15杯目 思い出を巡るレモネード
冬真っ盛り、街は白く染められていった。
おとぎの国での異変も起きず、平和な毎日を過ごしている。
「わぁ~、もう明日ですよ!待ちきれないな~!今日早く寝ちゃおうかな!」
「ふふふ、アスミさん嬉しそうですね」
「だって、結びつく瞬間をこの目で見られた特別な人たちですから!」
妖精の国の王子様とお姫様の挙式が、もう翌日に迫っていた。
挙式の前後数日前からお祝いのパーティーをすることもあり、わたしたちは1週間ほど妖精の国に招かれ滞在する予定であった。
わたしは何度も贈り物のキャンディの予行練習をしては、ご近所に配りまくっていた。箱も、それに詰め合わせたキャンディも、もう完璧、準備ばっちりだ。
めいっぱいお祝いを楽しむぞ!
……と、思っていたのに。
◆
「アスミさん、大変です!」
「どうしたんですか!?」
「春の国が眠りについてしまたのです」
「春の国が?」
「それで、フェアリズ・ロンドの姫がそこの国の生まれで……」
「ふぇ、フェアリーズ・ロンド?」
珍しくユメミさんの方が慌てている。
これからお祝いだっていうのに間が悪い。
でも、急いで駆けつけた方がよさそうだ。
「と、とにかく深呼吸しましょう?」
数度の深呼吸を促し、状況の説明をしてもらった。
わたしが妖精の国と呼んでいた場所は向こうでは「フェアリーズ・ロンド」と呼ばれているということ。それで妖精のお姫様が生まれたのは春の国であること。
お姫様は妖精の国に嫁いできたこと。春の国の異変で国そのものが眠ってしまったこと。その影響で、お姫様まで眠ったまま目覚めなくなってしまったこと。
「……つまり、結婚式が……なくなっちゃうかもしれないってこと?」
「そはさせないです、だから急ぐです!」
「は、はい!」
◆
妖精の国、フェアリーズ・ロンドから小国をふたつほど挟んだ大国。
それが、春の国だそうだ。常にあたたかく、花が咲き乱れ、やさしい風の吹く国。
「……」
「…………」
それが今は、しんと静まり返っていた。
空気はどこか肌寒く、花はしおれたように蕾になり、風はなく。
そしてどこもかしこも曇っている。一ヶ所を除いて。
「……今回の異変は、ズイブンわかりやすいですね」
「たぶんあそこ……お城に、なにかあるんですね」
お城を中心として、円を描くようにそこだけ陽の光が射していた。
天使の梯子がいくつも降り、お城はきらきらと、そして堂々と佇んでいる。
しゅわ、と弾力のない草原を抜け、お城へ向かう。
足跡がわかるように、草がへこんだままになってしまった。
なんだが、痛々しい。
「今度は、何があるんだろう……」
「……そですね、気をつけて行きましょ」
しゅわり、しなり、しゅわり。
なんの妨害も障害もなく、辿り着いてしまった。
真っ赤だ。
真っ赤な薔薇が、こんもりと咲いていた。
ドーナツ型に咲いた薔薇の中央に、誰かが座っている。
たくさんのカーネーションを逆さにしたようなドレスを来て、髪にいくつもの花飾りを付けた女の子だった。わたしたちに気付き、恭しくドレスの裾を持ち上げた。
「お待ちしておりました、アスミさま」
「え?」
「わたくしは、この国の王女です」
「あ、初めまして……あの、どうして?」
お花の王女様は、傍らに置いてある蔓と木の実で出来た荷車を引き寄せ、こんもりと咲いた薔薇を摘み、荷車に積み始めた。ぱちん、ぱちんとはさみの音がする。
「すべてあなたに渡せば、国は目覚める」
「え……っと……」
「誰のシワザか、教えるつもりはないのですね」
「ユメミさん……」
「……言えば、国は永遠の眠りに就く……と」
悲し気に、でも手を止めることはなく。
「……薔薇の、屋台ができそうですね」
「なぜ、薔薇を……アスミさん、たんじょびです?」
「いえ、わたし、夏生まれだから……クリスマスもまだだし……えっと」
「そもそも送り主に心当たりがない、です?」
「……ええ、そう」
贈ってくれそうな唯一の人は喪ってしまった。
どこかにいる、そう思ったけれど、それはそうあってほしいという予測でしかない。
今追っている異変の主が、彼だとは思えなくなっていた。
