくさんのカーネーションを逆さにしたようなドレスを来て、髪にいくつもの花飾りを付けた女の子だった。わたしたちに気付き、恭しくドレスの裾を持ち上げた。


「お待ちしておりました、アスミさま」

「え?」

「わたくしは、この国の王女です」

「あ、初めまして……あの、どうして?」


お花の王女様は、傍らに置いてある蔓と木の実で出来た荷車を引き寄せ、こんもりと咲いた薔薇を摘み、荷車に積み始めた。ぱちん、ぱちんとはさみの音がする。


「すべてあなたに渡せば、国は目覚める」

「え……っと……」

「誰のシワザか、教えるつもりはないのですね」

「ユメミさん……」

「……言えば、国は永遠の眠りに就く……と」


悲し気に、でも手を止めることはなく。


「……薔薇の、屋台ができそうですね」

「なぜ、薔薇を……アスミさん、たんじょびです?」

「いえ、わたし、夏生まれだから……クリスマスもまだだし……えっと」

「そもそも送り主に心当たりがない、です?」

「……ええ、そう」


贈ってくれそうな唯一の人は喪ってしまった。

どこかにいる、そう思ったけれど、それはそうあってほしいという予測でしかない。

今追っている異変の主が、彼だとは思えなくなっていた。


ぱちん、ぱちん。


静寂の中、王女様が薔薇を摘む音だけが響いている。


「……999、これで最後です」


荷車の取っ手を渡された瞬間、わたしは目の前が真っ暗になった。



足元に、古い本が落ちていた。


「誰のだろう……小さい頃、見たことがあるような……」


妖精たちが、人間たちを巻き込んでドタバタする話。

ぱらぱらとめくってみると、まるで台本のようだった。

わたしが読んだことがあるのとは、違うみたい。


「あ、その本……」

「え?」

「きみが拾ってくれたの?」


わたしはぼんやりとしていた意識を引き戻し、頭を下げた。


「ごめんなさい、ひとのものを勝手に見るなんていけなかったわ」

「いや、いいんだ、歌は歌われるために、物語は読まれるためにあるんだから」


ふしぎな人だ。

話すこともそうだけど、雰囲気が。


「……あなたって、まるで絵本から抜け出してきたみたいに見える」

「それは……喜んでいいのかな?」

「う~ん……たぶん?」

「あはは!きみが言ったんじゃないか!」


あれ?わたし、前もこうして……。


手の中に残る本を握る。

目の前がぼやけて、誰と話してるのかわからなくなった。


「待って、もう少しだけ……わたしの一番大切な……!」



「アスミさん!」

「……あれ、わたし……?」

「眠てしまたのです、アスミさん」

「え、わたしが……?」


なんだか口の中がおいしいことに気付き、首を傾げる。

おいしいのはどうやら、ユメミさんの持つスポイトの中身らしい。


「思い出を巡るレモネドです」

「思い出……」

「目覚めなければならない思い出、その大切さを知る効果です」

「あぁ…………ありがとう、ユメミさん」


倒れてからの話を聞き、原因となった荷車を見る。

なんだか、今となっては普通の薔薇って感じだ。山盛りだけど。


「ほんとに、たくさんですね……」

「重いですね、アスミさん引けるです?」

「なんとか引けそうです……えっと、じゃあ、確かに受け取りました」

「アスミさま……あなた、悩んでいる……誰かと、似たような……」

「え?」


王女様は顔を覆い、しゃがみ込んでしまった。


「言わなければならないことはあとひとつ……でもわたくしはあなたに伝えたい」


嫌な音がする。

心臓が、逆流したような音。


だめ。それを言っちゃだめ。


「まずは言伝……『何度生まれ変わっても、きみを愛する』」

「…………それは……」

「頼んだのは――――……」


どさり。


王女様は倒れてしまった。


「……寝て、る?」

「どこにいるです!!どこかで、異変の主が見てるはずです!!」


周りを見渡しても、誰もいない。


何もない空間から、「ぱき。」と音がした。


「だ、誰!?」

「出てくるです!!こら!!誰ですか!!」


待てども待てども、返事はない。



どれくらい待っただろうか。

一時間にも、一瞬にも思える時間だった。


「……ふぁ~、よく寝た……あら?どちら様?お客様かしら?」

「え、憶えてないんですか?」

「いったいなにをです?」

「アスミさん、これ以上いじょ聞ても無駄です」

「これ……なんなの……どうすればいいの……」


目的の掴めない薔薇の荷車。

その上に何かが置かれているのに気づき、近寄る。


「……砂、時計……」

「砂時計……?それにしては何かヘンな……」

「あっ!!」

「どしたですアスミさん?」

「あ、ううん、なんでも……」


いつの間にか、春の風が吹いていた。

振り返ると、さんさんと降り注ぐ陽光を余すことなく浴びようと、花たちが精いっぱいに咲いている。どうやら、異変は消えたらしい。


「アスミさん!フェアリズ・ロンドから連絡があたです!」

「えっ、ほんと!?」

「姫の目が覚めたから、これから式を挙げるそです!!」

「じゃあ急がなきゃ!!」


人が変わったように疑問符を浮かべ放題な王女様を置いて、荷車を引く。

ユメミさんが後ろから押してくれて、全速力で駆け抜けられた。

一度店に戻って着替えを済ませ、贈り物を用意する。


「行くですよ!!」

「はぁーい!!」


わたしは、気付いていた。

わたしが確信に近付いているというより、確信が私たちに近付いている。


(……あれは…………海の、砂……)