ぱちん、ぱちん。
静寂の中、王女様が薔薇を摘む音だけが響いている。
「……999、これで最後です」
荷車の取っ手を渡された瞬間、わたしは目の前が真っ暗になった。
◆
足元に、古い本が落ちていた。
「誰のだろう……小さい頃、見たことがあるような……」
妖精たちが、人間たちを巻き込んでドタバタする話。
ぱらぱらとめくってみると、まるで台本のようだった。
わたしが読んだことがあるのとは、違うみたい。
「あ、その本……」
「え?」
「きみが拾ってくれたの?」
わたしはぼんやりとしていた意識を引き戻し、頭を下げた。
「ごめんなさい、ひとのものを勝手に見るなんていけなかったわ」
「いや、いいんだ、歌は歌われるために、物語は読まれるためにあるんだから」
ふしぎな人だ。
話すこともそうだけど、雰囲気が。
「……あなたって、まるで絵本から抜け出してきたみたいに見える」
「それは……喜んでいいのかな?」
「う~ん……たぶん?」
「あはは!きみが言ったんじゃないか!」
あれ?わたし、前もこうして……。
手の中に残る本を握る。
目の前がぼやけて、誰と話してるのかわからなくなった。
「待って、もう少しだけ……わたしの一番大切な……!」
◆
「アスミさん!」
「……あれ、わたし……?」
「眠てしまたのです、アスミさん」
「え、わたしが……?」
なんだか口の中がおいしいことに気付き、首を傾げる。
おいしいのはどうやら、ユメミさんの持つスポイトの中身らしい。
「思い出を巡るレモネドです」
「思い出……」
「目覚めなければならない思い出、その大切さを知る効果です」
「あぁ…………ありがとう、ユメミさん」
倒れてからの話を聞き、原因となった荷車を見る。
なんだか、今となっては普通の薔薇って感じだ。山盛りだけど。
「ほんとに、たくさんですね……」
「重いですね、アスミさん引けるです?」
「なんとか引けそうです……えっと、じゃあ、確かに受け取りました」
「アスミさま……あなた、悩んでいる……誰かと、似たような……」
「え?」
王女様は顔を覆い、しゃがみ込んでしまった。
「言わなければならないことはあとひとつ……でもわたくしはあなたに伝えたい」
嫌な音がする。
心臓が、逆流したような音。
だめ。それを言っちゃだめ。
「まずは言伝……『何度生まれ変わっても、きみを愛する』」
「…………それは……」
「頼んだのは――――……」
どさり。
王女様は倒れてしまった。
「……寝て、る?」
「どこにいるです!!どこかで、異変の主が見てるはずです!!」
周りを見渡しても、誰もいない。
何もない空間から、「ぱき。」と音がした。
「だ、誰!?」
「出てくるです!!こら!!誰ですか!!」
待てども待てども、返事はない。
どれくらい待っただろうか。
一時間にも、一瞬にも思える時間だった。
「……ふぁ~、よく寝た……あら?どちら様?お客様かしら?」
「え、憶えてないんですか?」
「いったいなにをです?」
「アスミさん、これ
「これ……なんなの……どうすればいいの……」
目的の掴めない薔薇の荷車。
その上に何かが置かれているのに気づき、近寄る。
「……砂、時計……」
「砂時計……?それにしては何かヘンな……」
「あっ!!」
「どしたですアスミさん?」
「あ、ううん、なんでも……」
いつの間にか、春の風が吹いていた。
振り返ると、さんさんと降り注ぐ陽光を余すことなく浴びようと、花たちが精いっぱいに咲いている。どうやら、異変は消えたらしい。
「アスミさん!フェアリズ・ロンドから連絡があたです!」
「えっ、ほんと!?」
「姫の目が覚めたから、これから式を挙げるそです!!」
「じゃあ急がなきゃ!!」
人が変わったように疑問符を浮かべ放題な王女様を置いて、荷車を引く。
ユメミさんが後ろから押してくれて、全速力で駆け抜けられた。
一度店に戻って着替えを済ませ、贈り物を用意する。
「行くですよ!!」
「はぁーい!!」
わたしは、気付いていた。
わたしが確信に近付いているというより、確信が私たちに近付いている。
(……あれは…………海の、砂……)
割れてしまっていた砂時計。
潮の香りを濃厚に、新鮮なままで纏っていた砂。
外枠はなく、8の字に似た海色のガラスがあるだけの。
(やっぱりあれは……彼が、どこかにいる証拠……)
◆
「ふたりともおめでとう~!!」
「ありがとう、アスミちゃん」
「また助けてもらったね、感謝するよ」
妖精の夫婦は、お互いの編んだ花冠を頭に乗せ、幸せそうに微笑んでいた。
それは今まで見たどんな景色よりもきれいで、涙が出てしまう。
色んな感情が浮かんでは消える。
けど今はお祝いを楽しまなくっちゃ。
「そうだ、薔薇を配ろうかと思ってるんだけど」
「……ねえアスミちゃん、その薔薇、配っていいの?」
「え?どうして?」
お姫様が首を傾げながら薔薇の山を見て回る。
「いえ、私の出身のせいかしら……きっと気のせいね!今日は楽しみましょう!」
「もちろん!キャンディをたっくさん持ってきたの!今日の日のために!」
「まあ……!アスミちゃん、私……っ、とても幸せ……!!」
お姫様まで泣いてしまった。
国中が幸せで溢れている。
「さあ!ドラジェシャワーの時間だ!」
「アスミさんも、箱をどぞです」
「ありがとう」
紙吹雪のように、ドラジェと花弁が飛び出して降り注ぐ。
固いもののはずなのに、当たってもちっとも痛くない。
「ドラジェが箱に入るカラカラとゆ音は、とても縁起がよいのですよ」
「そうなんだ!……なんだか、心配事も忘れられそう」
妖精の国の料理もたくさん並べられていて、わたしたちは大いに楽しんだ。
箱一杯のドラジェに、光の国を思い出しながら。
歌い、踊り、笑い、時にハグをして。
「ユメミさん、わたし薔薇を配ってきますね」
「ワタシはもすこしメニュのチェクをするです」
「わかりました、じゃ、またあとで」
薔薇の荷車にはいくらかの人だかりができ、みんな少しずつ薔薇を貰ってくれた。
ほんの少し減ったかな、と思ったくらいに、誰かに声をかけられた。
「あ、あなた光の国で助けてくれた……お礼を言いたかったの」
「いえ……あの、ほんの少しでいいんです……僕に薔薇をくれませんか」
「えっと……どうぞ?」
一握の薔薇を渡すと、少年はしばらく黙ったあと微笑んで受け取った。
「じゅう、さん本」
「足りなかった?」
「いいえ、いいえ、僕がこんなにもらっては申し訳ない……少し返しても?」
「え、ええ、いいけど……」
少年から2本の薔薇を受け取り、荷車に戻した。
それを見て、少年はにっこりと笑って行ってしまった。
「なんか……ふしぎな子……」
結婚式に参加してると言うことは、妖精の国の関係者だよね?
◆
§
「おい、アンブラ!!余計な事をするな!!」
「13引く2は11……ふふふ、残るのは2と11なんだ……」
「聞いてるのか!?お前のせいで僕は……!!」
フェアリーズ・ロンドから遠く離れた地。
そこにいるのはふたり。
「アスミまで眠るなんて聞いてない!!」
「おまえの調合が悪いんだ」
「ふざけるな!!危うく死んでしまうところだった!!」
ひとりは苛ついたように足を踏み鳴らしている。
もうひとりはうっとりと手に持った薔薇の花を見つめていた。
§
「ティタニア」
「なぁに?」
「さっき、薔薇の花を配っていいか聞いていただろう?どうしてだい?」
「あぁ……」
妖精の王妃・ティタニアは新しい友人、アスミの方を見つめた。
ほんの少しの心配の色を映して。
「私の故郷では……あの種類の薔薇はプロポーズに使うものだから……」
「ああ、きみが僕にくれたのとおなじやつか」
「それに、本数が……いえ、なんでもないわ……私たちも混ざりましょ!」
結婚式は華やかに、幸せに過ぎていく。
ティタニアは、せめて抱えるほどの薔薇がアスミに残ればいい、と祈った。
999本が残らないなら、せめて33本を。
「アスミちゃんに、抱えきれないほどの幸福が訪れますように……」
「僕も同じことを祈ったら、幸福は倍になるかい?」
くすくすと、幸せな妖精の笑い声が、鐘の音に混じった。
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