割れてしまっていた砂時計。

潮の香りを濃厚に、新鮮なままで纏っていた砂。

外枠はなく、8の字に似た海色のガラスがあるだけの。


(やっぱりあれは……彼が、どこかにいる証拠……)



「ふたりともおめでとう~!!」

「ありがとう、アスミちゃん」

「また助けてもらったね、感謝するよ」


妖精の夫婦は、お互いの編んだ花冠を頭に乗せ、幸せそうに微笑んでいた。

それは今まで見たどんな景色よりもきれいで、涙が出てしまう。


色んな感情が浮かんでは消える。

けど今はお祝いを楽しまなくっちゃ。


「そうだ、薔薇を配ろうかと思ってるんだけど」

「……ねえアスミちゃん、その薔薇、配っていいの?」

「え?どうして?」


お姫様が首を傾げながら薔薇の山を見て回る。


「いえ、私の出身のせいかしら……きっと気のせいね!今日は楽しみましょう!」

「もちろん!キャンディをたっくさん持ってきたの!今日の日のために!」

「まあ……!アスミちゃん、私……っ、とても幸せ……!!」


お姫様まで泣いてしまった。

国中が幸せで溢れている。


「さあ!ドラジェシャワーの時間だ!」

「アスミさんも、箱をどぞです」

「ありがとう」


紙吹雪のように、ドラジェと花弁が飛び出して降り注ぐ。

固いもののはずなのに、当たってもちっとも痛くない。


「ドラジェが箱に入るカラカラとゆ音は、とても縁起がよいのですよ」

「そうなんだ!……なんだか、心配事も忘れられそう」


妖精の国の料理もたくさん並べられていて、わたしたちは大いに楽しんだ。

箱一杯のドラジェに、光の国を思い出しながら。


歌い、踊り、笑い、時にハグをして。


「ユメミさん、わたし薔薇を配ってきますね」

「ワタシはもすこしメニュのチェクをするです」

「わかりました、じゃ、またあとで」


薔薇の荷車にはいくらかの人だかりができ、みんな少しずつ薔薇を貰ってくれた。

ほんの少し減ったかな、と思ったくらいに、誰かに声をかけられた。


「あ、あなた光の国で助けてくれた……お礼を言いたかったの」

「いえ……あの、ほんの少しでいいんです……僕に薔薇をくれませんか」

「えっと……どうぞ?」


一握の薔薇を渡すと、少年はしばらく黙ったあと微笑んで受け取った。


「じゅう、さん本」

「足りなかった?」

「いいえ、いいえ、僕がこんなにもらっては申し訳ない……少し返しても?」

「え、ええ、いいけど……」


少年から2本の薔薇を受け取り、荷車に戻した。

それを見て、少年はにっこりと笑って行ってしまった。


「なんか……ふしぎな子……」


結婚式に参加してると言うことは、妖精の国の関係者だよね?



§


「おい、アンブラ!!余計な事をするな!!」

「13引く2は11……ふふふ、残るのは2と11なんだ……」

「聞いてるのか!?お前のせいで僕は……!!」


フェアリーズ・ロンドから遠く離れた地。

そこにいるのはふたり。


「アスミまで眠るなんて聞いてない!!」

「おまえの調合が悪いんだ」

「ふざけるな!!危うく死んでしまうところだった!!」


ひとりは苛ついたように足を踏み鳴らしている。

もうひとりはうっとりと手に持った薔薇の花を見つめていた。


§


「ティタニア」

「なぁに?」

「さっき、薔薇の花を配っていいか聞いていただろう?どうしてだい?」

「あぁ……」


妖精の王妃・ティタニアは新しい友人、アスミの方を見つめた。

ほんの少しの心配の色を映して。


「私の故郷では……あの種類の薔薇はプロポーズに使うものだから……」

「ああ、きみが僕にくれたのとおなじやつか」

「それに、本数が……いえ、なんでもないわ……私たちも混ざりましょ!」


結婚式は華やかに、幸せに過ぎていく。


ティタニアは、せめて抱えるほどの薔薇がアスミに残ればいい、と祈った。


999本が残らないなら、せめて33本を。


「アスミちゃんに、抱えきれないほどの幸福が訪れますように……」

「僕も同じことを祈ったら、幸福は倍になるかい?」


くすくすと、幸せな妖精の笑い声が、鐘の音に混じった。


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